にっぽん縦断 こころ旅
ずっと残したい、ふるさとの風景
正平さん、チャリオくん、スタッフのみなさんこんにちは。
私のこころの風景は「西伊豆町の祢宜ノ畑(ねぎのはた)」です。
あれは私が小学校高学年の頃の遠足の時のことです。
当時の遠足は乗り物など使わず、学校の運動場に集合し、現地でお弁当を食べて戻って来るというものでした。そのときも、朝早くに松崎町の小学校の運動場に集合して、西伊豆町に向かって歩き、海岸線から仁科川をさかのぼって『大沢里(おおそうり)』の山の中にむかいました。
しいたけのホダ木が置かれているような山の中でお弁当を食べ、また同じ道を下り小学校まで戻る途中の出来事です。
山から少し下ったところに「祢宜ノ畑」という集落があります。その集落は私の父の故郷なのです。山を下ってきた通り道にある郵便局あたりから川向かいにおばあちゃんが暮らす父の実家が見えました。友達とワイワイ話しながら『ここ、ねぎのはたのおばあちゃんちなんだよな』なんて心の中で思いつつふとそちらの方に目をやると、庭におばあちゃんが立ち、こちらを見ていました。白髪の髪をひっつめにした、ねずみ色の割烹着姿のまあるいシルエットのおばあちゃんがなんとなく気恥ずかしくて、私は気がつかないふりをして帰って来てしまいました。
『遠足のとき、おばあちゃんが待ってたって』と、父から聞かされたのは数日後のことです。父は祢宜ノ畑にたった一軒あった商店でその話をきいてきたといいます。おばあちゃんはその商店で、『孫が遠足で通るので、友達を連れてくるから』と、牛乳瓶を木箱いっぱい買って、家に用意してくれていたのだそうです。
その2ダースの牛乳を縁側に置いて、私が絶対に友達と立ち寄ると心待ちにしていてくれたおばあちゃん。小学生の列が途切れ、日も暮れたときに、とてもがっかりしたんだろうなって思ったら、「なんて悪いことをしたんだろう!」という気持ちでいっぱいになりました。
今でも時々そのときのことを思い出し、川を渡っておばあちゃんちに走っていけばよかった、とあの日のシーンを忘れたことはありません。
今ではそのおばあちゃんも亡くなり、おばあちゃんの家を継いだ父の兄夫婦も亡く、誰も住む人のいない家がそこにあります。
そこで正平さんにお願いです。
昔 郵便局があったあたりから、川向こうに立ち並ぶ家々を見てきていただけませんでしょうか?
あの日私が寄り道せずに遠目に眺めたあの風景を、私にかわって。
静岡県三島市 野田 千景 55歳
静岡県三島市
野田千景さん(55歳)からのお手紙