2017年02月19日 (日)

開拓の心 一滴 ~茨城県 守谷市~

moriyamain.jpg茨城県南部の守谷市。東京のベッドタウン化が進むこの町ですが、河川敷には100ヘクタールを超す広大な牧草地が広がっています。第二次大戦が終わると、満蒙開拓から引き揚げてきた人々が、新たなふるさとを求めて、入植した「開墾の地」です。入植者1世が切り開いた大切な牧草地を受け継ぎ、乳牛を飼育し続ける親子。開拓当初から支え合い、今も仲良く暮らす80代の女性たち。苦難の時代を支えあってきた人たちに出会います。


今回の放送内容

moriya1.jpgベッドタウンとして目覚ましい発展を遂げている茨城県守谷市。住宅街を抜けると、利根川と鬼怒川の合流地点に100ヘクタールを超す広大な牧草地が広がっています。ここは、12軒の牧場が軒を連ねる酪農団地。戦後に旧満州から引き揚げてきた人々によって切り開かれた開拓の地です。毎年のように洪水に襲われ、農作物が流されてしまうことから「流作地区」と呼ばれてきたこの場所に恵みをもたらしたのが牛でした。牧場の2代目・安孫子茂さんは、牛への感謝を胸に牛と向き合い続けます。


moriya2.jpg牧場から北東に1キロほど離れたところに、開拓団の子孫たちが住む集落があります。ここで暮らす今野昭子さんと伊藤美恵子さんは、戦後まもなくこの地にやってきました。今野さんたち入植者はかつて牧場で共同生活をしていました。わずかな稼ぎや食べものをわかちあい、苦しい時代を乗り越えてきたのです。集落の家々では、いまも塀や柵がないところがあり、隣の家同士がつながっている造りになっています。


moriya3.jpg守谷市内の小中学校の給食で出される人気のメニューのヨーグルト。地元の新鮮な牛乳から作られています。このヨーグルト工場で働く髙橋ふみ子さんは、かつて酪農団地のある場所で牧場を営んでいました。開拓時代から続く守谷の酪農を知って欲しいと、ベッドタウンの住民や東京から来る人たちに伝えています。去年、苦楽を共にしてきた夫をガンで亡くした髙橋さん。一人で過ごす時間が長く感じられるなか、支えてくれたのは、いまも隣同士暮らす酪農団地の仲間でした。共同生活で培われた互いを支えあう開拓の心は今も息づいています。


旅人・山本哲也アナウンサーより

moriya-yamamoto1.jpg秋葉原から30分。まさかそこに100ヘクタールもの牧草地があろうとは思いもしませんでした。北海道の話のようですが、れっきとした茨城守谷のお話です。満蒙開拓団から引き揚げてきた人たちの思いのこもった土地、牛を家族のように大切にする酪農家の二代目・安孫子茂さん。自慢は自分の育てた牧草を自分の牛に食べさせること。口数は多くありませんが、ぽつぽつと言葉を紡ぐ茂さんからその自信が伝わってきました。ロケの最中に生まれた孫娘「しずくちゃん」。この地の恵み牛乳のしずくからつけたという思いのこもった名前、どんな酪農一家の存在になるのか成長が楽しみです。私たちのすぐ近くに温かなお話がいろいろあるものですね。


守谷へのアクセス
moriyamap.png

〈電車〉
つくばエクスプレス「秋葉原」駅→「守谷」駅(約32分)

〈車〉
常磐道「谷和原」ICから約5分


 問い合わせ先

▼酪農団地について
 大八洲開拓農業組合 0297-48-1423

 

 

 

投稿時間:08:24


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