2018年05月17日 (木)新陰流と上泉伊勢守 (井口治彦 局長)


 

今年の大河ドラマは「西郷どん」で鹿児島県が中心ですが、このところ「花燃ゆ」「真田丸」「おんな城主直虎」と、三作続けて群馬県にかかわりがありました。群馬県と大河ドラマと考えたときに浮かんでくるのが、自分が子供時代に見ていた「春の坂道」です。放送は昭和46年、原作は山岡荘八先生であったと思います。江戸幕府の礎を築いたひとり、柳生但馬守宗矩を主人公とし、徳川幕府草創期の政治や人間模様を剣の心を通して描いた作品でした。主演は故萬屋錦之介さん、徳川家康に故山村聡さん、柳生十兵衛を原田芳雄さんと、個性的な俳優による力演でした。現在歌舞伎で活躍されている市川海老蔵さんのお父様も徳川家光を演じられていました。私自身、後に中学校で剣道を始めますが、このドラマの影響で剣に興味を持ったことを懐かしく思い出します。

長く続く戦乱の世に終止符を打ち、徳川家による国の平定を願っていた徳川家康は、柳生石舟斎と出会い、柳生新陰流を知ることになります。“活人剣(かつにんけん)”という教えに惹かれ徳川家康は、柳生石舟斎を臣下に迎えようとします。しかし柳生石舟斎は高齢のため辞退し、かわりに送り込んだのが五男の宗矩でした。柳生宗矩は後に大目付、柳生但馬守となり江戸幕府の安定に力を発揮したとされています。

その柳生新陰流の源となるのが、上泉伊勢守秀綱を祖とする新陰流です。その舞台のひとつが群馬県前橋市の上泉地区です。「剣聖」上泉伊勢守秀綱は1508年生まれとされています。剣の修行をする過程で、愛洲移香斎の教えにも触れ、自得して新陰流を開きました。「袋竹刀(ふくろしない)」を考案し、安心して稽古に励めるよう工夫もしました。武田信玄から仕官の誘いもあったという説もありますが、修行に旅立ちました。柳生石舟斎宗巌、宝蔵院院主の覚禅坊胤栄、丸目蔵人佐長恵など後に門下となる武芸者とも諸国修行で出会い、そして「殺人刀」ではなく、「活人剣」の教えを広めていったとされています。

新陰流は今も海外をふくめて多くの方が稽古に励んでいますし、さまざまな教えが残されています。私自身組織を預かる者として、“活人剣”があらわす、“人を生かす”こと、この難しさに悩むこともあります。しかし人材こそ組織の力であると思うことから、日ごろから忘れないようにしている言葉のひとつです。

縁あって群馬県にきた今こそ、新陰流の教えを学び、生きる指針にすることができたらと思っています。 

 井口治彦

 

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投稿者:井口治彦 局長 | 投稿時間:16:45

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