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参考教材:『舞姫』 森鴎外

森鴎外について

1862年(文久2年)島根県津和野町に生まれる。本名は森林太郎。
森家は代々、津和野藩主に仕える医者であり、森家の長男であった鴎外は、幼いころから一家の期待を背負って学問に励み、16歳にして東京大学医学部に入学する。19歳で卒業後は陸軍軍医になり、3年後にはドイツに衛生学を学ぶため官費留学する。
帰国後、軍医として働くと同時に、訳詩集「於母影(おもかげ)」、雑誌「しがらみ草紙」を出して文学活動を始める。その後、ドイツ留学時代の体験を基に、小説「舞姫」、「うたかたの記」、「文づかい」を発表し、文壇での地位を固めた。
大正期に入っても優れた作品を次々と発表した。1922年(大正11年)、病没。
代表作は、「青年」「雁」「阿部一族」「山椒大夫」「高瀬船」など多数。

小説「舞姫」について

鴎外がドイツ留学から帰国した後、明治23年に発表した作品。自身の留学体験が反映されている。
この作品は、文芸評論家の石橋忍月(にんげつ)から、主人公の境遇と行動が一致していないなど批判を受けた。鴎外もこれに反論し、両者の激しい論争が繰り広げられた。この論争は、近代文学の最初の文学論争だと言われている。