宮城の食材紹介 

銀ざけ・笹(ささ)かまぼこ・牛タン焼き

銀ざけ

寒い海で生育する種類のさけで、もともと日本ではほとんど獲れなかった銀さけ。その名の通り銀色に輝く体と背中の黒い斑点が特徴です。
多くはチリやアメリカから輸入されていましたが、安価な割に生育が早く脂がのって食味が良いことから、昭和51年に日本で初めて宮城県南三陸町志津川で養殖が始まりました。
卵から稚魚になるまでは淡水で育てられる銀ざけ。200gほどになるまでのおよそ8か月間は、なんと山にある施設で育てられています。その後、海水に慣れさせ、リアス式海岸で知られる三陸の海に作られた生けすへと移動、冬の間を過ごします。豊かな三陸の海の4月~7月ごろに重さ2~3kgほどに成長した銀ざけが水揚げされます。
遠洋から冷凍されて届くものとは違い、新鮮さを保って冷蔵で日本全国へ届けられるのが宮城の銀ざけの強みです。2011年の東日本大震災で養殖設備が被害を受け、一時は非常に苦しい状況に陥りましたが、多くの人の尽力で、銀ざけの出荷量日本一、全国生産量の90%以上を占めるまでに回復しました。

笹(ささ)かまぼこ

仙台近海で取れたひらめなどの新鮮な白身魚のすり身を、笹の形に造形して炭火で焼いて作られる「笹かまぼこ」。その誕生は明治初期にさかのぼります。当時、仙台近海では、たいやひらめの豊漁が続きましたが、輸送手段も冷蔵設備もなかったため、町には魚があふれすぎて持て余すことに。なんとか魚を無駄にせずに食べられないかと考えたある職人が、すり身にした魚を熱が通りやすいように木の葉状に平らにして竹串に刺し、炭火で焼いたのが始まりなのだとか。当初は、舌の形に似ていると「ベロかまぼこ」などとも呼ばれていましたが、やがて伊達家の家紋「竹に雀」にちなんで「笹かまぼこ」と名付けられ、多くの県民から愛される郷土食になって行きました。
その笹かまぼこが全国区になったのは、昭和57年の東北新幹線の開業がきっかけでした。全国から仙台を訪れた人が笹かまぼこを実際に食し、お土産に買って帰ったことで、「仙台に笹かまぼこあり」と広まっていったと言われています。

牛タン焼き

仙台名物として、「ずんだ餅」「笹かまぼこ」と並んで全国区の人気を誇る「牛タン」。
実はその歴史は意外と浅く、戦後に生まれた料理です。
第二次世界大戦後、食糧難の時代に焼き鳥屋の主人が他の店との差別化を図るために始めたのが牛タン焼きだったと言われています。牛タンは低カロリーで高たんぱく。栄養価が高いことから人気を博するようになっていきます。
一般的な焼肉店で供される「タン塩」との違いは、仕込みの段階にあります。仙台牛タン焼は、お店ごとに薄い厚いの差こそありますが、タンをスライスした後に数日かけて塩などで熟成させるのが特徴なのだとか。また、炭火焼きにこだわる店も多く、網焼きにすることで脂を落とし炭火の香りで食欲を増進させます。
現在、仙台市内を中心に100軒を超える牛タン専門店があるほど、仙台の人々にとって牛タンは身近な存在になっています。