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特集

2016年12月14日(水)

ロシア・中国国境 かつての係争地は今

 
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田中
「解決の糸口はあるのか、ロシアとの領土問題について考えます。」

いよいよ明日(15日)に迫ったロシア・プーチン大統領の来日。
日本が目指しているのが…。


安倍首相
「私の世代でこの(北方領土)問題に終止符を打つ。」




戦後70年余り、日ロの間に横たわってきた北方領土問題。
かつて、プーチン大統領も…。




ロシア プーチン大統領
「日ロ双方が受け入れ可能な形で決着させ、この問題に終止符を打ちたい。」




そして、得意とする柔道の「引き分け」という日本語を使って、領土問題の解決に意欲を示していました。





8年前。
ロシアは、中国との間で、国境をめぐる問題を解決させた経験があります。
かつての係争地は、今どうなっているのか。
そしてロシアは、この問題にどう向き合ってきたのでしょうか。

田中
「いよいよ明日、プーチン大統領が来日します。
今日(14日)から3日間にわたって、特集でお伝えしていきます。
今回の来日で日本側が注目するのが、北方領土の問題。
今日は、かつてロシアと中国の間で国境線の画定にこぎ着けたケースを通して、ロシアが国境をめぐる問題にどう向き合ってきたのか、考えます。」

佐藤
「ロシアと中国は、およそ4,300キロという長大な国境で接していて、ソビエトの時代からこの国境をめぐって長年、対立してきました。

国境のうち、最も画定に時間がかかったのが、こちら。
ロシア極東と中国東北部の間を流れる、アムール川の中州です。

1929年以降、ロシアが実効支配していたこの場所も、最終的には、東西に面積をほぼ半分ずつに分けることで合意し、決着しました。
かつて両国が激しく争った国境は今どうなっているのか、中国側から取材しました。」

プーチン大統領あす来日 中ロ国境線 決着の地は

リポート:戸川武記者(中国総局)

北京から北東へ1,700キロ。
中国で最も東に位置する町、黒竜江省・撫遠。

戸川武記者(中国総局)
「私の後ろに見えるあちらの中州。
かつて中国とロシアが領有権を争っていた場所です。」



ロシア極東と中国東北部の間を流れるアムール川の中州です。
ロシア側には教会、中国側には国旗を掲げた建物が、それぞれの領土を主張するかのように建っています。

1929年以降、当時のソビエトが実効支配してきたこの場所が、東西に面積をほぼ半分ずつに分けることで合意し、8年前に決着しました。

中州の中国側を、観光ガイドの女性に案内してもらいました。
かつての係争地が、今では観光スポットとして整備されていました。




観光ガイド
「ここにはロシア軍がいました。」

ロシア軍の施設だった建物は、観光名所に。
そして、見えてきたのが…。

観光ガイド
「西洋の文化では教会を建てますが、中国では塔を建てます。」

中国伝統の建築様式を用いた高さ81メートルの巨大な塔。
中国の領土となった象徴として建てられました。

さらに周囲には、中国の民族の数と同じ、56本の柱が建っています。





観光客
「(領土問題で)中国もロシアも互いに“自分たちが譲った”と思っています。
でもそれは問題ではありません。
友好が促進されればよいのです。」


かつて、国境をめぐり、激しく対立した中国とソビエト。

1969年には、武力衝突にまで発展。
死者を出すなど、緊張が高まりました。




80年代に入ると、中国では外資の導入を図る「改革開放」。





ソビエトでは、政治体制の改革「ペレストロイカ」の動きが加速。
外交方針も大転換し、急速に関係が改善します。




1989年、ついに当時のゴルバチョフ書記長による歴史的な中国訪問が実現し、中ソ対立の時代は終わりを告げました。

両国は交渉を本格化させ、各地にあった係争地も、2004年までにすべてで国境線を画定。

その4年後、最後までロシア側が実効支配していたあの中州の半分も中国側に引き渡され、決着しました。
それから8年。
中国はロシアとの経済的な結びつきを強め、人の往来や貿易が盛んになり、中州の近くの都市などは、発展を遂げています。

2年前、上海などの大都市と結ぶ空港が開業。





観光施設の建設も進み、中州に一番近い町には去年(2015年)、地元の人や観光客向けに、ロシア製品専門の免税店もオープンしました。





およそ1万平方メートルの広い店内には、食品から日用品まで、8,000種類以上のロシア製品が並んでいます。





免税店 店員
「ロシアの対岸の町と取り引きしています。
ロシア人の店員もいますよ。」



買い物客
「今ではロシアのものばかり食べています。
(ロシア製品は)安いし質もいい。」



国境をめぐる問題の決着から8年。
中国側のかつての紛争地は今、両国の「友好」を売りに、経済発展を図ろうとしています。


プーチン大統領あす来日 注目は北方領土問題

田中
「ここからは、ロシアを担当している国際部の塚越記者とお伝えしていきます。
今見た中国とロシアのケース、結果的に、ロシア側が実効支配していた中洲の半分を『譲った』という形になっていると思うんですが、ロシアはどういう思惑でこれに応じたのでしょうか?」


塚越靖一記者(国際部)
「大きく言えば、『安全保障』と『経済協力』の2つが挙げられるかと思います。
まず『安全保障』ですが、4,300キロもの長い国境で接する中国との間では、1969年には軍事衝突もありましたし、核兵器を保有する大国同士ですから、核戦争に陥るおそれもあったわけです。
ロシアでは、中国との間で争いの種があるのは大きなリスクで、プーチン大統領も解決が必要だとの認識を示してきました。
次に『経済協力』ですが、国境画定当時、中国は2008年の北京オリンピックに向けて急速に経済発展をしていました。
一方でロシアでは、中国に隣接する極東・シベリア地域の発展は遅れていて、むしろ人口減少が続いていたんです。
ロシアとしては、協力を妨げていた問題を解決して、中国の成長を取り込みたい狙いがあったものとみられます。」

佐藤
「国境を画定した後、中国とロシアの関係はうまくいっているのでしょうか?」

塚越記者
「うまくいっていると言えると思います。
例えば、こちらをご覧ください。

ロシアのシベリアから、中国向けに作られた石油のパイプラインです。
2006年に着工し、2011年からは中国向けに石油が輸出されています。

また、こちらの地図をご覧ください。
ロシアは、それまで西のヨーロッパに向けて、パイプライン網を張り巡らし、石油や天然ガスを輸出していました。
しかし、特に2006年にロシアがウクライナと対立し、ヨーロッパ向けのガスの供給を停止してからは、ロシアは供給先を東に向けようと、中国、太平洋までのパイプラインの建設を急いだのです。

こうしたことなどから、ロシアにとって中国は最大の貿易相手国となり、2013年には2004年の8倍にまで増え、中ロ関係は、まさに蜜月と言われるまでになりました。」


中ロ国境線問題決着 北方領土問題は

田中
「気になるのが、中国とロシアの国境画定の方法が日本の北方領土問題に当てはめられるのかという点ですが、それはいかがですか?」

塚越記者
「なかなか難しいかと思います。
というのも、違いが多くあるからです。
ロシアにとって北方領土は、血を流した第2次世界大戦の結果、ロシアの領土になったものだという認識で、戦争の相手ではなかった中国との交渉とは立場が異なります。
また、安全保障の面では、日本については脅威と捉えられていないという違いもあります。
また北方領土には、現在1万7,000人のロシア人住民が生活していることも解決を難しくしています。
さらに、中国との間では水面下での秘密交渉で行われたため、双方が反対意見を抑えることができたということも解決には大きなことだったんです。」

田中
「では、この北方領土問題の解決に向けて、この事例から参考になる部分はあるのでしょうか?」

塚越記者
「まず北方領土問題が、日本との経済関係の発展を妨げている部分があるのは明らかです。
また、ロシアはこれまでに中国だけでなく、フィンランドやエストニアなどとも相次いで国境をめぐる問題を解決した経験があり、日本ともそういう意味では解決したいという認識を示しています。

また、プーチン大統領は、先月(11月)も『中国とは信頼関係を育み、40年かけて決着した。日本との関係はそのレベルに達していない』と述べていました。
この事例を、プーチン大統領があえて引き合いに出しているということは、あくまで2国間の関係の深さが重要だということを示唆していると言え、ロシアの動向を知るうえで参考にする点は多いのではと思います。」

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