伊藤潤二

漫勉初のホラー漫画家「伊藤潤二(53)」が登場。代表作は「富江」シリーズ。現在まで、8作も映画化され、人気ホラー映画シリーズとなっている。幼少の頃から、楳図かずおや古賀新一の怪奇漫画に熱中し、高校卒業後、歯科技工士になるも、86年投稿した「富江」がきっかけでデビュー。その後、漫画に専念し、「うずまき」「闇の声」「魔の断片」などホラー漫画を中心に発表。「誰も見たことがない世界を作りたい!」奇想天外な発想から生み出される恐怖の世界に、読者は一度はまると抜け出せない!

密着した作品

漫画家のペン先

密着撮影することによってとらえた 「漫画が生まれる瞬間」

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恐怖とエロス 美しさを描く

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口の中の年輪構造 奇想に寄り添う

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顔の皮を剥ぐ(番組未公開)

伊藤潤二×浦沢直樹

伊藤潤二さんの漫画を読むと、こういう感じが欲しいんだよって思うんですよ。僕が描くと怖くない。伊藤さんが描くと怖い。それで、今回、このVTRを見せていただいたら、異様にペンが遅いんですよ。(浦沢)
遅いです(笑)。(伊藤)
ハッと分かったんですよ、まず、ホラーを作るにはペンスピードだと。一筆一筆に、もうそこの段階でじわじわしてないとダメなんだっていう気がしたんですよ。ちょっとずつちょっとずつ、入れていくじゃないですか。(浦沢)
ああ、そういうことなのか。私も気がつかなかったですけど(笑)。(伊藤)

恐怖とエロスみたいなのってあるんじゃないですか。表現の関心が同じ方向なのかなって感じもするんですけどね。(浦沢)
その両極端がすごく楽しいですね、描いていて。(伊藤)
「美しい」と思った気持ちが描いたときに立ち上がるかというのと、「うわ、気持ち悪い」と思ったものが、描いて立ち上がるかどうかというのも、同じことなんです、きっと。(浦沢)

なんか悪ふざけっていうところで、許せちゃう感じがありますよね。(浦沢)
ありますね。悪ふざけ好きですから。(伊藤)
全体が、子どもの無邪気さからきてる感じがしますよね。(浦沢)
そうですね。理屈はまず置いといて、「こんな変な話があったら面白いな」というような形から入ります。(伊藤)
ホラー漫画のもとの発想って、子どもの残酷さだとか、無邪気に「こんなことしちゃえ!」みたいなね。(浦沢)
そうですね(笑)。そのへんから、もう止まってるのかもしれないですね、成長が。(伊藤)

突拍子もないところと妙に現実なところのさじ加減なんでしょうね。それがすごく面白いんだよね。大きな嘘をついて、細かいところはものすごく現実を突き詰めるという、それが何か僕らのあるべき姿のような気がして。とにかく根本は大きい嘘をつく、と。(浦沢)
そうですね。せめて細かいところは現実的に描かないと、ただの突拍子もない話になっちゃいますので。(伊藤)

(ホラーの闇を描くために)余白恐怖症というか。とにかく描き込むことによって、画面を暗くしたいなというのがありますね。(伊藤)
描き込むことによって暗くする。ベタではなくてね。でも、それだけ埋め尽くしているのに、見づらくないんだよな。(浦沢)
そのへんはちょっと考えながらやってますね。あまり雑然としないように。(伊藤)
もしかすると、やっぱりキャラクターなんですよね。キャラクターがちゃんと目を引くから、いくら後ろにいろいろごちゃごちゃあっても、そのキャラクターが勝つんですよ。(浦沢)

とにかく好きなものがあれば、それに向かって描くといいかなと思うんですけどね。好きな分野を突き詰めていくといいかなと。(伊藤)
好きなものをちゃんと極めようっていうのは、そこに愛情がありますからね。ホラーに対する愛情があるわけですもんね。半端じゃないですよ、やっぱりその愛情はね。(浦沢)

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読む漫勉

漫画家同士が語り合うことで飛び出した言葉の数々。本編で入りきらなかった未公開部分を、お楽しみください。

浦沢(ペンの持ち方 人差し指がペンの横にある)横からこう入ってきてるのは、すごく珍しい(ペンの)持ち方するな、と思って。 伊藤昔、手塚治虫先生のドキュメントで、手塚先生もわりと(人差し指を)立てているのを見て。 浦沢そう。論理的には、この人差し指の背がペンの背と重なるっていうのかな。萩尾望都先生がやっていた、人差し指の爪が伸びた延長線上にペン先があるみたいに。あの方はひっかいてましたけども。それが横へ行っちゃってるんですよ。下手すると、下側に行くぐらいですよ、もう。 伊藤そう。立てたいんですけど、何だろうな。 浦沢でも、なんかちょっとうれしかったのが、伊藤潤二さんは変な持ち方しているんじゃないかなと思ったら、やっぱり変な持ち方してた。オーソドックスな持ち方じゃないんだろうな、みたいなね。

浦沢怖がりなんですか。 伊藤怖がりです。幽霊怖いです。 浦沢やっぱり怖がりですよね、こういうのをやる人ってね。 伊藤幽霊がいるとは思わないんですけど、怖いですね。 浦沢こういうのを一人で部屋で描いていて、「背中がもう……」とか、ないんですか。 伊藤ああ、わたしの漫画は自分で怖いとは思わないです。なんでしょうね、自分の漫画はあんまり怖いと思わない。

浦沢作品を追うごとに、ホラーとコメディの距離が近くなっている。 伊藤ああ、そうですね。 浦沢『富江』の最初のころを見ていると、ひたすらエグくて怖い。伊藤さんがここまでホラーの第一人者としてトップで来られたのは、そうではないコメディ感。人の営みとしてのコメディみたいなものが、じんわり立ち上がってくるというところ。そこがすごく大きいような気がするんですね。 伊藤最近、本当に意図せずコメディになっちゃいますね。昔は意図的にギャグを入れたりしてたんですけど、最近、気がついたらなんか笑えるぞ、みたいな。あとで気がついて困っているんですよ。意図していないことが最近多くなって。 浦沢おそらくそうだろうなと思ってたんです。より多くの人に届けるものとして、知らず知らずのうちに。あと、タブー的なところに踏み込まなきゃいけないものもあって、「その表現、大丈夫か?」というところに、コメディ的な要素があると見られる、というところもある。 伊藤確かにそうですね。無意識にそういう方向でやっているのかもしれないです。「これ、やばいな」と思うと、ちょっとそらす。意識をそらすというか、ギャグでごまかすというか。

浦沢ホラーって、不安な表情がどのくらい必要か、みたいな分量もありますよね。 伊藤あります。襲ってくる恐怖の対象も大事ですけど、その反応も大事なんですよね。雰囲気を盛り上げるとこですから。ホラー漫画って、やっぱり一番大事なのが雰囲気ですね。 浦沢来る前のね。「来るぞ、来るぞ……」がどのくらい必要か。 伊藤そうですね。ページの制限もありますし、なかなか難しいところではあるんですけど。 浦沢でも、伊藤さんの漫画は「このコマ必要?」っていう、なんか微妙な表情が1コマ入ったりするんですよ。あのさじ加減ですよね。「気持ち悪い」っていうタイミングで、ポーンとヒロインの顔とかが入る。あれがすごく効いてますよね。 伊藤あまり意識してないんですね。 浦沢意識してないんだと思う。なんかね、そういうリズムなんだと思って。 伊藤確かにリズム、ありますね。 浦沢それがちょっと変なリズムなんですよ。変拍子みたいに入る。それが読む者を「うわ、気持ち悪い!」ってさせるんだろうね。

浦沢普通だったら、もう人物に寄っちゃえば背景いらない。それが(伊藤さんの作品では)中途半端に(カメラが)離れているから、全部背景を入れなきゃいけない、という構図が並んでいることがある。それがね、居心地悪いんですよね。 伊藤いや、本当はアップにしたいんです。顔だけのほうが楽しいので。でも、何か手を抜いているような気がして。強迫観念というか。 浦沢いや、あの感じでいいんだと思いますよ。きっと手を抜いているという以前に、その変なカメラアングルの連続を望んでいるんだと思いますよ。 伊藤ああ、そうですね。 浦沢「ここ、この引きの画面いるか?」というのが続いてたりするから。背景、大変だろうな、と思いながら。 伊藤いや、背景は描きたくないですね。マゾ的なことですかね。 浦沢そこも何か、にやにやして、エンターテインメントになっているんじゃないですかね。おそらく腹のなかは相当ブラックなにやにや笑いがあるんじゃないかと思います。 伊藤ああ、はいはい。そうですね。こんななりしていますけど。 浦沢すべてそのブラックなにやにや笑いから派生しているので、何でこんな連続してこんなに背景が続くんだよという、それも何かにやにやしているような気がするんですよね。この恐るべき描き込みを読者が見たときに、ウワーッとなるのを、にやにやしながら楽しんでいるんじゃないですかね。

浦沢「泣く=感動」みたいなのあるじゃないですか。でも「怖い」というのも、「泣く」のと同等な感動。気持ち悪いと思ったというのも、感動の種類なので、そこに優劣はないですよね。気持ち悪いという五感に訴えたわけですから。 伊藤私、泣かせたいんですけどね。浦沢先生の『PLUTO』を見て泣いたんですけけど、私も泣かせたいな、と。 浦沢本当に背中合わせ。感動の種類というのは、いくらでもありますからね。 伊藤そうですね。 浦沢見たくないとか、目を背けさせるということも、実は感動の一種だったりする。それだけ何か引っ掛かりを作っているわけですからね、心に。 伊藤本当に芯から怖くなるような、心理的な怖くなるようなものを描きたいんですけれど、難しいですね。どうしても生理的な方向に行っちゃったりする。寒気がするような漫画が描きたいんですけれど。 浦沢心から怖いやつね。究極のホラーみたいなのが描けないかな、っていうのがあるんですよね。 伊藤読んだときの背後が怖くなる。それも殺人とか現実的なものじゃなくて、超自然な現象でぞっとするものが描ければいいなと思います。

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※手書きはすべて 浦沢直樹・自筆

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