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特集

2018年4月6日(金)

証言で迫る ロシア元スパイ暗殺未遂の謎

 
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世界を震撼(しんかん)させたイギリスの暗殺未遂事件。
狙われたのは、ロシアの元スパイとその娘。
事件で使われたとされるのは神経剤です。
一時、重体だった娘は5日、声明を発表。
しかし、事件の詳細は語っていません。
ロシアによる関与はあったのか。
関係者への独自取材から浮かび上がる事件の背景。

開発に関わった化学者
「ロシアは神経剤の開発を続けている。」


元スパイ
「スパイを釈放した国がそのスパイを殺害するわけがない。」


国際社会も巻き込んだ事件の謎に迫ります。

花澤
「イギリスの観光地として知られるソールズベリーで起きた、暗殺未遂事件。
ロシアの関与は裏付けられるのでしょうか。
今日は、この特集からです。」

酒井
「8年前にイギリスに亡命したロシアの元スパイ、セルゲイ・スクリパル氏。
彼を標的にしたこの事件の真相はいまだ明らかになっていません。
事件解明のカギとされるのが、使用された『ノビチョク』という神経剤です。」

松岡
「事件に使われたとされる神経剤ノビチョク。
冷戦時代、旧ソビエトが製造した化学兵器です。
その毒性は、去年、キム・ジョンナム氏の殺害に使われたことで知られるVXの5倍から8倍とされるほど、強いものです。」

松岡
「最大の特徴は、この猛毒が毒性の低い2種類の物質を混ぜ合わせて作り出せること。
この2種類の物質は簡単に持ち運びできるので、ノビチョクを使用直前に作ることもできるのです。
また、時間がたつと成分が検出されにくく、使われたことの立証が難しいという特徴もあります。
一体何者が、この毒物を使って暗殺を企てたのか?
その謎に迫りました。」

狙われた元スパイ ロシアの関与は?

リポート:税所玲子支局長(ロンドン支局)

暗殺未遂事件からおよそ1か月。
現場近くでは今も警察官の姿が目立ちます。
2人が立ち寄ったパブやレストランは、閉鎖されたまま。
意識を失って倒れているのが見つかった公園も立ち入ることはできません。
狙われたのは、ロシアの元スパイ、セルゲイ・スクリパル氏と、その娘です。

スクリパル氏は、ロシア軍の情報機関に所属しながら、イギリスの対外諜報機関に情報を提供した疑いで14年前、ロシア当局に逮捕されました。
8年前に釈放されてから、イギリスに亡命し、家族と共に暮らしていました。
その後、妻と息子、兄を相次いで亡くしたとメディアは伝えています。
誰が、どうやって暗殺を企てたのか。
捜査当局は、先月28日、スクリパル氏の自宅のドアノブからも高濃度の神経剤ノビチョクが検出されたと発表しましたが、その経路などは不明のまま。
250人のテロ捜査員が5,000時間分の監視カメラの映像、およそ500人の目撃者の証言の分析などを続けています。
イギリス政府は、ノビチョクがロシアで開発されたものだとして、事件にロシア政府が関与していると強く非難しました。

イギリス メイ首相
「ロシア政府が関わっていると考える以外に説明がつかない。
イギリスへの違法な武力行使だと結論づけざるを得ない。」

リポート:渡辺公介(モスクワ支局)

これに対し、ロシア政府は、ノビチョクの開発そのものを否定しています。

ロシア プーチン大統領
「ロシアにそんなものはない。
全ての化学兵器は国際的な監視のもと廃棄した。」

しかし、旧ソビエトでノビチョクの開発に関わったという化学者は、実際には廃棄していないと言います。

ノビチョク開発に関わった科学者 ミルザヤノフ氏
「ロシアは、今もノビチョクの開発を続けている。
役に立たなくなった古い化学兵器を廃棄しただけだ。
化学兵器禁止機関に報告されていない。
つまり廃棄されていないのだ。」

そして、プーチン政権には、暗殺の動機があると指摘する人物もいます。
旧ソビエトの情報機関にいたグドコフ氏は、事件がロシア大統領選挙の直前に起きたことに着目しています。

元KGB将校 グドコフ氏
「ロンドンのロシア移民は反プーチン派が多く、彼らに向けた事件だったことは否定できない。
どこにいても逃げられないということを見せつけようとしたのだろう。
同時にロシア国内に向けて結束を呼びかけようとしている。」

リポート:税所玲子支局長(ロンドン支局)

一方、ロシア政府が絡んでいるとは限らないという見方もあります。
ロシア政府などの関係者によると、国で厳重に管理していたノビチョクが、旧ソビエト崩壊後の混乱で持ち出され、犯罪組織に流出。
今も、国の管理を離れたノビチョクが、世界各地に存在するおそれがあるというのです。
イギリスでスクリパル氏に数か月前に会ったというロシア人の男性は、ロシアの犯罪組織はロンドンでも暗躍していると話しています。

スクリパル氏に数か月前に会った バレリー・モロゾフ氏
「彼はロシア軍の諜報員と接触し、犯罪組織の関係者にも知り合いがいたようだ。
イギリスの元スパイともつながっていていたようだし、要は何にでも手を出していたと思う。」

さらに、イギリスの諜報機関の元スパイもロシア政府がスクリパル氏を暗殺しようとしたという見方に疑問を投げかけています。

イギリスの元スパイ アニー・マション氏
「スクリパル氏は釈放されるまでにロシアにとって全く脅威とならない状態にされた。
引退したスパイを殺害する理由は無い。
スパイの世界の暗黙のルールだ。
それよりも、イギリスに来た後の8年間に何をしたかに注目すべきだと思う。」

錯そうする情報に、謎は深まるばかり。
ところが、メイ首相は事件後すぐ、ロシアの外交官23人の追放に踏み切るなど、異例の早さで対応しています。
イギリスの安全保障の専門家は、背景に、苦い教訓があると指摘します。

安全保障専門家 チャーマー氏
「12年前のリトビネンコ氏の事件は今回の事件に類似しています。」

2006年、亡命先のイギリスでプーチン政権の批判を繰り返していたロシアの元治安機関の職員が、毒物で殺害されました。
イギリスは、ロシア人2人が犯人だと特定し、政府が関与した疑いが強いと非難しましたが、2人はロシアに帰国。
当時もロシアの外交官4人を追放するなど対抗措置を打ち出したものの、身柄が引き渡されることはありませんでした。
専門家は、この時、イギリスはロシアに強い姿勢で臨むべきだったと主張します。

安全保障専門家 チャーマー氏
「すぐに対応しないとどうなるかを示す典型です。
法律に基づいて調査をしても、何の効果もなく、ロシアに間違ったメッセージを送ることになりました。」

イギリスでは、その後も亡命ロシア人やビジネスマンの不審な死が相次ぎ、メディアはこの6年間で14人に上っているとしています。
だからこそイギリス政府は、今回、100%の確証を待たずにロシア政府の関与を断定したと、専門家は指摘します。

安全保障専門家 チャーマー氏
「イギリスが95%位の確証の段階で措置を取ったのはロシアに強く警告するためです。
そして同盟国にもそのメッセージを確実に伝えようとした。」

酒井
ここからは、ロンドンとモスクワの動きを聞いていきます。
まずはロンドンの税所支局長、捜査終了を待たずにロシアを名指ししたメイ首相ですが、気がかりな情報も出ているようですね。

税所玲子支局長(ロンドン支局)
「事件に使われたノビチョクはイギリスの軍の研究機関が分析を行いましたが、その責任者が、今週、『軍で使用するレベルのものだが製造元は特定できていない』と発言しました。
メイ政権は、『さまざまなインテリジェンスを総合した判断だ』としていますが、ロシアは早速、軍の発言をとらえてイギリスは言いがかりをつけているだけだと批判のトーンを強めています。
イギリスは今回、多くの同盟国の支持を集めていますが、ロシアと激しい情報戦となる中、わずかなミスでも形勢逆転につながりかねないだけに、不安の声も上がっています。」

花澤
「続いて、モスクワ支局の渡辺記者に聞きます。
渡辺さん、ロシアは今後、どう出ると見ていますか?」

渡辺公介記者(モスクワ支局)
「ロシアが事件への関与を認めることは、絶対にありません。
現場から見つかったサンプルの調査について、ロシアは『ロシアの専門家が加わらない調査は認めない』という立場です。
そればかりか、欧米などの各国がロシアの外交官の追放に踏み切ったことについて、プーチン大統領は『これほど素早く反ロシア・キャンペーンが展開されたことは驚きだ』と述べました。
つまり、『事件は欧米がロシアをおとしめるために周到に仕掛けた罠』だと強調して、国民の結束を呼びかけているのです。
一方で、ロシアは欧米との決定的な対立を望んでいるわけではありません。
ラブロフ外相によりますと、『外交官を追放した国の中にはこっそり謝ってきた国もある』ということです。
ロシアは、こうした各国の温度差を利用しながら、クリミア併合以降続く、対ロシア包囲網の切り崩しを図っていくものとみられます。
モスクワからお伝えしました。」

花澤
「再び、ロンドンの税所さんに聞きます。
イギリスでの今後の捜査、焦点は何でしょうか。」

税所支局長
「まず、スクリパル氏の娘の容体が回復したことが重要です。
そして、たった今入った情報ですが、スクリパル氏本人も重篤な状況から脱したと病院側の発表がありました。
二人から証言を得られるかが、事件の全容解明に向けた鍵を握ることになります。
また、ノビチョクについては、OPCW=化学兵器禁止機関が進める調査の結果が来週にも発表されるとみられます。
イギリスはこのOPCWの結果や捜査の進展によって確たる証拠をつかむことで、ロシアへの包囲網をより強固にしたいところです。
それでもロシアが揺らがなければ、ロンドンの不動産業界や金融業界に向かうロシアの資金の流れを止めるなどの措置に踏み切ることも検討するものと見られます。
しかし、ロシア・マネーは与党保守党にも及んでいると言われるだけに、メイ首相はロシアとの関係をめぐり難しい局面にたたされる可能性もあります。
以上、ロンドンからお伝えしました。」

アメリカがロシアに新たな制裁

酒井
「そしてこれに関連して、新しい情報が入ってきました。
アメリカのトランプ政権は、ロシアについて、ウクライナ南部のクリミア併合や、シリアのアサド政権への武器の供与、さらに他国に対するサイバー攻撃など、数々の有害な活動を行なっているとして、ロシア政府の高官や、プーチン政権に近い実業家、それに関係企業など、合わせて38の個人と企業を、新たに制裁の対象に加えると、明らかにしました。
アメリカ政府はロシアに対して先月、『一昨年の大統領選挙に干渉した』などとして、ロシアの5つの団体や、関係者19人の資産の凍結など制裁を実施したほか、イギリスで起きたロシアの元スパイの暗殺未遂事件を受けて、アメリカに駐在するロシアの外交官60人を国外に追放する措置を取っていて、両国のさらなる関係の悪化は避けられない情勢です。」

酒井
「100%ロシアが関与しているとは、まだ言い切れないということでしたが、一方でロシアもこれ以上の関係悪化は望んでいないということですよね。」

花澤
「そうですね。
そして今新たに出ましたアメリカの制裁措置は、事前に報じられていたことではありますが、やはり厳しい姿勢を示しました。
今の情報ですと、イギリスの事件に直接関係するものではないのですが、ロシアに対する強い、厳しい姿勢を表したということになります。」

酒井
「そうしますとロシアは反発しますよね。」

花澤
「そうですね。
ロシアとしては反発せざるを得ないということになると思います。
イギリスでの事件の背景はどこまで解明されるのか。
そして、アメリカとロシアは緊張緩和の糸口を見つけられるのか。
ロシアへの軍事面での危機感も高まる中で、重要な焦点の一つとなっています。」

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