NHK高校講座

世界史

Eテレ 毎週 金曜日 午後2:20〜2:40
※この番組は、昨年度の再放送です。

世界史

Eテレ 毎週 金曜日 午後2:20〜2:40
※この番組は、昨年度の再放送です。

今回の学習

第36回

朝鮮半島の20世紀 〜開国から南北分断へ〜

  • 講師:フェリス女学院大学教授 並木 真人
    ゲスト:ヒョンギ
    語り:神奈延年
    ナレーション:鹿野優以
学習ポイント学習ポイント

朝鮮半島の20世紀 〜開国から南北分断へ〜

  • 朝鮮半島の20世紀 〜開国から南北分断へ〜
  • 小日向えり
    小日向えり
  • ヒョンギ
    ヒョンギ

皆さん、こんにちは〜

今日のゲストは、今回が3度目の出演となる、韓国出身のヒョンギさんです。
タレント、俳優、お笑い芸人として、日本と韓国の両国で活躍しています。

  • 世界シェアでトップを争う韓国のスマートフォン
  • 19世紀末〜現在までの朝鮮半島が舞台

 世界シェアでトップを争う韓国のスマートフォン     19世紀末〜現在までの朝鮮半島が舞台   


ヒョンギさんは、スマートフォンをお土産に持ってきてくださいました。
韓国のメーカーは、スマートフォンの世界シェアでトップを争っています。
今日 勢いのある韓国の電化製品メーカーですが、この経済発展の裏には様々な苦難の歴史がありました。
そして日本も、その歴史に深く関わっているといいます。

今回は、19世紀の終わりから20世紀、そして現在までの朝鮮半島が舞台です。

  • 14世紀 建国の朝鮮王朝は19世紀に大韓帝国に
    14世紀 建国の朝鮮王朝は
    19世紀 大韓帝国に
  • 20世紀前半に日本の植民地支配
    20世紀前半は
    日本による植民地支配
  • 第二次世界大戦後 米ソの分割統治を経て北朝鮮と韓国に
    第二次世界大戦後 米ソの分割
    統治を経て北朝鮮と韓国に

14世紀に建国した朝鮮王朝は、19世紀末に国号を「大韓帝国」に改めました。
20世紀に入ると、日本の植民地支配を受けるようになります。
そして第二次世界大戦後、アメリカとソ連による分割統治を経て、朝鮮民主主義人民共和国=北朝鮮と、
大韓民国=韓国という2つの国家に分かれました。

このように朝鮮半島は、現在でも冷戦構造が色濃く残る地域です。

  • 経済が停滞し国民の困難が続く北朝鮮
  • 急速な経済成長を経て先進国になった韓国

    経済が停滞し国民の困難が続く北朝鮮       急速な経済成長を経て先進国になった韓国


社会主義国家として建国した北朝鮮では、近年 経済が停滞し、国民生活の困難が続いています。
一方 資本主義国家の韓国は、1970年代から1990年代にかけて急速な経済成長を成し遂げ、先進国の
仲間入りをしました。

朝鮮半島の現在と、未来への展望を、日本も大きな影響を与えた近現代の歴史を通して見ていきます。

20世紀の日本は、第二次世界大戦前と後で、大きく変わります。
前半は、帝国主義の道を進み、アジアに勢力を拡大していきました。
その日本の歴史が、朝鮮半島にも大きな影響を与えました。

  • 東アジア伝統秩序の中にあった朝鮮王朝
    東アジア伝統秩序の
    中にあった朝鮮王朝
  • 欧米列強には国を閉ざしていた
    欧米列強に対しては
    国を閉ざしていた
  • アヘン戦争で清の力が弱まり、秩序は動揺
    アヘン戦争で清の力が弱まり
    東アジアの秩序は動揺

朝鮮王朝は、中国の王朝に朝貢して冊封(さくほう)を受けるという、東アジアの伝統秩序の中にありました。
一方、欧米列強に対しては海禁政策を採り、国を閉ざしていました。

しかし、アヘン戦争によって中国(清)の力が弱まり、東アジアの秩序が動揺します。

  • 1876年の日朝修好条規をはじめ不平等条約を結び開国
    1876年の日朝修好条規を
    はじめ不平等条約を結び開国
  • 日清・日露戦争に勝った日本が影響力を強める
    日清・日露戦争に勝った日本は
    朝鮮への影響力を強める
  • 日本に対する抵抗運動が起こる
    日本に対する
    抵抗運動が起こる

朝鮮は1876年、日本と「日朝修好条規(にっちょうしゅうこうじょうき)」を結びます。
これを皮切りに、欧米列強とも同じような内容の不平等条約を結んで開国しました。

その後、日清・日露の両戦争に勝利した日本が、朝鮮への影響力を強めていきます。

これに対し、義兵闘争と呼ばれる抵抗運動が起こります。

しかし1910年、日本は韓国併合条約によって、朝鮮半島を植民地としました。

  • 1910年 韓国併合条約締結 朝鮮半島は日本の植民地に
    1910年 韓国併合条約締結
    朝鮮半島は日本の植民地に
  • 統治機関として設置された朝鮮総督府
    統治機関として設置された
    朝鮮総督府
  • インフラ整備の一方で様々な制限と米の増産などの政策
    インフラ整備の一方で
    様々な制限を課す政策をとる

日本は、統治機関として朝鮮総督府を設置し、インフラの整備を進めます。
その一方で、言論や出版の自由を制限したり、日本のために米を増産させるといった政策をとりました。

  • 1918年 アメリカ大統領のウィルソンが唱えた民族自決
    1918年 アメリカ大統領の
    ウィルソンは民族自決を唱えた
  • デモやストライキなど独立運動が高まる
    デモやストライキなど
    独立運動が高まる
  • 軍や警察が運動を弾圧した後 一定の自由を認めた
    軍や警察が運動を弾圧した後
    一定の自由を認めた

1918年、アメリカ大統領のウィルソンは、「各民族が自らの運命を決めるべきだ」とする
民族自決の原則を発表します。
すると、朝鮮でも独立への動きが高まるようになります。

1919年3月1日以降、朝鮮全土でデモやストライキが行われました。「三・一独立運動」です。
朝鮮総督府は、この運動を軍隊と警察の力で弾圧しました。
しかし、その後は言論・文化・経済活動などに一定の自由を認め、支配の安定を図りました。

  • 朝鮮の人々を戦争に動員するため皇民化政策が採られた
    朝鮮の人々を戦争に動員する
    ため皇民化政策が採られた
  • 神社への参拝が求められた
    朝鮮の人々にも神社への
    参拝が求められた
  • 家族制度を日本と同様に改めた
    家族制度を日本と同様に
    改め、姓名を変えさせた

ところが1937年以降、日本が日中戦争から第二次世界大戦へと進むなかで、統治方針にも変化が
現れます。

朝鮮は日本の大陸政策における重要な拠点とされ、朝鮮の人々を戦争に動員するため、皇民化政策が
とられました。

これにより朝鮮の人々は、各地に建てられていた神社への参拝が求められるようになります。
また、家族制度を改めて日本と同じにし、姓名を変えさせる創氏改名が行われました。

  • 学校での日本語教育の徹底
  • 学校で朝鮮語が禁止された

       学校での日本語教育の徹底               学校で朝鮮語が禁止された


さらに、学校での日本語教育も徹底されるようになりました。

当時 小学校五年生だった 第15代 韓国大統領 金大中 (キムデジュン)は、朝鮮語の科目が正規の
授業から消えてしまうという経験をしました。
同時に、学校内での朝鮮語の使用が禁止されてしまいます。

ある日、学校にいる彼を、用事があった父親が訪ねてきました。
父親は日本語を話すことができず、かといって二人とも朝鮮語を使う訳にはいきませんでした。

金大中は、
「父は困った表情で何かを喋ろうとしたが、口を開けず、そのままきびすを返して、とぼとぼと帰っていった」
と、自伝で振り返っています。

  • 第二次世界大戦末期には朝鮮にも徴兵制
    第二次世界大戦末期には
    朝鮮にも徴兵制
  • 慰安婦を募集する広告 戦場に送られた女性もいた
    慰安婦を募集する広告
    戦場に送られた女性もいた
  • 日本の敗戦で植民地支配が終わる
    日本の敗戦で
    植民地支配が終わる

第二次世界大戦の末期には、朝鮮にも徴兵制が敷かれます。
また国民徴用令によって、日本の炭鉱や工場などに動員される人もいました。
慰安婦として戦場に送られた女性もおり、現在、人権上の問題として内外から指摘されています。

1945年8月、日本の降伏・敗戦によって、第二次世界大戦が終わりました。
そして、35年に及んだ植民地支配も終わりを告げました。
しかし、朝鮮半島の人々には、さらなる苦難が待っていました。

  • 日本にネガティブな感情を持つ人もいるが共に協力したいと願う人も多い

   日本にネガティブな感情を持つ人もいるが
     共に協力したいと願う人も多い

ヒョンギさんは、日本による植民地時代の名残について語ってくださいました。

韓国では、1910年から1945年までの期間のことを「日帝強占期」と呼んでいます。

ヒョンギさんの母親は、この期間に当たる1932年の生まれです。
そのため日常生活で
「バケツ、オディッソ? (バケツ、どこにあるの?)」
のように、日本語と韓国語が混じった言葉を使うことがいまだにあるといいます。

ヒョンギさんは、
「韓国の人は皆 日帝強占期を知っているため、日本に対してネガティブな感情を持つ人がいるのは事実。
しかしその反面、『世界の中で日本と韓国がアジアを背負っていこう』という考えを持つ人も多くいる」
と話します。

  • 第二次大戦後後 北緯38度線でソ連とアメリカが分割統治
    第二次大戦後 北緯38度線で
    ソ連とアメリカが分割統治
  • 1948年に北朝鮮と韓国が成立
    1948年 北朝鮮と韓国が成立
  • 1950年に朝鮮戦争勃発
    1950年 朝鮮戦争勃発

第二次世界大戦後、朝鮮半島は北緯38度線を境として北側をソ連、南側をアメリカが分割占領することに
なりました。
そして冷戦の影響を受ける中の1948年、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国が、それぞれ成立
しました。

1950年には、北朝鮮が韓国領内に進攻してきたことを発端として、朝鮮戦争が勃発します。
一進一退の戦闘が続いた後、1953年に休戦協定が結ばれました。

  • 南の韓国は資本主義国として再スタート
    南の韓国は資本主義国として
    再スタートを切った
  • 1961年のクーデターにより軍事政権に
    1961年のクーデターにより
    軍事政権に
  • 16年間大統領だった朴正煕は経済成長を最優先した
    16年間大統領だった朴正煕は
    経済成長を最優先

こうして南北の分断が固定化され、南の韓国は、資本主義陣営の国として再スタートを切りました。

しかし1961年にクーデターが起こり、その後、軍人によって統治される軍事政権が続くことになります。
1963年から16年間大統領を務めた朴正煕(パクチョンヒ)は、経済成長を最優先する政策を採りました。

当時の韓国は、朝鮮戦争の影響もあり、世界でもっとも貧しい国の一つに数えられていました。

  • 1965年に日本と国交回復 日本から8億ドルの経済協力金
    1965年に日本と国交回復
    日本から8億ドルの経済協力金
  • 日米の多額の援助で急激な経済成長
    日米の多額の援助で
    急激な経済成長
  • ソウルを流れる川の名前にちなみハンガンの奇跡と呼ばれた
    ソウルを流れる川の名前を取り
    ハンガンの奇跡と呼ばれた

1965年には、日韓基本条約を結び、日本と国交を回復しました。
この時、日本から韓国へ、総額およそ8億ドルの経済協力金が決められました。

1970年代以降、日本とアメリカによる多額の経済援助と技術援助を基に、成長率平均10%という
急激な経済成長を成し遂げます。
この発展は、首都・ソウルを流れる川の名前にちなみ、「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれています。

  • 軍事政権下で民主化を訴えた金大中
    軍事政権下で
    民主化を訴えた金大中
  • 拉致監禁や死刑判決など度重なる迫害を受けた
    拉致監禁や死刑判決など
    度重なる迫害を受けた
  • 1998年 金大中が第15代大統領に就任
    1998年 金大中が
    第15代大統領に就任

しかし経済発展の一方で、独裁的な軍事政権によって、国民は様々な制限を受けていました。
その政治体制に反対し、民主化を訴え続けたのが、金大中(キムデジュン)です。

金大中は、「この時期の国民の基本的人権はいっそう侵害され、言論をはじめ多くの自由が放棄されていた」と
振り返っています。
そして国民に活力を与え、希望を抱かせるために行動を決意したといいます。

彼自身も、度重なる迫害を受けました。
1973年、東京のホテルに滞在中、韓国の諜報機関によって拉致監禁されるという事件が起きました。
また、1980年には、軍事法廷で死刑判決を受けます。

これについて金大中は、
「私はこれらを通じて、憎悪よりは忍耐と寛容の知恵を会得したと自信を持って言えます。
憎悪への誘惑があったことも否定はしません。
しかしついに、私はそれらと戦って勝ち抜きました」
と語っています。

1998年、金大中は、第15代大統領に就任しました。
建国後初めて、選挙による民主的な政権交代が実現し、経済もさらに発展していきました。


ヒョンギさんは、朝鮮戦争後の韓国の様子を語ってくださいました。

韓国がシェアを争うスマートフォンは、ハンガンの奇跡で経済成長を遂げた結果でした。
その基を作った人物が、朴正煕 元大統領であり、高い評価を得ました。
しかしその反面、独裁的な政治体制への非難も、当然ありました。
当時の韓国には、夜12時以降の民間人の外出禁止や、男性の長髪禁止などの規制があったといいます。

現在の韓国は民主主義国家ですが、様々な苦難に遭いながら、民主化の努力をしたのが金大中
元大統領でした。
さらに金大中は、南北統一に力を注ぎ、韓国人として初めてノーベル平和賞を受賞しました。

  • 朝鮮戦争後 北朝鮮では金日成に権力集中
    朝鮮戦争後、北朝鮮では
    金日成に権力集中
  • 社会主義経済を建設し当初は韓国を上回る成長
    社会主義経済を建設し
    当初は韓国を上回る成長
  • 1970年代から成長停滞 現在も国民生活が困難に
    1970年代から成長停滞
    現在も国民生活が困難に

一方の北朝鮮を見ていきましょう。

朝鮮戦争の後、金日成(キムイルソン)に権力が集中し、社会主義経済建設が進められました。

当初、経済成長は順調で、韓国を上回っていました。
しかし、1970年代から成長が停滞し、現在も国民生活の困難が続いています。

  • 金日成の死後 息子の金正日による世襲
  • 更にその金正恩が指導者になり一族の独裁が続く

  金日成の死後、息子の金正日による世襲   更にその息子の金正恩が指導者になり一族の独裁が続く


政治の面では、金日成の死後、息子の金正日(キムジョンイル)がその地位を受け継ぎます。
さらにその息子・金正恩(キムジョンウン)が指導者になるなど、一族による独裁が続いています。

  • 1991年に両国同時に国際連合加盟
  • 金大中による太陽政策で両国の関係改善

     1991年に両国同時に国際連合加盟        金大中による太陽政策で両国の関係改善


分断後、互いに一つの統一国家を主張し、対立が続いていた北朝鮮と韓国ですが、1972年以降に
変化が訪れます。
断続的に対話が行われるようになり、1991年には、両国が同時に国際連合に加盟しました。

そして1998年に大統領に就任した金大中は、友好的な態度で接する「太陽政策」で、北朝鮮との
関係改善を推進しました。

金大中は南北関係について、
「和解と協力、そして平和定着を土台として発展させねばなりません。」
と話しています。

  • 2000年 朝鮮戦争後初の南北首脳会談が実現
  • 平和的統一を目指すことが合意されたが未解決の問題も多い

2000年 朝鮮戦争後初の南北首脳会談が実現。平和的統一を目指すことが合意されたが未解決の問題も多い


2000年には金大中が北朝鮮を訪れ、朝鮮戦争後 初の南北首脳会談が実現します。
そして将来に向けて、平和的な統一を目指すことが合意されました。
しかし、未解決の問題も多く残されています。


基本的に韓国の国民は、南北統一の願望が強いとヒョンギさんはいいます。
しかし統一した後に予想される、経済をはじめとした問題について、様々な意見が出ています。
それだけ現実味を帯びて、統一について考えられていると言えます。

  • 並木 真人 先生(フェリス女学院大学教授)
    並木 真人 先生
    (フェリス女学院大学教授)
  • 意見の違いを認めつつ説得力ある論理の組み立てが必要
    意見の違いを認めつつ説得力
    ある論理の組み立てが必要
  • 次回もお楽しみに〜
    次回もお楽しみに〜

今日は、朝鮮半島の近代・現代の歴史を見てきました。

並木先生は、
「日本の植民地支配を中心として、この時期をめぐる歴史の捉え方については、簡単には解決できない
食い違いが、日本と韓国との間にあることは事実。」
と話します。

朝鮮半島においても、「韓国の人々と北朝鮮の人々が、歴史認識を共有することは易しいことではない。」といいます。
それどころか韓国の中においても、近現代の歴史の捉え方について、厳しい意見の対立があるのだそうです。

これらの問題については、日本の国内でも様々な見解や評価が示されており、新聞やニュース等で見聞きした人も
多いのではないでしょうか。

しかし基本的な史実の正確な把握に基づいて、議論を積み重ねることにより、困難を乗り越えることが大切です。

歴史認識を共有するということは、相手の見解を完全に否定したり、相手の見解に完全に従属したり
することではありません。
互いの意見の違いを認めながら、説得力のある論理を組み立てていくことが求められます。


しかも、こうした立場が要求されるのは、朝鮮の歴史に限られたことではありません。

「国民国家の世紀」や「戦争の世紀」と言われた20世紀において、世界の各地で帝国主義の支配と、
それに対する抵抗がありました。
植民地支配を行った国と支配された国の間では、近現代の歴史の捉え方をめぐり、今なお考え方が鋭く
対立することが少なくありません。

しかし並木先生は、
世界史を学習することの面白さは、異なる議論に耳を傾け、自分なりの歴史に対する見方を作り上げる
ことにある

と強調します。

かつて朝鮮半島は、長い間一つにまとまっていました。
そのため えりさんは、「国が分かれていることが不自然なことなのかもしれない。」と感じたそうです。

ヒョンギさんは南北統一について、
「韓国・北朝鮮だけでなく、日本・アメリカ・中国など、周辺の国々も統一を望んでいます。
そのため、いずれは統一を果すのではないか。」
と話します。


さて、次回はどのようなゲストが世界の歴史を紹介してくれるのでしょうか。
お楽しみに〜!!

科目トップへ

制作・著作/NHK (Japan Broadcasting Corp.) このページに掲載の文章・写真および
動画の無断転載を禁じます。このページは受信料で制作しています。
NHKにおける個人情報保護について | NHK著作権保護 | NHKオンライン利用上のご注意