2018年7月

2018年07月31日 (火)高崎経済大学とポーランド(井口 治彦局長)


 

ジェンドブルイ! 先日高崎経済大学で、「アジアとヨーロッパの経済交流」と題したシンポジウムが開催され、ポーランドのヴロツワフ経済大学・副学長など3名と、学生や一般の方などおよそ60名が参加しました。ここに参加しました。この様子は、当日のNHKニュースほっとぐんま640でも紹介されましたので、ご覧になった方も多いかと思います。

 

参加者のひとり、ヴロツワフ経済大学のヤンコヴィアク准教授は、日本とポーランドの経済的な結びつきについて講演し、ポーランドへの海外投資の中で、日本の投資額が最も高いことや今後も二国間の経済関係は深まっていく、との見方を示しました。

 

高崎経済大学は国際学科を昨年新設し、国際関係にも力を入れています。そんな中で地元の企業の紹介で、ヴロツワフ経済大学と学術交流協定を締結しています。今回のシンポジウムはそうした交流の一環として、実現したものです。

 

ポーランドはつい最近サッカーW杯で対戦し話題となりましたが、日本との交流は幅広いものがあります。日本語学科を持っている大学もあり、日本に関心を持つ人は多いといわれています。高崎経済大学の村山元展(むらやま もとのぶ)学長は、“ポーランドは農村と都市の格差が問題となっており、農村をどう活性化していくかが課題となっている。高崎をはじめ日本全国で、市町村合併をしながら豊かになっていく仕組み、また地産地消など地域活性化のアイデアや経験を伝えながら、よい方法を模索できるのではないか”と話してくれました。

 

この秋に高崎経済大学の2名の学生がヴロツワフ経済大学に留学する予定です。高崎とポーランドは、2年後の東京五輪に向けての相互協力で提携しています。スポーツや学問といった分野で交流が進み、次世代を担う子供たちが、ポーランドを身近に感じるきっかけになるのではと、期待しています。

 

20180731.jpg 村山元展・高崎経済大学学長 

 

投稿者:井口治彦 局長 | 投稿時間:18:34 | カテゴリ:井口治彦 局長 | 固定リンク

2018年07月13日 (金)谷川岳の魅力(井口 治彦局長)


 

先日、谷川岳の山開きがおこなわれ、いよいよ山のシーズンが本格化します(といっても山好きな方は季節を問わず谷川岳を訪れていると思いますが)。谷川岳の名は全国に知られており、県外で過ごしてきた私も知っていました。かつては“魔の山”と呼ばれた時代もあり、これまでに800名を超える遭難者が出ていることも知られています。

 

6月に入り私も2回谷川岳を訪れました。一回目は一の倉沢から幽の沢まで歩きました。これ以上ないのでは、と思うくらいの快晴で、山の頂や山並みがくっきりと見えました。マチガ沢を過ぎ一の倉沢では、雪解け水が豊かな沢となっていました。そして一の倉岳が目の前にそびえたち、言葉にならない感動を覚えました。

 

岩が何層にも重なっていて、まさに烏帽子のような岩もくっきりと見えます。ところどころ雪が残っていて、そこでスキーを楽しむ様子もうかがえました。岩の灰色、木々の新緑そして真っ青な空と、なんという色のコントラストでしょう。そして聞こえてくるのは水の流れと鳥、そして子供たちの声。五感で自然の素晴らしさを堪能できるなんて、こんな幸せな瞬間があるでしょうか。

 

先週は谷川岳ウィークでさまざまな催しがありましたが、高倉山の高山植物を楽しむツアーに参加しました。この日も気温は高いものの、風はとても気持ちのいいものでした。まず目に入ってくるのがニッコウキスゲ、黄色い優雅な表情が山いっぱいに広がっています。そしてコバイケイソウ、ヤグルマソウなど花、植物がおもいきり太陽にむかっているような印象でした。後ろを見るとオキノ耳、トマノ耳の双耳峰がそびえ立ち、そこへ至る稜線が緑に囲まれていました。リフトで天神峠まで行くと、そこからは武尊、赤城など群馬が誇る名山が並び立っています。それぞれの山がうまく調和してそびえているようなそんな気さえしながら、山頂でのひと時を味わうことができました。

 

前橋から電車で1時間ほどのところで、これだけの大自然を堪能できるのも群馬ならではの魅力でしょう。標高もそう高くないからかもしれませんが、山並みも威容を誇るというよりも、なにか心優しく親しみやすさを持った山が群馬県には多いなと感じています。

ほっとぐんま640でも「ぐんまの山」をお伝えしています。どうかご覧いただき、山を楽しむ参考にしていただけたら、こんなうれしいことはありません。

 

20180705.jpg  天神峠からみた谷川岳(写真 井口治彦)

 

投稿者:井口治彦 局長 | 投稿時間:11:09 | カテゴリ:井口治彦 局長 | 固定リンク

2018年07月06日 (金)夏に食べたい●●!!レシピ大公開~ (安川 侑希)


 

みなさん、

夏バテしていませんか?

365日食欲が旺盛安川です。

 

うだるような暑さが続き、食欲がない、元気がない、、

というみなさんに、食べて元気になるおすすめの料理があります!!

 

それは、、夏すき!

=夏すきやき!!!!

 

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夏にすきやき?!と思いますよね。

でも、「すきやき自給率100%」をうたっている群馬がおすすめする、

夏の新メニューなんです。

 

20180706-2.jpg

 

ほっとぐんま640で放送させてもらいました。

 

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 野菜は、白菜ではなくレタス、春菊ではなくパプリカを入れます。

夏野菜には、それぞれ夏バテ防止の効果があるんです。

紫外線で弱った肌にはパプリカ、

食欲増進や血行促進には薬味のミョウガなどが役に立ちます♪

 

では、改めてレシピと作り方をお伝えしますよ(^^)

 

材料《2人分》

・上州牛 150g

・レタス 1/3玉(150g)

・パプリカ(赤・黄) 各1/2個(各70g)

・ナス 1本(80g)

・オクラ 4本(40g)

・かぼちゃ70g

・しいたけ 4枚(50g)

・しらたき 80g

・焼き豆腐 1/4丁(100g)

 

割り下

・めんつゆ(2倍濃縮) 70㏄

・水 70㏄

・しょうゆ 少々

 

つけだれ

・ヤマトイモ 200g

・卵黄 1個

 

薬味

・青じそ 6枚

・梅干し 2個

・ミョウガ 1個

 

《作り方》

①     具材は好みの大きさに切り、

(例:ナスはくし切り、パプリカは細切り、レタスは手でちぎる!)

ヤマトイモはすりおろす。

②     すき焼き鍋(フライパンでもOK!)にめんつゆを入れひと煮立ちさせ、

牛肉を焼き、色が変わったら①の具材を入れ、水を加えて煮込む。

③     具材に火が通ったら、しょうゆをひと回しする。

④     ヤマトイモを取り分け用の容器に入れ、その上に卵黄を割り入れる。

⑤     薬味を盛り付ける

⑥     おいしく食べる★

 

30分ほどで作れます!

野菜王国群馬が誇る、夏のすきやき、夏すき!

家族で、友人と、もちろん一人でも!

楽しくおいしく味わってくださいね(^^)

 

夏すきは、昭和村の道の駅あぐりーむ昭和でも

9月末まで食べられますよ!!

 

 この夏の合言葉は

「レッツ 夏すき~~!!!!」

 

投稿者:安川侑希 | 投稿時間:15:33 | カテゴリ:安川侑希 | 固定リンク

2018年07月02日 (月)中之条と蘭学(井口 治彦局長)


 

少し前になりますが中之条町のミュゼと呼ばれる施設を訪ねました。ここは町の歴史民俗博物館として常設展や企画展も開催しています。この建物はもともと明治時代に建てられた小学校で、県指定の重要文化財です。

  

中に入るとまず木造校舎のなつかしさが漂っています。展示室にはそれぞれ中之条の歴史を表す文化財が置かれていて、とても興味深いものです。そして企画展として五月末まで開催されたのが、江戸時代の蘭学者、高野長英についてのものでした。高野長英は江戸時代後期に活躍した蘭学者でしたが、中之条町の蘭方医と交流がありました。のちに長英は尊王攘夷の思想と相いれず江戸幕府から弾圧され牢に入っていましたが脱し、その逃亡中に中之条に身を寄せていました。そして志ある人たちに蘭学を教えていたことが詳細に展示されていました。

 

福田宗禎、高橋景作、湯本俊斎などが、高野長英の弟子としてその足跡を追って業績が記されています。弟子たちは自ら独学でオランダ語を習得し、さらに単語カードのような紙片に筆記体のオランダ語と日本語訳が丁寧に書かれたものもたくさん残しました。自らが使いやすいようにするだけでなく、後進にも役立ててもらおうという思いを知ることができます。江戸と、そう簡単に行き来できない時代に、通信手段もなく書籍も簡単には手に入らなかったであろう時代に、これだけ蘭学に燃えて、言葉も習得していた人たちがいたことに正直驚きました。

 

さらに秀逸なのが、六合(くに)の湯本家に残されている薬草の標本でした。ここにはごく一部が展示されているだけですが、本家ではおよそ190年前に作られた80種類の標本が残されているということも知りました。中では野生の蘭などが珍しい貴重なものということでした。これら薬草の標本は生薬研究に欠かせないものですが、その膨大なコレクションが個人の熱意で残され、さらに代々大切に受け継がれていることにも驚きました。地方のこうした学問の地盤が、江戸の漢方医学の発展につながっていったのではないでしょうか。

 

新たな文化を取り入れ発信していく、そんな先人の思いは時代を超えて今も、中之条町には受け継がれ、それが中之条ビエンナーレにもつながっているのだろうと思いました。

 

投稿者:井口治彦 局長 | 投稿時間:15:46 | カテゴリ:井口治彦 局長 | 固定リンク

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