池上遼一

50年に渡り第一線で活躍する漫画家「池上遼一(72)」が登場!
1961年、貸本漫画「魔剣小太刀」でデビュー。水木しげるのアシスタントを経て、本格的に活動開始。代表作「男組」「サンクチュアリ」「クライングフリーマン」。「HEAT―灼熱―」で小学館漫画賞を受賞。雁屋哲、小池一夫、武論尊ら一流の原作者とコンビを組み、圧倒的な画力で描かれる人間ドラマは日本だけでなく、海外にもファンが多い。今回は、この秋スタートする最新作、その初回の執筆現場に密着。「理想の美男美女」を生み出す超精密なデッサンと、新たな主人公を生み出す奮闘の模様が明らかになる!

密着した作品

漫画家のペン先

密着撮影することによってとらえた 「漫画が生まれる瞬間」

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新作の主人公 目に憂いを込めて

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ガルパンコラボ 池上流萌えキャラ

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ゴルフ 体の動きを表現(番組未公開)

池上遼一×浦沢直樹

いや、克明な下描きですよ。もう、この下描きだけで、ご飯何杯も食べちゃいますね。(浦沢)
リアルな絵で、荒唐無稽な話をやりたいんですよね。「こんなことあるわけないだろう」「こんな主人公いるわけないじゃん」ってなるんだけど、絵をリアルに、演出をリアルにすることによって、「ひょっとしたら」って思わせる。それがまあ、僕の仕事だなと思っているんで。(池上)

こだわりは、「美男美女」なんですよ。いい男前が出てこないと、描いていても面白くないんですよね、僕は。(池上)
「美男美女」への思い入れが強すぎる?(浦沢)
僕自身は普通だと思っているんだけど、女房なんかに言わせると「異常者だ」って言うわけ。(池上)
奥さまが!?(浦沢)

「日本人として生まれてよかったなあ」と思ってもらいたいんですよ、読者に。日本人にこんないい男、いい女がいる、と自信が持てる。僕の漫画を読んで、もっと前向きに生きられるというか。(池上)
昔、高倉健さんの映画を観に行って、映画館から出てくると、みんな健さんになっていたっていう、あれは重要なことかもしれないですね。(浦沢)

池上先生の描く目は、偽善感がないんでしょうね。憂いというか、切ない感じとか……真っすぐじゃないですよね。(浦沢)
それを言っていただけると、本当にうれしいですね。そういう目を描けるまで何回もやる、描き直すんですよ。屈折感とか、心の奥で茶化しているとか、そういう虚無感みたいなものを目に出したいなというのがありますね。(池上)

この世界は矛盾をはらんでいるじゃないですか。全て両面があるわけでしょう。だからかなあ、「善」とか「正義」とか、そういうものに抵抗するキャラクターにシンパシーを感じるのは。だから、こういうアウトローの世界になっちゃうんだよね。(池上)
「善」とか言った段階で、怪しいぞって思っちゃうんですよね。(浦沢)
そう。偽善とか欺瞞とかいうのは嫌いだっていう、そういうのが今も変わっていないですね。(池上)

一つ間違えば時代の迷子になってしまうような、古い人間かもしれないけれども、自分に忠実に生きた。そういう男の生き方が、僕は好きですね。(池上)
それはちょっと見方を変えると、「終わりゆく時代の人たち」ですよね。でも、きっと池上さんの描くキャラクターは、自分たちが「終わりゆく」って分かっているから、ああいう目なのかもしれないですよね。(浦沢)
そうかもね。少し悲しみが無意識に出ちゃうのかもね、僕の中で。(池上)
「俺は正しい」って、全肯定していないんですよね、目がね。そういうところなんだな、この格好良さは。(浦沢)

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読む漫勉

漫画家同士が語り合うことで飛び出した言葉の数々。本編で入りきらなかった未公開部分を、お楽しみください。

池上だいたい僕は、下描きは1日3枚ぐらいしか描けないんですよ。ペン(入れ)は1日5枚ぐらいはやるんですけど。 浦沢もう十分ですよ、それは。 池上若いころはもっとやっていましたけど、今は続かないですね、体力的に。 浦沢漫画は演技が入るから、感情をずっと絵に入れるので、普通の絵より絶対に疲れますよね。 池上疲れますよ。僕は、大ゴマのほうが疲れないんですよ。大ゴマとかエロス的な絵の方が、疲れが取れるんですよ。描いていると。 浦沢エロス的な絵は疲れが取れますね。 池上取れます。

浦沢僕は、『スパイダーマン』からずっと(池上先生の作品を)読んでいるんですよ。やっぱり『スパイダーマン』が衝撃的だったのは、『週刊少年マガジン』なのに、子ども向けとは思えないぐらい暗かったんですよね。 池上『スパイダーマン』を依頼されたのが、僕が25~26歳のときで。まだ『ガロ』の作風が自分の中にあったので、最初お断りしたんですよ。ヒーローものに抵抗があったので。「善が必ず勝ったり、最後必ずハッピーに終わるような、そういうものは、あまり僕には合いません」って言ったんです。 浦沢あの時代に、すでに。 池上そしたら、「池上君がそういう不条理なものを描いているからこそ、頼むんだよ」って。「この『スパイダーマン』は普通のヒーローじゃなくて、悩めるヒーローなんだ。ほかの既成の漫画を描いている作家には頼むつもりはない。君だから描いてほしいんだよ」って言われたのね。 浦沢僕は、あのときまだ11歳ぐらいだったかな。見たことのない漫画でしたね。すごく衝撃的で、漫画的なハツラツさがないというか、ドーンと陰鬱な感じ。 池上それと、時代がちょうど、少年漫画だけじゃなく、読者の年齢層を上げたいという(ときだった)。ちょうど青年漫画ができる黎明期だったんですかね。

池上(『スパイダーマン』の)最初の3~4本は、原作なしで自分のオリジナルで描いたんですけど。今まで少年漫画では絶対描かなかったような、例えば主人公がマスターベーションする話とか、最後、もう絶対に救いがないように持っていったりとか。「人間、努力したって救われないときは救われないだろう」というのが、自分の中であったんですよ。だから、コアなファンはついたんですけど、それ以上は行けなかったですね。 浦沢僕はその、コアなファンでしたね。 池上高橋留美子先生なんかも、そう言ってくださいますけどね。 浦沢「何が起きているんだろう」という感じの、見たことのないダークなイメージがありました。 池上結局、今も変わっていないですけど、偽善とか欺瞞とか、そういうものにすごく敏感だったんですよ。だから『スパイダーマン』でも、権力に対する抵抗とか、世の中の不条理みたいなものを描いたつもりなんです。

池上浦沢さんは本当に漫画が好きなんだなと思いますね。『BILLY BAT』を読んでいても、昭和30年頃の貧乏くさい漫画家の、あのドブ臭い雰囲気をよく出しているなと思って。 浦沢はい、戦後の漫画家のシーンですね。 池上あれ、僕が水木先生のアシスタントをやっていた当時の雰囲気ですよ。あのままの漫画家の生活ですよね。 浦沢そう言っていただけるとすごくうれしい。ちゃんと描けていたんだ。 池上やっぱり、「嘘つきの天才だな」と思って。 浦沢漫画家は嘘つきでないとダメですよね。すべてのことを「見てきたように描く」というやつですからね。

池上若い世代がいつの時代にも抱えている、形が違うニヒリズムみたいなものを発見するための感性というか、そういうものを磨く努力をしてほしいなと思いますね。この世界は見る視点によってガラッと違って見える。そういうところのセンスを養ってもらいたいなって。
これは漫画家だけじゃなくて、例えばお笑い芸人でもそう。普通一般の人が気付かない日常の生活の中で、ちょっと視点を変えることによって、それが笑いに転じて「あ、そうなんだ。私もそれ、経験してる」となったりする。作家っていうのはそういう作業じゃないかなと思いますけどね。
浦沢たくさんいろんなことを知って頭の中に幅ができると、ゴリゴリの固さじゃなくて、やわらかさになる。きっとそういう者が描いた絵だから、人懐っこくなる、人が見てくれる絵になる。なんかそういうことの繰り返しな気がしますね。 池上人懐っこいっていうのが、やっぱりエンターテイメントには欠かせないですね。

池上いくら年をとっても、例えば井の頭公園で油絵を描こうとは思わないです。やっぱりコマを割った漫画を描きたいですね。漫画にこだわりたい。 浦沢前のコマ、後のコマがあるから、この表情というのがある。それが漫画の流れですからね。 池上そうです。だから、1枚絵にはあまり興味がないんですよ。 浦沢そこに、なにかのドラマを抱えている顔を描きたいんですよね。 池上そうなんですよね。僕は絵師って言われるのが嫌なんです。葛飾北斎は尊敬していますけど。単に絵師じゃなくて、やっぱり漫画家でいたい。

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※手書きはすべて 浦沢直樹・自筆

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