北方領土プロジェクト

Проблема принадлежности южных Курильских островов
The dispute with Russia over the Kurile Islands.

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NHKロシア問題専門家石川解説委員 講演記録

北方領土特別講演バナー

演題「北方領土問題」

NHK解説主幹 石川一洋( プロフィール

日本放送協会 解説委員室 解説主幹 石川一洋(いしかわ いちよう)略歴

1957(昭和32年)岩手県生まれ
東京大学文学部ロシア語ロシア文学科卒業
1982(昭和57年)NHK入局
秋田放送局記者、青森放送局三沢通信部記者、報道局取材センター国際部記者
モスクワ支局記者(1992〜1996)(平成4年〜平成8年)
この間、連邦崩壊のNHKスペシャルで菊池寛賞、ソビエト核汚染に関するNHKスペシャルで放送文化基金賞受賞
1996(平成8年)報道局国際部記者、報道局国際部デスク、日露プロジェクト統括を経て、モスクワ支局長2002〜2007(平成14年〜19年)
2007(平成19年)秋よりNHK解説委員

主要な番組「ソビエトを変えた7日間」「旧ソビエト戦漂の核実験」「地球核汚染」「カスピ海パイプライン戦争」「ロシア小さき人々」「ETV特集混迷するロシア」「変わるフロントライン」「アシュケナージ」「自由へのコンサート」「ZONE核と人間」「ロシア・蘇る大国」「証言でつづる現代史・こうしてソ連連邦は崩壊した」等

第5回『北方領土を知る市民の集い』
2015年10月31日/釧路市生涯学習センター/北方領土復帰期成同盟釧路地方支部主催講演 書き起こし
※冒頭挨拶等は省略しています
※講演者の判断により、表現や言い回しを一部修正しています。また講演当日以降の情勢の変化にともない追記した部分、および読者の理解を容易にするため補足した部分があります。

 石川でございます。NHKに入ってもう35年くらいになりますが、そのうち20年くらいはロシア問題をやっておりました。モスクワにも2度赴任しております。
 今日は北方領土交渉と北方領土問題の歴史、あと今プーチンのロシアがどういう方向に向かっているのかというのを中心にお話したいと思います。
 (会場で)配られた資料の中に、このように北方四島の地名を覚えましょう(という資料がありました)。これは非常に良い。やはり地名を覚えるというのは大切なことでして、やはり我々の先祖伝来の地名が付いているということが、我々の領土であったということの、ひとつの証でもありますし、大変いい資料だなと、さすが釧路だなと感心した次第です。

1.プーチン訪日と北方領土交渉
日ロ平和条約交渉の再開

 まずは今、日ロ平和条約交渉ウクライナ問題もあって中断していたものが、9月の岸田(外相)訪ロによって再開しました。しかし状況としては、原則論で対立しているということで、なかなか議論が今のところかみ合っていません。
 岸田さんをモスクワに送ったというのは、やはり安倍総理としては、なんとか年内訪日、まあ訪日が来春になるという報道もありますけども、私の感触だと、安倍総理自身はまだ年内(のプーチン訪日)をあきらめていないんじゃないかという、まあ(政治日程が)かなり詰まっていますから、かなり難しいとは思いますが。
 それで(岸田さんを)送ったんですが、要は、たとえば記者会見で岸田さんが「平和条約交渉を再開した」と発言したら、ラブロフさん(※ロシア外相)は「北方領土問題は話していない」と、「議題になったのは“平和条約”だ」と(言った)。…領土問題を話し合わない平和条約交渉って何でしょうか。(ラブロフ外相は)不思議な発言をしているわけです。これはまた後で詳しく論じますけれども、このようにまったく議論というのが、外相会談の中では残念ながら噛み合わない。

次官級協議も日ロの主張は平行線

 次により具体的に…僕はこの枠組は割と大事だと思うんですけれど、日ロの次官級協議、次官級というのは日本側は(外務省)審議官、杉山審議官、ロシア側は次官がたくさんいますけれども、そのうちのアジア担当のモルグロフさんという次官、ここが平和条約の問題、つまり領土交渉を具体的に話すわけですけども、ここも、今のところは正面から対立ということですね。
 日本側は法的にも歴史的にも日本に北方四島は帰属すると、それに対してモルグロフさんは第二次大戦の結果ロシア領だと(主張している)。今までもこの次官級協議というのは、たとえばゴルバチョフさんが訪日する前に、平和条約作業部会というのを7回やっているんですね。これは(当時の)小和田審議官と、向こうはロガチョフ次官という、それぞれの外務省を代表するエリートが、7回もやってですね、その後も20何年間、何度もやっているんですけども、それがまたこの原則論のところに戻ってしまった、というのが現状でございます。

2.NHKの取り組み

 こういう状況を踏まえまして、今日は“固有の領土”北方領土という大変美しい島々をどうしたらいいのか、どうやって(領土返還交渉を)やっていったらいいのか、ということ(を論じたいの)でございますけれども、まずは最初に、日本の公共放送として、NHKがどのような取り組みをしているのかということをご紹介したいと思います。

NHK釧路放送局の「北方領土プロジェクト」

 地元の釧路放送局では、「北方領土プロジェクト」というのを作りまして、元島民の証言を、つまり歴史の証言として、系統的に集めてきた、ということと、あと北方領土関係のさまざまな番組を釧路放送局では作っておりますし、あるいは元島民へのアンケート調査というのを行いまして、こうしたホームページ、北方領土プロジェクトのホームページというのがありまして、そこに公開している、ということでございますので、ぜひご覧いただければと思います。
(NHK釧路局制作「私の証言」動画ダイジェスト上映)

解説委員としてのテーマ

 私も解説の中で、今年は元島民の方々の話を聞いて、2度「くらし☆(きらり)解説」という、午前10時5分から放送する番組の中でやっていて、やっぱり感じたのは、“固有の領土”とはどういうことかと。固有の領土というのは結局、我々の“生活の記録”だと。やはり自分たちの親や子や本人が、そこで生活して、そこで生産して、開拓して、そういう歴史なんだということで、これはやはり、釧路、こちらの方たちは本当に身近に分かってらっしゃることだと思いますけれども、元島民の方のお話を聞くと、これは富山の方で元島民の方が(当時北方領土で)どういう暮らしをしていたかということを絵に描いたものがありまして、案外こういうものを小学校などで教材として渡して教えていくことが必要ではないかなと思いました。NHKとしても、こういう「国民の記録」というものを取材して放送するのは我々の役目ではないかと思っております。
 北方領土関連ですと、私も結構、去年から今年にかけて「時論公論」という番組で4回ほどやっておりますし、「くらし☆(きらり)解説」では2回ほどやっております。これは私解説委員としてのテーマということでも「北方領土」というのが大きなテーマであると、感じております。

【補足】石川解説主幹が平成27年に担当した北方領土関連番組一覧▼持論公論:「岸田外相訪ロ 北方領土打開の道は」(9/23放送)・「安倍首相 試練の対ロシア外交」(6/3放送)・「対ドイツ戦勝記念日から見えてきたもの」(5/9放送)・「戦後70年 北方領土交渉 過去と展望」(2/11放送)▼くらし☆解説:「停滞する北方領土交渉と島民の思い」(10/15放送)・「戦後70年 北方領土 固有の記憶」(8/20放送)

3.北方領土交渉の歴史
原点としての「日魯通好条約」

 ここでちょっと歴史ということで見ていきます。
 やはり「日魯通好条約」というものをひとつの原点とすべきだと私は思います。もちろんその前から、我々の実効支配というのは江戸時代を通じて進んでいたわけですけど、国際条約として平和裡に確定したというのがこの「日魯通好条約」というものでして、原文は残念ながら日本では関東大震災で焼失しておりまして、日本にはないんですけど、ロシアの外交記念館には保管されておりまして、大変きれいな条約でして、日本語、ロシア語、あとオランダ語の正文がそれぞれ書いてあって、大変立派な文章だなと思いました。

大変礼儀正しい交渉態度だったロシア

 で、それぞれ日露の全権代表というこの2人が交渉したわけですけれども、交渉の前にロシア側が、アメリカがその当時軍艦を送って「砲艦外交」で日本に開国を迫ったのに対して、ロシアはこの時は大変礼儀正しく、日本の法令を遵守して、日本が長崎で交渉するといえば、じゃあ長崎、今度は下田、伊豆半島の方に来てくれと言えばそこで交渉する。当時非常に礼儀正しく交渉したと、いうことが記録に残っているわけですね。
 で、これはなぜだろうと。この交渉態度というのも外交でございますから、ロシア人がそもそも礼儀正しいと、僕は礼儀正しいと思うんですけれども、だけども大変乱暴な外交をやることも多い国でございます。それがなぜ、その時に礼儀正しかったのか。というと、まずはひとつにはこの当時、このプチャーチンを送った皇帝はニコライ1世という大変な長期政権、30年にわたる長期の統治を行った「保守・反動」の、ロシア史の中では大変評判の悪い皇帝でございますけれども、この方が日本との交渉に臨んだと。

帝政ロシアが大切にした日本との友好関係

 で、国際情勢が今と似ているんですね。その当時、ロシアというのは戦争をしておりまして、どこと戦争していたかというと、イギリス、フランス、オスマントルコと戦争していた。クリミア戦争、まさに今のウクライナの周辺で、覇権を争っていたということで、ここでロシアは負けるんですね、イギリス、フランスに。まあ負けると言っても決定的な敗北ではないんですが、まあ負けてしまう。
 で、帝政ロシアとしての「南下政策」は挫折して、東に向かわなきゃいけないと。いうことで日本に来たと。でこのときにですね、ニコライ1世がプチャーチンに訓令というものを、外交方針をですね、出しているんですね。この帝政ロシアがプチャーチンを送るときに、いろいろ、僕も10年前に取材したことがありまして、このときやはりアメリカと同じように「砲艦外交」で行くべきだと、いうのと、平和的に行くべきだ、という議論が分かれてですね、で結局ニコライ1世はですね、平和的にやれと、礼儀正しくやれという訓令を出しているんですね。

出典:外務省ホームページ http://www.
mofa.go.jp/mofaj/area/hoppo/hoppo_keii.html

(NHKサイトから離れます)

 で、そのときの訓令で、まず国境線の画定交渉をやろうと、で国境線の画定は、択捉島とウルップ島の間に(でよいと)。もう交渉のはじめから彼らはそう決めていたんですね。でそのときに今回プチャーチンを送る目的は、ひとつは国境線の確定だけれども、それよりももっと大事なのは、日本との貿易だと。貿易を開くことだと。
 つまりどういうことかというと、その当時ちょうどロシアが東に来て、太平洋に到達した頃なんです。ウラジオストック、ハバロフスクという今の極東の大都市、この1850年代に築かれている。ただしシベリア鉄道もない、道もまだないわけですね。そうすると極東シベリアを開発するためには、まあ東の日本からの物資、交易というのが重要だと。これは今にも通じると思うんですね。我々は北方四島の返還。つまり国境線の画定を求めている。それに対してロシアは経済。極東シベリアのために貿易を求める。で、ニコライ1世はですね、国境線の画定も大事だけれど、日本との友好的な関係がより大事だと。だから礼儀正しく行けと。いうことをプチャーチンに命令しているわけなんです。

 ただ、相手もさるもの、プチャーチンは訓令で択捉島とウルップ島の間に(国境線を引けという)訓令を受けている。ところが交渉では最初に「択捉島は我が領土だ」と言ってきたんですね。で、択捉島はどっちだというところに交渉を引きずりこんでおいて、最後に妥協したということで、じゃあウルップ島との間に(国境線を)引けばいいということにしたんです。まあこの辺はなかなかロシアの交渉上手というかですね、まずは相手に吹っかけておいて、自分のもともとの交渉ラインのところは確保するという、なかなかなところはあるんですけれども。
 そのニコライから(今度は)アレクサンダー2世という(皇帝に代わった)。この人は改革を進めた皇帝です。この当時この日魯通好条約がロシアでどう評価されていたかというと、ソビエト時代は日魯通好条約は、ソビエトが日本に対して妥協しすぎた不平等条約だというような論評だったわけですね。ところが当時のロシアでこの日魯通好条約がどのように評価されていたかというと、これはアレクサンダー2世がプチャーチンに贈った(プチャーチン家の)紋章なんですが、よく見ると向かって左がロシアの海兵、右が日本のサムライ、間に船がある。プチャーチンの一行は安政の大津波で船を失いまして、日本でヘタ号という初めての洋式建造の船を造ったんですが、これがそれなんですね。で(アレクサンダー2世は)プチャーチンを伯爵にしたと。つまりロシア帝国はこの日魯通好条約の締結をプチャーチンの最大の功績と評価したんですね。それだけロシアにとってもいい条約だったという当時の評価があったわけです。

領土紛争で重要なのは「国際法」

 我々は(北方領土について)「固有の領土」ということをいいます。で私もそう思います。で「固有の領土」というのは日本人にとって実はものすごく分かりやすい概念なんですね。日本っていうのは、生まれた時から日本人です、大多数の方はですね、民族として。で領土もだいたい日本列島このあたりだと、ほぼずっと昔からそう決まっているんですよ。
 たとえば古事記の国産みの(話に出てくる)大八洲(おおやしま)の国というのを全部並べてみると、これに沖縄と北海道を加えるとだいたい今の日本列島。これがもう1,500年前から。つまりそのくらいから日本という領土はだいたいそんなもんだという感覚があって、そこにずっと住んで、ずっと歴史を綴っていたという民族なんです。ただそれは、世界中のあらゆる国がそういう国かというと、必ずしもそうではないんですね。
 たとえばアメリカの固有の領土というのはどこでしょうか。アメリカは移民の国ですからもともとそんなものはない。じゃあドイツの固有の領土というのはどこにありますか。統一ドイツができたのは19世紀でございますけれども、その統一ドイツ(を作った)、日本でいうと薩長みたいな役割を果たしたのはプロイセンという国だったんですね。ところが第二次大戦の結果として、もともとその統一ドイツ発祥の地となったプロイセン領というのは、今ほとんどポーランド領とかロシア領になっているんです。
 つまり、日本人にとっては固有の領土というのは非常に分かりやすいんですが、外国の人に説明する時にはちょっとそれだけだと不十分だと。だからここは「固有の領土」であるというとともに、「国際法上正当な我々の領土」だと。「国際法」でもうちょっと押していくべきだなと思います。

4.北方領土問題は独裁者スターリンの失敗
ウクライナ問題と北方領土問題には共通点がある

 北方領土問題というとこの方を忘れるわけにはいかないですね。どうしてこの問題が起きたのか。ソビエトの独裁者スターリン。もともと今起きているウクライナ問題と北方四島問題は共通点がある、その共通点がこの方(※スターリン)。この方によってこの北方四島問題とウクライナ問題というのが発生した。ただ、この人だけじゃない、このときここにいるルーズベルトさん(※アメリカ大統領)、この人も一役買っているということなんです。(これは)ヤルタの密約というのがあって、そこでスターリンが、じゃあ対日参戦する代わりにサハリンと四島まで欲しいよと、(そうしたら)認めちゃったんですねこの方(ルーズベルト)が。密約として。

米ソの野合で生まれた北方領土問題

 北方四島問題というのはまず第一にこのスターリン。それともうひとつは米ソの「野合」。日本の知らないところで決められた。逆に言うと日本にとっては非常に屈辱的な外交の敗北といえるんですね。今ある領土問題というのは、だいたい大日本帝国が敗戦によって分割されたところに領土問題というのが出てくるわけですけれども、このルーズベルト、スターリンの野合ということで日本においては北方四島問題、領土問題というのが発生すると。
 このときヤルタではほかでもこの方々は野合してるんですね。それがウクライナ。ウクライナというのはだいたいこういう、西部・中部・東部に分かれるんですけれどもこの西部っていうのは、第二次大戦まではウクライナ領というかソビエト領ではなかったんです。だけじゃなくて、歴史上かつてロシア帝国の時代もここがロシアに入ったことはないんです。それを第二次大戦の経緯として、ソビエト軍が占領して、ヤルタでスターリンが、チャーチル(※イギリス首相)とルーズベルトに、ここはソビエト領だと認めさせたんですね。

徹底した反ロシア思想を持つウクライナ西部

 ウクライナ東部というのはどっちかというとロシアに近い。(ところが)この西部は、徹底した反ソビエトというか、反ロシアなんですね。これを私が知ったのは90年の10月。西部ウクライナに取材に行ったときのものです。
(引き倒されたレーニン像の取材動画)
 ソビエト連邦でバルト三国なんかよりも早くレーニン像を引き倒したのはこの西部ウクライナだったんです。つまり、バルトでさえも、ソビエト連邦がほぼ崩壊するとなってレーニン像が(倒された。ところが)この西部ウクライナの方々は、ソビエト連邦が仮にもまだある時にですね、KGBも共産党もまだ健在の時にレーニン像を引き倒した。本当に徹底した反ロシア、かつウクライナ民族主義。

スターリンの過ちがソビエト崩壊を招いた

 スターリンがこの西部ウクライナを第二次大戦の結果としてソビエト領にした、ソビエトの中に西部ウクライナを含めた、というのは歴史的な誤り(だと思います)。もしもこのときにスターリンが、もともと(西部ウクライナは)ポーランドですから、西部ウクライナがポーランドに入っていたとしたら、果たしてソビエト連邦は崩壊しただろうか。あるいは果たして、今回のようなウクライナ問題が起きただろうか、つまり西部ウクライナ、バルトもそうですけども、(そういった)反ロシア的な地域を自分の体内に取り込んでしまうことによって、それは戦勝国としてスターリンは領土を拡大したかもしれない、しかし結果的には50年後にですね、ソビエト連邦の崩壊を招く原因を作ってしまった。

今に続く日本人の対ロシア不信の根

 じゃあ日本との関係はどうでしょうか。もしもスターリンによる、まあ対日参戦はあったとしても、この北方領土の占領であるとか、あるいは60万人の日本人をシベリアに抑留する、というようなことがなければ、今の日本の対ロシア感情というのは、僕はよほど違うんではないかなと。
 つまりスターリンというのはですね、確かに勝利者だ。領土も拡大した。それによってひとつは連邦崩壊の原因を作ってしまった。もうひとつは東において、ロシアにとって大変重要な、日本という国との友好を失ってしまった。つまりこれは私が言いたいのは、ニコライ1世の、非常に戦略的な、長期的視点に基づいた対日本外交とは極めて対照的な、場当たり的な、欲しいものは目の前にあるから取りたいという、こう短期的な視点であって、これはもうスターリンの決定的な失敗だろうと。ロシアの国益にとってですね。

5.国際情勢に翻弄される北方領土交渉
双方の立場は近づくか

 今の北方領土問題というのは、日ロの立場は正反対なんです。ただ大事なのは両国のこれまでの「合意」、合意している部分もあるのです。その合意とは、「交渉はしますよ、平和裡に交渉しましょうと。領土問題をね」ということです。そのためにさまざまな合意文書というのがあるんです。まあ確かに両国の立場というのは正反対で、ロシア側は「第2次大戦の結果ロシア領だ」と、で日本は「固有の領土であり、四島の主権を確認して平和条約を結ぶ」ということなんですけども。

「日ソ共同宣言」は2島で決着したものではない

 じゃあ今までの両国の合意というのはどういうものがあるのか。まず大事なのは、この56年の「日ソ共同宣言」ですね。で56年の日ソ共同宣言というと、よく誤解しているというか、僕は、非常に誤った、この宣言についての誤った考え方がある。それは、56年共同宣言は「2島(返還)」だと。あれは「2島(返還)なんだ」と。これを言う日本人ははっきり言うと、もうロシアに日本の国益を売っているようなもんです。まさにロシア、プーチン大統領は、56年宣言をそのように解釈して、最大で二島という立場なのです。
 確かに56年共同宣言の第9号には、「ロシアは平和条約締結後2島を、歯舞・色丹を日本に引き渡す」と、いうことが書いてあります。だけども、その時に日本が2島で合意していれば、これは宣言(を発表した時)じゃなくて、(その後)平和条約(を締結した時)になっていたんですね。(宣言当時は)日本は4島返還を主張しているんです。結局、2島のソビエトと4島の日本の主張が折り合わず、条約ではなく宣言となったのです。日本は決して2島で諦めたわけではなかったのです。で56年共同宣言で、「平和条約締結後歯舞色丹を引き渡す」という部分とともに、この中で一番大事なのは、同じ第9項の中で「この宣言締結後も平和条約交渉を継続する」と明確に書いているんですね。でこの平和条約、56年の共同宣言は国際条約であってこの宣言で日ソは国交を回復した、ほぼ、日ロの戦後問題、全部終わっているんです。領土画定以外。ここでいう平和条約というのはですね、まさに「領土問題」に他ならない。
 それは証拠文書があります。その当時交渉を担当していた松本次官と、ソビエト側のグロムイコ次官、当時の外務次官でその後外務大臣を長くやった「ミスターニエット」が、交換公文というのを事前に取り交わしているんですね。つまり松本さんが、「国交正常化後も領土問題を含む平和条約を継続しますね」ということを公式書簡で聞いていて、グロムイコさんが「はいはい、それで間違いありません」と公式書簡で答えています。つまり、この「平和条約交渉というのは領土問題」であることはもう間違いないわけですね。

「東京宣言」は「日ソ共同宣言」に矛盾しない

 でもうひとつは、今度は「東京宣言」。よくマスメディアでも、56年共同宣言ではなくて、東京宣言に基づいて行うべきだと、56年は2島(返還)で、93年の東京宣言は4島(返還)だと。これもね、非常に不勉強なんですね。今、56年(の共同宣言で確認した平和条約交渉と)は領土問題に他ならないと(いいました)。で93年の東京宣言の意義というのはですね、平和条約、56年の「交渉を継続する」といった、平和条約とはどういう条約であるべきかっていう(ものを)より明確に定めたものなんですね。つまり「法と正義の原則に基づいて四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結する」という。つまり56年の共同宣言に書かれていた“平和条約”では、こういう問題を解決するのが平和条約ですよ、ということです。つまり、56年の共同宣言と93年の東京宣言は、まったく矛盾しない。お互いに補完すべきこと、なんですね。

プーチンは過去の合意をすべて認めている

 で、プーチン時代になって「イルクーツク声明」(※2001年)それから「日ロ行動計画」(※2003年)これが重要でございますけれども、これはなんのことかというと、プーチン自身が署名しているということと、56年共同宣言と東京宣言を全部列挙して認めているわけですね。つまり、プーチン自身がそう言っているということが非常に大事なわけでございます。
 それで安倍政権になって、2013年4月の日ロ首脳会談で、また共同声明というのが出ると。この中で大事なのは、戦後、その当時(の時点で)は(第二次大戦終結後)67年ですけども、「平和条約がないというのは異常であるという認識で一致した」と、いうのとですね、平和条約問題で、交渉の目的というのは、「双方に受け入れ可能な解決策を作成するのが外務省の役割」だと、その案を上げると、案を出せということだったわけですね。

ウクライナ問題が日ロ交渉を邪魔している

 非常にここまではよかったんですけども、それがソチオリンピックまでですね。あのウクライナ問題というのが大変痛い。これはウクライナというのは、日本にとっては、日本はまったく責任がないんですね、ウクライナには。はっきり言いますと、なんでこんなウクライナみたいなところの問題を、ヨーロッパとロシア、欧米とロシアの間に起こしてくれるんだという、いい迷惑だと言いたいところなんですね。
 なぜかというと、2014年2月に安倍総理がソチオリンピックの開会式に行って、そこでプーチン大統領の年内訪日で合意したわけです。もしもウクライナ問題がなければ、去年おそらくソチのを含めて5回くらい首脳会談をやっていて、プーチンは日本に来ているんです。で今年もおそらく5回くらい首脳会談をやって、おそらく安倍総理がロシアに行っているはずなんです。ところがウクライナ問題のおかげで、日本とロシアの政治対話というのは非常に停滞して、首脳会談はこの2年間で3回くらいしか行われていないと。それもそんなに長い(協議)時間ではなく。で、プーチン訪日について未だに実現していない。まあそれはですね、アメリカの非常に強い圧力ということ(なんです)。

6.中ロの接近は大いなる脅威
アメリカの場当たり外交が危機を招く

 ただ、これもですね、アメリカということなんですけども、僕は、ウクライナでロシアがやったことは大変けしからん(こと)ですけども、アメリカの態度にもかなり問題があると(思います)。つまり最近のアメリカ外交というのは、場当たり的。じゃあウクライナはウクライナ(ということで)、でも北東アジアという日本をめぐる国際環境、これは日米同盟がありますからアメリカにも深く関わっている。これは、状況がまったく違うんですね。
 今までのアメリカの、ロシアとの関係の基本方針はですね、ロシアと中国をくっつけさせないんだと、いうのがずっと基本方針で、これは日本もだいたい利益が一致しているわけです。ところが今アメリカがやっているのは、ロシアと中国をどんどんどんどんくっつけさせるという方向にやっているとしか思えないんですね。じゃあロシアと中国がくっついた場合に、中国の経済力にロシアの軍事力がプラスになったら、これは脅威ですよね。まぎれもなく、日本にとって脅威なだけでなく、アメリカにとっても脅威だ。

このままでは日本が最前線に

 で、もしも中ロ同盟みたいなことができたら、どこがフロント、前線になるでしょうか。ヨーロッパでしょうか。これは間違いなく北東アジア、で間違いなく日本が最前線になるんですね。そんなことは日本にとってはたまったもんじゃないわけです。

対ロシア制裁は“遅く”、“狭く”

 そういうことで、非常にウクライナ(問題)があってから、安倍政権の対ロ外交というのはだいたいこの「4原則」ということなんです。日本の対ロシア制裁4原則:①日本はG7の一員として欧米と強調する②欧米の経済制裁のすきを突いて利益をとるような行動はとらない③隣の大国であるロシアと平和条約が無いという欧米とは異なる事情がある(平和条約交渉の継続)④中国の台頭というヨーロッパとは異なる北東アジアの戦略的な状況があり、日本の対ロシア政策はその点を考慮しなければならない(中ロとの二正面対立を避ける・ロシアとのエネルギー協力)

 上2つは欧米との協調、下2つは日本としての独自性、ということですけども、大変分かりにくい。人によってはコウモリ外交と、いうような分かりにくい対応になっているということでございます。

7.北方領土交渉には安倍総理が最適任なわけ
安倍政権内の意見対立

 で今の注目は「プーチン訪日」ということでございまして、これは去年のちょうど今頃ですね、APECでの日ロ首脳会談で、今年の適切な時期にプーチン訪日を実現するという合意があったわけですけど、まだ、未だに実現していないと。ただ、この時から重要なのは、プーチンと安倍(総理)が、1回にして10分間話してて、その内容は僕も知らないんです。明らかになってないんですね。向こうもラブロフ(外相)が入りたいと言ったのを、プーチンがさえぎって、まったく1対1で話しているんです。これは良いことですね。
 ただ、なぜ(訪日が)なかなか実現しないかというと、ロシア側の責任もあるんですけども、安倍政権の中でやはり意見の対立があると。やはり、アメリカとの関係を重視すべきだという意見もかなり強い。だから、ここでプーチンを訪日とかですね、招くのは良くないと、いうこともある。

ロシアの強硬姿勢と日本への期待

 北方領土問題、この夏以来の(動き)を見ますと、メドベージェフさん(※ロシア首相)の北方領土訪問。これなんかはですね、まさに日本が岸田外相を送ろうとする直前にですね、それを見透かすように、送ってくる、ということと、やはりもうひとつは新たなクリル(※北方四島地域のロシア側名称)開発計画を発表して、さらに投資しますよと、1400億円くらいですかね、投資しますよということを言っている。
 ただ、この(時にロシアが)北方四島でやったセミナーというのを見てみると、政経セミナーといって、そこにメドベージェフさんが来たんですけれど、セミナーの中身自身は、反日的なことはないんですね。むしろ、日本と一緒にたとえば水素エネルギーの開発を協力したらいいとかですね、どっちかというと日本との協力関係を求めるみたいな意見が政権の間から出ているわけですね。
 で、これはどういうことなんだと。何をロシアは考えているんだと。ひとつは、今国をまとめるには「愛国主義」でいくしかないと、いうのがひとつと。ただやはりその中で中国一辺倒だとロシアにとって将来的にどうなのかという考えも(ある)。そうすると、僕はですね、この一面強硬姿勢なんだけども、日本を北方四島の交渉に引きずり込む、というかですね、そういう側面もあるんではないかという感じがしております。

テンポの良くなった日ロ交渉

 その後ニューヨークでの日ロ首脳会談、というものが開かれて、ここでも最後に10分間、1対1をやっているんですね。これを何度か繰り返した。で、交渉はまったく進んでいないんだけども、テンポは良くなったんですね。9月21日日ロ外相会談があって、23日にこれはプーチン側近のバトルシェフが来ると。で28日に首脳会談で次官級(協議)、で来月(※2015年11月)はG20トルコでやりますけども、あとはAPECフィリピンですね。そのどちらか、あるいは両方で日ロ首脳会談があると。じゃそこでもしも年内で合意すれば、おそらく11月中にもう1回、次官級協議を今度は東京でやって、でおそらくラブロフ(外相)が12月に来日してプーチン(大統領)が年内訪日という、まあこの可能性がまだ僕はあるんではないかなと、思ってます。

補足)その後安倍総理とプーチン大統領は11月トルコでのG20で首脳会談を行った。ここで懸案のプーチン大統領の訪日については期日を設けずもっとも相応しい時期に行うことで合意した。つまり事実上来年に先送りした。ただここで安倍総理はかねてプーチン大統領が提案していた「安倍総理のロシアの地方都市を非公式訪問する」ことについても同意し、今後プーチン大統領訪日の前に安倍総理がロシアの地方を非公式訪問し日ロ首脳会談が行われる可能性が出てきた。

安倍総理の意欲だけが日ロ交渉を進展させる

 僕は、安倍総理、安倍政権に対してさまざまな法案とか、TPPとかいろんなご意見あると思うんです。それは当然のこと、日本は民主国家で当然のことと思うんですけれども、こと日ロ交渉についてはですね、日本の政治家の中で、僕は今の政治家の中では安倍総理が最適だろうと(思います)。これはいろいろ理由があるんですけども、日ロ関係っていうのはですね、重要な二国間関係なんだけども、幸いにしてというか残念ながらというかですね、日本にとって、じゃあロシアとの関係がまあそんなによくなくても、死活的に、致命的なものかというとそういうことではない。たとえば日本とアメリカとの関係、あるいは日本と中国との関係、に比べるとそうでもない。
 だから逆にいうと日ロ関係を動かそうと思う時に、やっぱり総理の意欲っていうのが大事なんですね。もしも安倍総理じゃなければ、もう日ロ関係なんてもうまったく止まってます。一応総理が意欲を持ってる、ということが今の日ロ関係を唯一繋いでいるということでございます。

日ロ交渉の歴史を知っている安倍総理

 もうひとつは、日ロ交渉の知識のない方が総理になったらどうだろうかと。ここ数年間そういう方もいたんですけれども。安倍総理はやっぱりお父さんの、安倍元外務大臣の秘書として、お父さんが日ソ外交に命を懸けて尽力したと、それを間近に見ていて、その思いを受け継いでいるんですね。
 もうひとつは、森-プーチンの時から彼は官房副長官としてイルクーツクとかに行っているし、小泉の時も会談に同行している。つまりこのプーチンになってからほとんど重要な会談は本人が首脳会談に行っているか、あるいは補佐、副長官として同席しているか(なんです)。つまりこの十何年間の流れを掴んでるんですね。で彼自身はモスクワでの会談でも、「イルクーツクで行きましょう」と言ってるわけですね。僕なんかが見るとですね、そしたら、2000年の、あるいは2001年のは何だったんだと。この十何年間は。と思うんですけども、でもそういう言い方をする。だから、その大きな日ロ交渉の流れを掴んでる、ということでは、安倍総理に、しかも意欲がある、ということでは日ロ交渉(の適任者として)安倍総理をおいて他にはいないんではないかと思うんです。

長期安定政権でないと交渉できない

 そしてもうひとつは、自民党の総裁になって3年間、プーチンも2018年まではやると。そして恐らくプーチンは、自分はそこで再選して2024年まではいくでしょう。もしかしたら安倍総理も、これは自民党の党則を変えなきゃいけませんが、もしかしたら東京オリンピックまではやりたいと思っているかもしれない。これは分かりません僕は。でももしもそうなると5年間、5年間という長期政権同士の交渉(になる)。
 やっぱり毎年総理大臣が変わったら交渉できません。これは今から(領土交渉を)始めるとしたら5年越し(の交渉)ですね。3年だとちょっと短い感じがする。いずれにしても、安定した政権同士、というのはひとつのチャンスであろうかなと思うんです。

8.日ロの戦略的利益の一致点
ロシアはもはや仮想敵国ではない

 じゃあ日ロ、相手もあることですから、北方四島が返ってくるとしたらロシアにとっても利益がないといけませんよね。そうすると、「日ロ」というのは戦略的にどういう利益が(必要か)。
 そうすると、日本もロシアも、他に重要な国があります。それは中国であり、アメリカです。これはロシアも変わりません。そうすると、日ロの関係が良くなるということは、お互いにとって、ロシアにとっての中国とアメリカ、あるいは日本にとっても中国とアメリカに対して、自分のポジションを高めることができるんですね。
 で、日ロというのはもはや仮想敵国ではない。ロシア帝国、ソビエト連邦を通じて(日本にとって)ソビエト、あるいはロシア帝国というのは仮想敵国ナンバーワンだったわけです。そういう時代は終わったんですね。だから、双方の関係を強化する、ということは双方にとってそのまま利益になる。

道東と結び付いてこそ北方四島は発展する

 もうひとつは、やはり平和条約を締結したあと、我々にとって四島返って来て欲しいわけですけども、どうした将来像を日ロの間で描くのかと。これを考えていかないといけないと思いますね。そうしてみるとやはり「北海道」の果たす役割、と(いうことになります)。日ロを繋ぐ地域として、あるいはこの「釧根地区」というのが大きいと。
 北方四島にしても本来は、ここの北海道東部と結びついたことによってですね、彼らは発展(できるわけです)。いくら投資をしてもですね、北方領土問題が解決しない限り北方四島にそんなにたくさんの観光客が来たり、そんなにたくさんの外国企業が来ることはないです。やはり日本と結びついて初めて、彼らも発展できるわけですね。

大きな枠組のなかで領土問題を動かす

 考えてみますと、日ロというのはたとえばオホーツク海。これはどういう分け方をするにせよ、日本とロシアの海です。そこでどう協力できるのか。これは水産はもちろんでございますし、あるいは自然環境の保護ももちろんですし、あるいはエネルギー、というようなもの、そうした大きな話を作る中で領土問題を動かしていくと。いうことが必要ではないかなと私は思います。

9.プーチンに求められる戦略的決断
帝国としてのロシア

 最後に短くなりますけど、今のロシアとはどういう国なのか、ということなんですけど、これは今から25年前くらいになりますかね、ソビエト連邦という巨大な国が、赤旗がー僕も赤の広場で見ていたんですがー降りるところを見てですね、(ソ連が)崩壊したと。
 そしてプーチンという人はですね、どういう人間なのかということ、ロシアというのはどういう国かと。崩壊してちっちゃくなったんだけども、今世界の陸地の七分の一はロシア、世界最大の領土を持っているんですね。そしていろんな民族が住んでいる、それがロシアなんですね。(いわば)「帝国」だと思うんです。悪い意味じゃない。本当に、地上に残った帝国。ロシアというのは「国民国家=一民族の国家」とはなれないですね。帝国であると。じゃあ帝国としてのロシアの中で、プーチンという人はどういう人なのか。…これは1999年の大晦日(の様子)です。
(プーチンTV演説動画)

安定をもたらした指導者プーチン

 若いですね。国民のトップとしてのはじめての挨拶なんですね。この大晦日にエリツィンが辞任して、彼が大統領代行に指名されたんです。そのときにプーチンが国民に言った言葉というのはですね、非常に象徴的なものでございまして、この頃のロシアはまだ貧しかったんです。チェチェンとか、いろんな問題があった。…(※プーチン演説内容は下記を参照)
 この「安定」という言葉が、これがプーチンのひとつのキーワードなんですね。…
 この「ロシアをまとめる」という言葉…
 でもうひとつは「国の尊厳」と(いう言葉)…
 つまりこの「安定」と「愛国心」これがプーチンの2つのキーワードなんです。

プーチンの歴史的使命

 僕は、ロシアの歴史における彼の役割というのは、「保守・反動」(だと思います)。こういうと非常に悪口を言っているように聞こえるかもしれませんが違うんですね。僕は彼の歴史における役割というのは「反動」、これはどういうことかというと、プーチンの前は「革命」です。革命でグチャグチャになった国を、もう一度安定させると。であらゆる革命、明治維新にしてもフランス革命にしても、革命だけをずっとやってたら国なんて持ちませんから、かならずその後「安定」させる政治家が現れるんですね。プーチンはまぎれもなくこの「反動」。「革命」に対してそれを安定させるという意味で「反動政治家」ということだろうと思うんですね。

【補足】プーチン演説内容「…喜びもあったが悲劇的な99年が去ろうとしている。困難な決断の年だった。つい最近まで不可能と思えたことが生活の一部となりつつある。安定の兆しだ。これは国民にとっても政治家にとっても、そして経済にとっても貴重なものだ。我々はようやくまとまって、ロシアをまとめようとしている。ようやく国の尊さ、尊厳というものを理解したのだ…」

20世紀はロシアにとって悲劇の世紀

 20世紀のロシア、日本もかなりドラマチックな20世紀でございましたけれども、この20世紀というのはロシアにとっては本当に悲劇的な世紀だったんですね。いま「映像の世紀」というNHKスペシャルをまたやっていて、こないだ見ましたけども、第一次大戦、第二次大戦、すべてロシアが地上戦の舞台となっているんですね。それもかなり悲劇的な。
 でもうひとつ。ロシア革命。それからソビエト連邦崩壊。2度にわたって、革命といいますか、国の崩壊というのを経験している。つまり2度の大戦、そのほかに内戦があって革命があって、2度の国家崩壊を経験しているということでございまして、20世紀のロシアというのは本当に悲劇的な世紀(だった)。

ロシアは5回も国歌が変わっている

 そして「国歌」。日本はいろいろ(維新や戦争が)ありましたがずっと「君が代」です。(それに比して)ロシアの国歌が20世紀に何回変わったか。多くみる人で6回と言いますが、僕(の認識で)は5回変わっているんですね。それだけ国というものが混乱したと。
 それはたとえばこの人口グラフによく表れているんです。これは分かりやすくするために59年のロシアの(統計)を見ているんですが、これが出生率低下(部分)、第一次大戦とその後の内戦ですね。でこれが第二次大戦。ここはなんでしょうか、これは…。戦争はしていない。30年代ごろ。これはスターリンの粛清。あと農業集団化による大飢饉。平和裡にこれだけ出生率を下げる、過酷な政治を行った、ということなんですね。つまり、20世紀という(時代が)全体でみると(ロシアにとって)大変な変動の世紀(だった)。これに飽き飽きしたという時に現れたのが、プーチンという人間だったわけです。

連邦崩壊後の三つの移行

 ロシアは連邦崩壊(をしたこと)で、政治、経済、それから外交、三つの面で変えていかなければいけない。政治は、この「ソビエト連邦(という帝国の一部)から独立した国家に」、 (経済は)「社会主義経済を市場経済に」、あと(外交は)「鉄のカーテンを開いて国際社会に(仲間入りする)」。それが全部うまくいっているとはまったく思わないんだけども、そうするとですね、やっぱり混乱して90年代のGDPはここまで落ちるんですね。それがプーチン時代になるとこう回復していく、という状況。で、今だとソビエト時代を上回るものになっていると。つまり、プーチンが今のロシアを作ったということもあるんですけれども、国民がプーチン的な強い指導者を求めたということもあるんです。

新たな転換点?中ロ連携

 そして今僕が非常に気になっているのが「中ロ」なんです。中国、ロシアがどう進むのか。
 ロシアから見て中国というのは「怖い」と思うんですね。日本にとっても(脅威)というのもあるんだけども、つまり19世紀以来今までのロシアは「弱い中国」と付き合ってきたのが、初めて「強い中国」と向き合わなきゃいけない(ことになった)。
 ただロシアの外交にとって一番大事なのは、今中国との友好関係を維持すること。それが最大(の課題)ですね。もしもロシアにとって中国との関係が悪くなって、中国との軍事衝突の恐れが出てくる(としたら)、これは致命的なんです。なぜかというと、中国というのは、必ずしも核抑止が効かないんですね。ソビエト連邦が崩壊したひとつの原因っていうのは中ソ対立で、ものすごい軍事力を極東に配置しなければいけなかった、ということがあるんですね。ただ、中国という国が本当に信用できるか、と思ってるかというと、僕はそうとも限らない(と感じています)。

ロシアの「ユーラシア」vs中国の「シルクロード」

 たとえば中央アジアでいいますと、ロシアっていうのはこの中央アジアというのを、「ユーラシア経済連合」(※2015年1月1日発足)というのを作りたい(と考えています)。ロシア人がユーラシアと言ったときに、これはどういう意味かというと、ユーラシアというのは(もともと)ヨーロッパとアジアという意味ですけれど、ロシア人にとっては「旧ソビエト」のことを言うんですね。逆にいうと中国は含めない、というところがポイントなんです。それに対して中国の「シルクロード構想」というのはまさに、いってみれば「ロシアの裏庭を通って」ヨーロッパに繋ぐ、ということなんです。プーチンの言う「ユーラシア構想」と中国・習近平の言う「シルクロード(構想)」というのは矛盾するんですね。しかし、今その矛盾は(ロシアとしては)飲み込んで、もう「シルクロード(構想)」に乗ろうという方向に行ってるんですね。こういうかたちで中ロが連携する、というのは非常に日本にとって良くないところがありまして、ただそうはいってもそういう矛盾というのは(相変わらず)残っている。

日米中ロは戦国時代

 そうしますと、今からの北東アジアというのは、日米中ロのそれぞれの利益が錯綜した、複雑な国際関係になっているということです。そしてアメリカというのは、ある面では「安倍外交」を警戒するわけです。で、ロシアは中国とくっつくわけだけども、しかし自分の軍事力は強化しつつ、中国だけに依存はしたくない。日本は中、ロ双方と対立する“二正面”は避けたい。中国はなんとか漁夫の利を(得たい)。こういういってみれば“戦国時代”みたいな状況(になっている)。この厳しい国際状況をなんとかチャンスに変えられないか。

プーチンの利益とは?

 じゃあプーチンにとって平和条約は何の意味を持つのか。プーチンは分かっていると思います。ロシアにとって東の最適のパートナーは日本なんです。北方四島を我々は返してほしいと思っていますけども、だけどもそれ以外にロシアに対して領土要求、何もありません。あるいは戦略的に利害が対立する点も何もありません。日本の技術、資金、そしてロシアの豊富な天然資源、あるいは人材、これが組み合わさることはロシアにとっては利益ですね。
 で、ロシアの極東には600万人しかいないんですね。そこに中国がドドドドドッと入ってきたら、僕はロシアの指導者は怖いと思うんですね。ところが日本の投資というのは、ロシアにとってはまったく危なくない。むしろ来てほしい投資になるわけです。
 西ではドイツがロシアの最適パートナーだと思うんですけども、東では日本。ロシアと日本、ロシアとドイツの関係が強化されるということが、ロシアにとって非常にいいことなんです。その辺をプーチンが考えて、北方四島問題という領土交渉において、日本に対して歩み寄って欲しいと思っているわけなんです。
 プーチン大統領は、実はロシアの過去の皇帝を大変尊敬していて、彼の執務室にはこのニコライ1世、エカチェリーナ、それからピョートル大帝、それからアレクサンダー2世の肖像画が掲げられていると言われておりますけども、このニコライ1世の日魯通好条約を結んだ時の、長期的な視点に立って、ぜひとも日本との交渉を一歩踏み出してほしいと、思うわけでございます。
 以上でございます。どうもありがとうございました。

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