NHK高校講座

世界史

Eテレ 毎週 金曜日 午後2:20〜2:40
※この番組は、昨年度の再放送です。

世界史

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今回の学習

第22回

ルネサンスと宗教改革

  • 世界史監修:國學院大学教授 大久保 桂子
学習ポイント学習ポイント

1.ローマ教会の変容 2.ルネサンス人文主義 3.カルヴァン主義と教会の分裂

  • 個人を尊重 ルネサンスを経て定着した

「マジカル・ヒストリー倶楽部」にようこそ!
今回のミッションは、「ルネサンスと宗教改革」です。

永松さん 「現在の私たちは、個人の意見を述べたり、伝えたりすることが当たり前になっていますよね。しかし、このような個人を尊重するという考え方は、昔からあったわけではありませんでした。今回学ぶ、ルネサンスと宗教改革という大きな変化を経て、定着したものなんです。」

眞鍋さん 「ルネサンスという言葉はよく聞くけど、確かにどういうものか、よく知らないな。」

  • 訪れる場所と時代
  • ヨーロッパの大きな変化

今回のビューポイントは、

1.ローマ教会の変容
2.ルネサンス人文主義
3.カルヴァン主義と教会の分裂

の3点です。

訪れる場所は、ヨーロッパ。時代は、14世紀から16世紀です。

イタリア、ローマの街中にある聖(サン)ピエトロ大聖堂は、カトリック教会の総本山です。16世紀に起こったキリスト教の分裂は、この大聖堂の建設が大きく関わっていました。
ベルギーのアントワープにあった印刷工房は、ルネサンスの文化をヨーロッパに広めていきました。その背景は、どのようなものだったのでしょうか。

ヨーロッパの文化と宗教が大きく変わった歴史がわかる旅へ、出かけましょう!

  • ローマ教皇の権威に陰りが見えてきた

眞鍋さん 「以前も学んだけど、中世のヨーロッパでは、キリスト教が人々の考え方を強く支配していたんだったよね。それが、少しずつ変わってくるんだ。」

永松さん 「11世紀に始まった十字軍は大遠征を繰り返したにも関わらず、13世紀に最終的に挫折し、聖地エルサレム回復の目的を果たせませんでした。その結果、十字軍を呼びかけたローマ教皇の権威に陰りが見えてきたんです。」

眞鍋さん 「あれだけ大規模に遠征して失敗したのでは、メンツはつぶれてしまうよね。」

永松さん 「ここでクイズです。世界で最も小さい面積の国はどこでしょう?」

眞鍋さん 「バチカン市国!」

永松さん 「さすがリーダー、正解です!イタリア、ローマにあるバチカン市国です。」

眞鍋さん 「ローマに行ったときに、入り口のところまでは行ったことがあるんだけど、本当にローマのど真ん中にあるんだよね。」

永松さん 「そのバチカンには、ローマ教会では世界最大級の聖ピエトロ大聖堂があります。十字軍遠征の前後で、ローマ教会は大きく変容しました。聖ピエトロ大聖堂は、その変容を象徴する建物でもあります。では、バチカンを訪れ、その様子を見ていきましょう。」

1.ローマ教会の変容
  • イタリア・ローマ

マジカル・ヒストリー・ツアー。最初に訪れるのは、イタリア・ローマです。
古代ローマ帝国の都として栄え、その後、西ヨーロッパのキリスト教の中心でした。

  • バチカン市国
  • 聖ピエトロ大聖堂

そのローマにあるバチカン市国は、1キロメートル四方に満たない、世界で最も小さい面積の独立国です。
バチカンの中心にあるのが、世界最大級のキリスト教会建築、聖ピエトロ大聖堂です。11億人以上の信者を抱える、カトリック教会の総本山です。16世紀初め、ローマ教皇によって大改築が行われ、現在の姿にいたります。

ローマ教皇は、いったいどのようにして、巨額の建築費を集めたのでしょうか。
時間を遡って、マジカル・ジャンプ!

  • 西ヨーロッパでペストが流行
  • ヨーロッパにおけるペストの伝播

中世の時代、西ヨーロッパではローマ教会の権威は絶大でした。ローマ教皇は、信仰を通して、生活や文化のあらゆる面を支配していました。
しかし、13世紀、十字軍の遠征に失敗したローマ教会は権威を失墜させてしまいます。
また、このころ 教会の聖職者の中には、収入を維持するために聖職を売買する者も現れました。聖職者は、世俗の領主と変わらない支配者となっていきました。

一方、14世紀中ごろから、西ヨーロッパでは たびたびペストが流行しました。
特に、1347年に始まった流行は、ヨーロッパ全土に波及しました。全人口の3分の1から4分の1を奪ったと言われています。
ローマ教皇の中には、ペストにまみれていた町を見捨て、逃げ出してしまう者もいました。教会は、ペストの恐怖の中にいた人々の救いにはなりませんでした。

  • レオ10世
  • 免罪符

さらに、レオ10世(在位1513〜1521年)の時代、ローマ教皇庁は財政危機に陥りました。聖ピエトロ大聖堂の建築のために、莫大な費用が必要だったためです。
そこで教皇は、費用を捻出するために、免罪符を発行することを許可します。
免罪符とは、カトリック教会が発行した、罪の許しを表す証明書です。これを購入することで罪が許されると、人々に説きました。

ペストが蔓延(まんえん)し、常に死への不安を抱える人々は、免罪符を買い求めます。
免罪符を多く売った神父は、模範としてローマ教皇から褒め称えられました。
信仰心が、免罪符の売上によってはかられていました。

  • 建設中の大聖堂

そうして得た莫大な資金に支えられて、聖ピエトロ大聖堂の建造は進められました。
大聖堂は、その後さまざまな装飾や改修を重ね、1626年に完成しました。


眞鍋さん 「免罪符を買ったからといって、罪から逃れられるわけないって思っちゃうけど……それだけ、当時の人の信仰心は強くて、ペストの恐怖が凄まじかったということだね。」

永松さん 「このころ、ペストの大流行などで常に死と隣り合わせにいた人々は、『いかに生きるか』ということを強く意識するようになりました。そこにローマ教会の変容が加わり、ヨーロッパでは、人々の物の見方や考え方にとても大きな変化が起こりました。」

眞鍋さん 「どういう風に変わったんだろう?」

永松さん 「それが、ルネサンスです。」

2.ルネサンス人文主義
  • ベルギー・アントワープ
  • 印刷博物館

マジカル・ヒストリー・ツアー。続いてはベルギー第二の都市、アントワープを訪ねます。16世紀、ここはヨーロッパ最大級の商業都市でした。
この町に、世界遺産「プランタン・モレトゥスの印刷博物館」があります。
当時、先端の印刷技術があったアントワープは、ルネサンスの発展において重要な町でした。

その理由を紐解いてみましょう。時間を遡って、マジカル・ジャンプ!

  • 再生=ルネサンス

中世では、神を絶対視し人間を罪深いものとする、ローマ教会の思想が支配していました。しかし、十字軍の失敗やベストの流行などで、ローマ教会の影響力が低下します。
そして14世紀から16世紀にかけて、人間性を抑圧してきた中世のローマ教会の束縛から、人間本来の精神を解放し、人間のあり方を考えようとする動きが広まりました。


このとき注目されたのが、キリスト教以前のギリシアやローマの文化でした。
人間中心の生き方を見出した人々は、古典古代の学問・文化を今に再生させようとしました。それが、「ルネサンス」です。

  • ラファエロ「大公の聖母」
  • ヒューマニズム=人文主義

左の写真は、どちらも聖母マリアとイエス・キリストが描かれています。
右の作品は、ルネサンス期にラファエロによって描かれた聖母子像「大公の聖母」です。平面的に描かれた13世紀の作品に比べると、写実的で人間味あふれる表情豊かな聖母マリアとイエス・キリストが描かれています。

美術だけでなく、科学や建築、さらには文学などの分野にもルネサンスの考え方は広がっていきます。
イタリアの詩人 ダンテの長編叙事詩「神曲」や、ボッカチオの小説「デカメロン」など、人間を中心に描く “ヒューマニズム=人文主義” を題材にした作品が多く生まれました。

  • 活版印刷を実用化
  • 印刷所内部

それらの文学作品は、ドイツのグーテンベルクによって15世紀中ごろに実用化された活版印刷によって、ヨーロッパ中に広まっていきます。
それまで手書きだった書籍は、印刷によって短時間で大量に生産することができ、多くの人々の間に書物を広めることが可能になりました。

16世紀前半、アントワープは国際貿易により、ヨーロッパ最大の商業都市になりました。
アントワープにある「プランタン・モレトゥスの印刷博物館」は、16世紀にクリストフ・プランタンが設立した印刷工房です。ここでは、ルネサンス期の文学作品や聖書の印刷が行われていました。
印刷産業は、知識や思想を伝える新しいメディアとして、大きく発展していきました。

ヨーロッパ出版文化に大きな影響を与えたこの印刷工房には、一流の芸術家や政治家などが集い、文化について討論に花を咲かせるサロンの役目を果たしました。
イタリアで始まったルネサンスは、印刷を通じて、アントワープを始めヨーロッパ全域に広まっていきました。

  • スタジオ写真

眞鍋さん 「ルネサンスって、絵画とか芸術の世界の言葉だと思っていたけど、文学なども含めた考え方や思想を総称する言葉だったんだね。それまで手書きで書籍を写していたことを考えると、印刷技術が出てきたことで、たくさん刷れるわけだよね。そのおかげで、ルネサンスの思想は、かなりスピーディーに広まったんだろうね。」

永松さん 「そうなんです。そして、このルネサンスの時代、もう一つ大きな変化がありました。聖ピエトロ大聖堂の建設のために免罪符を販売したことが原因で、キリスト教の改革が起こり、キリスト教会が分裂したのです。」

3.カルヴァン主義と教会の分裂
  • スイス、ジュネーヴ
  • WHO本部

マジカル・ヒストリー・ツアー、最後は、スイス・ジュネーヴを訪れます。
国連欧州本部や世界保健機構WHOなど、多数の国際機関の本部が置かれている国際都市です。

一方、ジュネーヴはプロテスタントの総本山という一面もあります。
そこには、いったいどのような背景があるのでしょうか。時間を遡って、マジカル・ジャンプ!

  • マルティン・ルター
  • 95か条の論題

16世紀、聖書を自分で読み直し、ローマ教会を批判する人たちが現れました。
聖ピエトロ大聖堂建築のために、免罪符を販売させたのに対して、ドイツの神学者 マルティン・ルターが異議を唱えます。1517年、ルターは「95か条の論題」を発表し、免罪符のあり方を教会に問いただしました。

ルターの考えは、ローマ教皇に批判的だった周辺の諸侯の支持を得ていきます。
ローマ教会から分離した「抗議する者=プロテスタント」が生まれました。
ルター派は、ドイツやスウェーデンなどの北欧の諸国に広まっていきました。

  • カルヴァン
  • プロテスタントの広がり

1536年、フランス人の宗教改革者 カルヴァンが、プロテスタントの教義を体系化した「キリスト教綱要」を出版しました。これは、プロテスタントの思想の基本書となりました。
しかしカルヴァンは、カトリックの人々から迫害を受け、スイスに亡命します。同じころ、スイスのジュネーヴでは、カトリックの司教を追放し教会の改革を進めていました。プロテスタントの教義を確立したカルヴァンは、ジュネーヴで改革の指導者となっていきます。

1559年、ジュネーヴ大学が、カルヴァンによって設立されました。プロテスタント神学の研究と宣教師の養成が行われ、ジュネーヴはプロテスタントの総本山となります。カルヴァンが改革を実践した都市ジュネーヴは、宗教改革の先進地域となりました。
やがてカルヴァンの改革は、フランスやオランダ、イギリスなどにも広がっていきました。


眞鍋さん 「今も欧米の人たちは、同じキリスト教徒でもカトリックやプロテスタントというふうに分かれていたりするよね。それは、この時代に分裂したものなんだ。」

Deep in 世界史
  • 大久保先生
  • ヨーロッパ全体が危機的状況だった

マジカル・ヒストリー倶楽部の歴史アドバイザー、大久保 桂子先生(國學院大学 教授)に歴史の深い話をうかがいます。
今回は、なぜルネサンスと宗教改革が、同じ時代に起こったのかについて考えます。

大久保先生 「まず前提として、中世の終わりごろ、ヨーロッパ全体が危機的な状況にあったことを理解する必要があります。ペストの大流行により多くの人が亡くなる中で、教会の権威が失墜するなど、これまでの社会の仕組みがうまくいかなくなってきました。そういった社会全体の危機があった、というわけです。」

  • 昔のことに、新しい考え方を見出そうとした
  • 宗教改革

このような状況にあって、どうすれば先が見えるか、どうすればいいのだろうかと人々が考える時代が来ました。それが、大きな意味での「ルネサンス」なのだといいます。

大久保先生 「ルネサンスというのは『再生』という意味でしたね。つまり、復活させる、昔あったものをもう一度蘇らせようということです。危機を打開したり克服したりするために、昔あったことを見習ったり、復活させたりすることで新しい考え方を見つけようとした。それが、ルネサンスなのです。」


では、「宗教改革」とは、何だったのでしょうか。

大久保先生 「長い間、キリスト教という一つの考え方が支配してきましたが、それでは危機を打開できなくなってきました。そこで、そもそも最初にキリストはどのようなことを言っていたのか、原点に戻って考えようとしました。そうすることで、自分にとってのキリスト教の信仰をもう一度確かめようとしたのです。それが、宗教改革です。」

  • ルネサンスも宗教改革も原点に返った
  • 次回もお楽しみに

大久保先生 「危機を乗り越えていくために、古代ローマやギリシアといった昔の人々に学びながら、自分ならばどう乗り越えられるか考えるべき時代がきた。文学などのルネサンスの運動というのも、それをいろいろな人がいろいろな形で表現した、ということだと思います。」

ルネサンスも宗教改革も、危機を乗り越える力を自分につけるために、原点に返ったのだと先生はいいます。


永松さん 「何かにぶつかった時は、昔にあった良いことも悪いことも学んで、乗り越えていきたいですね。」

眞鍋さん 「そうだね、良いことばかりじゃなくてね。学ぶところはたくさんあるはず!」


次回もお楽しみに!

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