にっぽん縦断 こころ旅
「私のこころの旅」
正平さん、スタッフの皆さん、毎朝楽しいこころ旅を見せていただき、我がことのように、喜んだり涙を流したりしながら心豊かに日々送らせていただいております。
茨城県を走って下さること聞いて、勇気を出してお手紙を書かせていただきました。
私は奥久慈の大子町で生まれ、現在は水戸市に住んでおります。水戸駅発の水郡線や国道118号線はこれからの季節になると、四方の山山が美しく紅葉で彩られ目をみはる程です。
でも私の大切な「こころ旅」の場所は 水戸から118号線を北に那珂市瓜連にある古徳沼です。古徳沼には北国から沢山の白鳥が越冬のために飛来し春すぎまで過ごしておりました。今から40数年前位になります。東電の茨城支店送電所に勤めていた主人は、古徳沼のまわりにある鉄塔を大きく建てかえる工事がありました。その鉄塔には新しく今までより広く送電線が張りめぐらされました。早朝 朝もやの中、今までのように飛び立って移動する白鳥には 大きく変わった送電線のことなど知るはずがありません。白鳥の数羽は翼をひっかけ、生命をおとすことがつゞき、その土地に住む人たちからの忠告が東電に届き、送電線のまわりにカバーをして太くしたり、白鳥がわかる色づけしたりして やっと事故がなくなってきたと、大変な工事、だったことを主人からききました。主人は「そのうちに白鳥の餌をもって 様子を見に行こう」と約束しました。今まで現場の多かった主人は、車の運転をしてくれる人がいたので、免許を取る機会を逃しておりました。先に定年になった友人に運転が出来ない不自由さを教えられて 休みを利用して定年すれすれ54歳で免許をとりました。昭和3年生まれの主人は慎重だけが取り柄、車の運転をする時は、私がロード・マップを片手に助手席で人間カーナビをつとめ、安全運転を応援しました。10年余りたった頃主人は突然肺炎にかかり、二日の入院で67歳で天に召されてしまいました。古徳沼のドライブもあの時一回きり、25年が「あっ」と云う間にたち 足や腰の痛みで外出もおぼつかなくなった私は当年86歳。時々「あの飛び立っていった白鳥は、今でも古徳沼に帰ってきてくれているだろうか?」と思い出しております。正平さん、今度の「こころ旅」で118号線を走ることがありますか。もし走っていただけたら 少し横道に入りますが古徳沼まで足をのばして下さいませんか。きつい坂道は無かったと思います。主人とは実現出来なかった、日本中の知らない町への車の旅、毎朝夕の「こころ旅」を録画しながら、心深くきざみながら見せていただきます。
正平さん、スタッフの皆さん、ありがとうございます。これからの旅路がご健康で長く続きますようにお祈りしております。
乱筆・乱文で失礼いたしました。
十月八日
水戸市 相山濱子
茨城県水戸市
相山濱子さん(86歳)からのお手紙