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参考教材:『武蔵野』 国木田独歩

国木田独歩について

1871年(明治4年)千葉県・銚子に生まれる。本名は哲夫。父の仕事の関係で幼少年期を山口県岩国で過ごした。1888年、東京専門学校(現在の早稲田大学)英語普通科に入学。ワーズワースやツルゲーネフを好んだ。1894年(明治27年)徳富蘇峰の「国民新聞」で活動を開始、日清戦争の従軍記者として『愛弟通信』を連載し注目される。
1897年(明治30年)田山花袋、柳田国男と知り合い『独歩吟』、処女小説『源叔父』を発表。二葉亭四迷が訳した『あひゞき』に影響され、『武蔵野』(初出時は『今の武蔵野』)『初恋』などを発表し、浪漫派として始まる。1903年(明治36年)発表の『運命論者』『正直者』で自然主義の先駆となった。
1908年、肺結核のため37歳で死去。

小説『武蔵野』について

『武蔵野』(初出時は『今の武蔵野』)は、1898年(明治31年)に雑誌に発表した短編小説。1895年(明治28年)に結婚した妻・信子が貧困生活に耐え切れず、翌年、協議離婚。『武蔵野』は、1896年(明治29年)9月から翌年4月まで、東京郊外の渋谷村に住み、心の痛手を癒そうと郊外の散策に明け暮れたこの間に発想され、一年後に執筆された。
「国木田独歩の碑」がある武蔵野市三鷹は、妻信子と散策を楽しんだ場所であり、碑には傷心時代の独歩が行き着いた心境「山林に自由存す われ此句を吟じて血のわくを覚ゆ 嗚呼山林に自由存す いかなればわれ山林をみすてし」(『独歩吟』の一節)が記されている。

武蔵野について

関東平野の一部。広義には武蔵国全体をさすが、狭義には埼玉県川越市以南、東京都府中市までの平野をさす。