2016年04月24日 (日)

桜道 あでやかに ~埼玉県 幸手市~

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埼玉県幸手市の権現堂堤。1キロほど続く桜並木には、1000本の桜が植えられ、 多くの花見客でにぎわいます。最初に桜が植えられたのは大正時代。桜の名所として親しまれましたが、戦中から戦後にかけて燃料として伐採、姿を消しました。しかし 、その後地元の人たちの手で再び桜が植えられ、よみがえったのです。長年桜の木 を守り育てる地元の人たちに、福島から来た桜を楽しむ埼玉在住の避難者。桜に思 いを寄せる人に出会う旅。


今回の放送内容

satte1.jpg幸手市の権現堂堤には、長さ1キロに渡っておよそ1000本のソメイヨシノが咲き誇る桜並木があります。その傍らには、広大な菜の花畑があり、桜と菜の花が同時に咲く光景は多くの花見客の目を楽しませています。権現堂堤に最初に桜が植えられたのは大正時代。戦前から関東でも有数の桜の名所として知られていました。終戦前後、燃料が極度に不足する中で、桜は切り倒され姿を消しました。しかし、昭和24年、地域の人々の手によって若木が再び植え直され、桜並木は復活しました。


satte2.jpg権現堂堤の桜を守っているのは、NPO「幸手権現堂桜堤保存会」のメンバーです。会員は地元の人を中心に80名あまり。子供の頃から権現堂堤で遊んで育ったという人たちです。代表の並木克己さんは「いまも、1年365日のうち350日は堤に来ている」と言います。植えられてから60年以上経つ老木が多いため、メンバーは日々、桜を見て回り、倒れそうになった木には支えを作るなど手入れを欠かしません。


satte3.jpg権現堂堤の一角に、全国の桜自慢の自治体から贈られた桜が立ち並んでいます。その中の一本、福島県冨岡町の桜。ここに集まってきたのは、東京電力福島第一原発の事故でふるさと富岡町を離れ、埼玉や東京に避難した人たちです。今は避難先でそれぞれの生活を築きつつある中、ふるさとの桜を前に、思い出話に花が咲くひと時を過ごしました。


旅人・山田敦子アナウンサーよりsatte-yamada.jpg

今回の旅は権現堂堤。渋滞の中を近づいていくと、彼方にピンク色の壁が見えてきました。延々と連なるその壁は1000本のソメイヨシノ。堤の斜面にも植えられているので、何層ものボリュームで迫ってきます。更に近づくと、その下には黄色い帯。風に揺れる二十万本もの菜の花です。日本的でありながら日本離れしたこの風景。堤を愛する地元の人たち80人が作りあげ守っています。春の桜に続いて出番を待つのは、梅雨のあじさい、秋の真っ赤な彼岸花。丹精込めたこの堤を、季節ごとに訪れたくなりました。


幸手市 権現堂堤へのアクセス

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〈電車・バス〉
東武日光線「幸手駅」→路線バス(五霞町ゆき)「権現堂」バス停(約10分)

〈車〉
東北自動車道「久喜(くき)」ICから約20分
または 圏央道「幸手」ICから約10分


問い合わせ先

▼幸手の観光について
幸手市観光協会 0480-43-1111

投稿時間:08:24


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