NHK高校講座

世界史

Eテレ 毎週 金曜日 午後2:20〜2:40
※この番組は、昨年度の再放送です。

世界史

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今回の学習

第4回

古代インド 〜仏教とアショーカ王〜

  • 世界史監修:東京大学教授 水島 司
学習ポイント学習ポイント

1.世界宗教の生成 2.仏教の隆盛と伝播 3.仏教のインドでの消滅

  • 今回のミッション

「マジカル・ヒストリー倶楽部」にようこそ!
今回のミッションは「古代インド」です。

永松さん 「インドは仏教が生まれた国です。」

眞鍋さん 「日本にも仏教のお寺がたくさんあるし、古代インドとのつながりってあるのかな?」

永松さん 「お盆やお彼岸なども仏教行事ですよね。そして、『縁起が良い』 の “縁起” や、“極楽” 、“律儀” といった言葉も仏教用語なんです。」

日本でも身近な仏教はインドで生まれ、現在、世界三大宗教の一つになっています。では、仏教はどのようにして生まれたのでしょうか。

  • 今回は紀元前2500年ごろ〜紀元後1300年ごろの南アジア
  • 仏教の歴史

今回のビュー・ポイントは、

1.世界宗教の生成
2.仏教の隆盛と伝播
3.仏教のインドでの消滅

の3点です。

訪れる場所は、現在のインドを含む南アジアから東南アジアの地域。時代は紀元前2500年ごろから紀元後1300年ごろまでです。

まずは、仏教の聖地・インド東部のブダガヤで、仏教誕生の背景を探ります。
そして、アジア最大の仏教国であるタイでは、仏教が世界に広がっていった様子をたどります。

仏教の歴史を知るマジカル・ヒストリー・ツアーへ、出かけましょう!

1.世界宗教の生成
  • ブダガヤのマハーボディー寺院

今回のマジカル・ヒストリー・ツアーは、仏教の聖地ブダガヤからです。ここにある世界遺産「マハーボディー寺院」は、高さ約50メートルです。
紀元前3世紀に最初の寺院が建てられました。

ブダガヤは、仏教の創始者 ガウタマ・シッダールタが悟りを開いた場所で、世界中から仏教徒が参拝に訪れています。

仏教はどのようにして始まったのでしょうか。それを知るために、時空を超えてインドの歴史をひも解いていきましょう。マジカル・ジャンプ!

  • モヘンジョダロ
  • アーリヤ人の進出

紀元前2500年ごろ、インダス川の流域から都市文明が始まりました。これが現在のインドの源流となるインダス文明です。
インダス文明は紀元前1800年ごろに衰えました。その理由は諸説ありますが、現在も謎のままです。

紀元前1500年ごろ、アーリヤ人と呼ばれる人々がインドの北西部に入ってきて、新たな文明を作ります。
アーリヤ人は、さらに東のガンジス川流域に移動し、紀元前6世紀ごろにはいくつもの都市国家を生みだしました。

  • リグ・ヴェーダ
  • 身分制度ピラミッド

アーリヤ人が信仰したのがバラモン教です。バラモン教では厳しい「身分制度」が考え出されました。

バラモンと呼ばれる司祭を特権的な地位におき、農民や先住民などは低い身分とされました。最下層の「不可触民(ふかしょくみん)」にいたっては身分を持たず、触れるとけがれを生むとされ、ひどく差別されるようになりました。

  • 仏教の創始者ガウタマ・シッダールタ
  • ブダガヤの菩提樹

紀元前6世紀ごろ、仏教はそうした身分差別に反対する思想の一つとして生まれました。その創始者がガウタマ・シッダールタ、後のブッダです。

シッダールタは、シャカ族の王子として生まれ、結婚して何不自由なく暮らしていました。しかし、人生とは何か、死とは何かに悩み、29歳で生活を捨てて出家しました。

そして、ブダガヤの菩提樹の下で瞑(めい)想に入り、35歳の時にこの世の真理を得ます。
それ以後、シッダールタは「悟ったもの」という意味の “ブッダ” と呼ばれるようになりました。

ブッダは、「人間の価値は、生まれや身分ではなく、清らかな行いによって決まる」という新しい教えを説いて回ります。それは、身分制度に苦しむ人々や女性に支持されました。

ブッダは80歳で生涯を終え、集まった信者たちによってその教えがまとめられます。これが仏教として確立しました。


眞鍋さん 「ブッダが悟りを開いたのは、何千年も前のことでしょ?それが、世界中に広まっているのは、なぜなんだろう。」

永松さん 「そこで重要な役割をした人物が、アショーカ王です。」

2.仏教の隆盛と伝播
  • スコータイ歴史公園

続いては、東南アジア最大の仏教国 タイの世界遺産「スコータイ歴史公園」へ。
ここは、仏教を信仰し手厚く保護したスコータイ王朝によって、13世紀に作られました。スコータイでは、1万を超える微笑みの仏像を見ることができます。

仏教がインドを遠く離れ、タイにまで伝わったきっかけを作った人物が、インドのアショーカ王です。

  • チャンダ=アショーカ
  • インド史上初の統一帝国が成立

仏教誕生から約300年後の紀元前3世紀、アショーカ王はマウリヤ朝の王族に生まれ、三代目の王になりました。

王位に就いたアショーカは、兄弟を皆殺しにしました。邪魔者はすべて殺したため、「チャンダ=アショーカ(暴虐アショーカ)」と呼ばれ、恐れられます。
さらにアショーカ王は、殺戮を重ねて近隣諸国を征服し、南インドの一部をのぞくインド史上初の統一帝国を築き上げました。

しかし、アショーカ王は多くの犠牲者を出したことを振り返り、心から後悔し始めます。仏教の僧侶の説法を聞き、心打たれたアショーカ王は、熱心な仏教徒になりました。

  • ダルマ
  • アショーカ王の石柱

それ以降、アショーカ王は武力ではなく “ダルマ” による政治を行いました。
ダルマとは、仏の教えを取り入れた法です。「生き物をむやみに殺してはならない。」「父や母に従い、周りの人に礼儀正しく振舞う」といった教えです。

アショーカ王は、ダルマの教えをライオンの彫刻をほどこした柱に刻み、インドの各地に立てました。
さらに、人々が仏教の聖地を参拝しやすいように道路を作り、国土を整備しました。

  • アジア各地に広まる仏教

アショーカ王の死後、仏教はアジア各地に広がります。

インド南東の島スリランカは、現在でも10人のうち7人が仏教徒という、仏教の盛んな土地です。仏教は中国、韓国を渡り、アショーカ王の死後から約900年を経た6世紀には、日本にも伝わります。そして13世紀ごろ、東南アジアのスコータイ王朝にまで伝わりました。

現在、仏教徒は世界に約4億人いると言われています。

  • ライオンの石柱とインドの国章
  • インド国旗

眞鍋さん 「仏教を広めるための手段として使っていた石柱は、今も当時の物が見られるの? 」

永松さん 「そうなんです。今でもインドのあちこちで見られます。左写真の左側が石柱の上部で、右側がインドの国章です。(二つは)同じですよね。」

眞鍋さん 「このまま使われているんだ。」

永松さん 「そして、インドの国旗(右写真)には、石柱のライオンの下にあるマークが国旗にもあしらわれているんです。」

眞鍋さん 「アショーカ王は、現在のインドにも大きな影響を残していますね。でも現在のインドは、どちらかというとヒンドゥー教のイメージが強いじゃない?仏教っていうイメージがあんまりしないんだけど。」

永松さん 「実は今のインドでは、ほとんど仏教は消滅してしまったんです。」

3.仏教のインドでの消滅
  • カジュラーホの寺院群
  • シヴァ神

マジカル・ヒストリー・ツアー、最後はインドの世界遺産「カジュラーホの寺院群」です。これらは、11世紀から12世紀にかけて作られました。

右写真の像は、破壊と再生を司るヒンドゥー教の神、シヴァ神です。カジュラーホの寺院群には、ヒンドゥー教の神々がまつられており、その中にはブッダの姿もあります。ヒンドゥー教の寺院に、なぜブッダがまつられているのでしょうか。

  • インドでの宗教構成を示す円グラフ

5世紀ごろ、バラモン教は土着の宗教を取り入れて、ヒンドゥー教に変化していきました。また、仏教徒を激しく攻撃し、その力を弱めさせました。仏教徒は、ヒンドゥー教に吸収されていきます。

ヒンドゥー教には3億3000万もの神々がいると言われます。現在のインドでは、ブッダはその中の一人として数えられることもあります。
現在のインドでは8割以上がヒンドゥー教徒で、仏教徒は1%にも満たないのです。

  • 水島 司先生

眞鍋さん 「気になるのが、あれだけ広まっていった仏教が、そう簡単にヒンドゥー教に押されていったとは到底思えないんだよね。だから、まだちょっと納得はできないかな……。」

永松さん 「こんなときは、わがマジカル・ヒストリー倶楽部の歴史アドバイザーをお呼びしましょう。水島先生、お願いします!」

  • インドで仏教が衰退した理由
  • バラモン教の変化

インドで生まれた仏教がなぜインドで衰退したのかについて、水島 司先生(東京大学 教授)に詳しく話をうかがいます。

水島先生 「まず、外的な要因があるんですね。バラモンから仏教徒に対して非常に激しい攻撃があった。それで、自分たちの方がより正しいという形で、あちこちで論争を起こします。その中でバラモン教自体も少し変わっていきます。」

水島先生によると、バラモン教は王権と結びつき、人々に対して自分たちの教えを広めようとしていったといいます。そして、王権と民衆のサポートを得るようになり、ヒンドゥー教へと変化していきます。

水島先生 「二つ目は内的な要因ですね。仏教の僧たちの生活を支えていたのは商人たちでした。しかし、6世紀ごろからインド全体の経済活動が沈滞化していって、暗黒の時代と呼ばれるようになっていく。そうすると商人たちは、仏教の信仰活動をやっていた仏教僧たちを支えることができなくなってしまう。」

眞鍋さん 「お金が無くなっていったんですね。」

水島先生 「それから、もともとの仏教を信仰している僧たちは、どんな信仰生活を送ったかというと、人里離れた山や森の中、あるいは洞窟の中とか、そういう所でやっていたわけですね。そうしますと、人々を救おうというよりは、むしろ自分たちがその信仰の中で救われていこうという、そういう欲求が非常に強くなる。」

このように、バラモン教が王権や民衆に近づいていったのに対し、仏教の僧たちはそこから離れてしまいました。こうした背景から、社会からのサポートを得られなくなっていった仏教はインドで衰退してしまったと、水島先生は話します。

Deep in 世界史
インド発祥の宗教が、周辺の国々に与えた影響

引き続き、水島先生から歴史の興味深い話をうかがいます。

上の図はインド発祥の宗教が、周辺の国々に与えた影響を示したものです。
ミャンマーの「パガン」とタイの「スコータイ」は仏教遺跡で、現在国民の多くが仏教徒です。
また、カンボジアとベトナムも仏教徒の多い国ですが、「アンコールワット」や「ミーソン」というヒンドゥー教の遺跡が残っています。
さらに、現在イスラムの人々が多いインドネシアにも「ボロブドゥール」という仏教遺跡があり、インドからの影響が見られます。

  • 新仏教徒
  • 次回もお楽しみに

永松さん 「周辺の国で仏教が発達していった陰で、インドの仏教徒はもうほとんどいなくなってるんですね。」

水島先生 「先ほど現在のインドの仏教徒は0.8%という数字を見ましたが、実は、一度 仏教徒はいなくなります。」

現在インドでの仏教徒の割合は0.8%であると見ましたが、これは新仏教徒と呼ばれる人々を指していると先生はいいます。

水島先生 「インドの独立運動の時、不可触民の差別に反対していた方が、『不可触民たちを何とか仏教の力で救いたい』、『身分的な差別から解放したい』という思いから非常に大きな運動をしたわけですね。それで多くの人たちが仏教徒に改宗した。身分差別に反対するという、仏教の非常に重要な教えですね。そういうものがやはり今も力を持っていて、人々を引きつけています。」

眞鍋さん 「最近になって、また盛り返してきたということですね。」

水島先生 「そうですね。少しずつですが、盛り返してきています。」

二人 「先生、ありがとうございました。」

眞鍋さん 「仏教の世界遺産というのは、東南アジアだけじゃなくて日本にもたくさんありますよね。だから今度お参りしたときには、アショーカ王のことを頭の片隅に思い出してみようかな。」


それでは、次回もお楽しみに!

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