NHK高校講座

世界史

Eテレ 毎週 金曜日 午後2:20〜2:40
※この番組は、前年度の再放送です。

世界史

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今回の学習

第2回

オリエントとギリシア

  • 世界史監修:早稲田大学特任教授 本村 凌二
学習ポイント学習ポイント

1.楔形文字とヒエログリフ 2.人類最大の発明 アルファベット 3.ソクラテスの逆説

  • 今回のミッション

「マジカル・ヒストリー倶楽部」にようこそ!
今回のミッションは「オリエントとギリシア」です。

オリエントというのは、西アジアとエジプトを指し、そこで人類最古の文字が生まれました。
人類最古の文字は、今から約5000年以上前に現在のイラクで生まれました。その数百年後、エジプトでも文字が発明され、この文字が後にアルファベットへと大きな変化を遂げていきます。


今回のビューポイントは、

1.楔形文字とヒエログリフ
2.人類最大の発明 アルファベット
3.ソクラテスの逆説

の3点です。

  • 今回は紀元前36世紀〜紀元前5世紀の地中海沿岸
  • 文字の歴史

訪れる場所は、イラク、エジプトから地中海沿岸とギリシア、時代は紀元前3500年ごろから紀元前400年ごろまでです。

まずは、古代文明が栄えたエジプトで、アルファベットの元となった文字誕生の背景を探ります。
そして文字は海を渡り、ギリシアに伝わります。ここで花開いた独自の文化とはどのようなものだったのでしょうか。

マジカル・ヒストリー・ツアー、文字の歴史を知る旅へ出かけましょう!

1.楔形文字とヒエログリフ
  • ギザの三大ピラミッド
  • 刻まれた文字

マジカル・ヒストリー・ツアー、まずは、ピラミッドで知られるエジプトを訪れます。
世界遺産 ギザの三大ピラミッドは、今から約4600年前に建てられました。残された遺跡には、文字が刻まれています。文明の発達に、文字は欠かせないものでした。

では、どのようにして文字が生まれたのか見ていきましょう。マジカル・ジャンプ!

  • メソポタミアの地図と川
  • 楔形文字

人類最古の文字が生まれたのは、エジプトの東に位置するメソポタミア文明です。メソポタミア文明は、紀元前3500年ごろに、イラクを流れるティグリス川とユーフラテス川の流域で始まりました。
メソポタミアとは「川の間の土地」という意味で、シュメール人という民族によって都市国家がつくられました。

メソポタミアでは、川から水を引いて土地に供給する灌漑(かんがい)農業が盛んに行われました。民が食べる分をはるかに上回る収穫があったため、余った麦は交易に使われました。

大切な麦を管理したり、交易の記録を残したりするために作られたのが、人類最古の文字である楔形(くさびがた)文字です。
この文字は、先をとがらせた植物の茎などを使って粘土板に刻まれました。

  • ピラミッドとエジプト地図
  • ヒエログリフ

メソポタミア文明から500年ほど後、エジプト・ナイル川流域にエジプト王国が生まれました。王はファラオと呼ばれ、太陽神の化身として国を治めました。

エジプトでも、文字は重要な役割を果たしました。
20世紀初めに発見されたファラオ・ツタンカーメンの棺の表面に刻まれているのは、ヒエログリフとよばれる象形文字です。神やファラオの偉大な業績などを書き記すのに作られました。その他、公式の文書を記録する文字や民衆が使う文字も作られました。

  • ナイル川
  • 農耕図

当時のナイル川は、毎年決まった時期に水かさが増して氾濫していました。その時、上流から栄養分をたくさん含んだ土を運んでくるため、水が引いた後は作物を充分に育てることができました。

人々は、ナイル川が氾濫する時期を予測するための暦作りや農地の管理、土木工事のための測量術などを発達させます。それらの技術を支えたのが、文字でした。

  • クフ王のピラミッド

そして、その集大成といえるのがピラミッドの建設でした。なかでも、クフ王のピラミッドは、280万個ほどの石を約150メートルの高さにまで積み上げています。
エジプトが生んだ高い技術と文字の発明によって、エジプト王国は繁栄しました。


眞鍋さん 「エジプトがあそこまで繁栄したというのは、やっぱり文字の発明があったからだったんだね。でもエジプトの文字って、鳥の形だったり、ちょっと絵みたいじゃない?あそこからABCに、どうやってなっていったのかというのが不思議なんだよね。」

永松さん 「それには大きな役割を果たした民族がいたんです。」

2.人類最大の発明 アルファベット 
  • ケルクアンの遺跡

マジカル・ヒストリー・ツアー、続いては北アフリカ・チュニジアの世界遺産、ケルクアンへやってきました。ケルクアンは、地中海を舞台に海上貿易で活躍したフェニキア人が紀元前4世紀ごろに築いた町です。

フェニキア人は、エジプト文字を簡略化し、文字の数を減らすという大きな役割を果たしました。

  • レバノンを拠点としたフェニキア人は地中海貿易に乗り出す
  • フェニキア文字

フェニキア人は、もともとは地中海東岸、現在のレバノンを拠点としていました。
しかし、紀元前12世紀ごろから地中海貿易に乗り出します。レバノン山脈で採れる良質のレバノン杉を使って船を作るのと同時に、他国と取引して富を築きました。

彼らにとって、文字は商品の管理や売買の記録のために、なくてはならないものでした。フェニキア人は、エジプト文字を使いやすいものにし、自分たちの文字、フェニキア文字を作り出しました。

勢力図と文字の変遷

そしてその勢力は、地中海東岸から北アフリカ、さらにイベリア半島にまで拡大し、紀元前6世紀ごろには地中海貿易を独占するまでになっていました。

その後フェニキア文字は、地中海に植民都市を築いたギリシア人に貿易を通じて伝わり、ギリシア文字となります。ギリシア文字はさらにイタリア半島に伝わり、私たちがよく知るアルファベット、つまりローマ字に変化していきました。

  • 各種文字一覧表

眞鍋さん 「アルファベットっていう呼び方は、何でアルファベットって呼ぶようになったのかな?」

永松さん 「エジプト文字である牡牛の頭の形をフェニキア文字では『アルフ(aleph)』、家を表す形をフェニキア文字では『ベートゥー(beth)』。」

眞鍋さん 「そうか!このアルフ、ベートゥー、アルフ、ベートゥー、アルファベット!ということだったんだね。なるほど。」

永松さん 「ところで眞鍋さん、ギリシア哲学といえば、ソクラテスやプラトンをご存じですか?」

眞鍋さん 「哲学者として名前は聞いたことがあるけれど、実際どんなことを言っている人かというのは、よく知らないよね〜。」

3.ソクラテスの逆説 
  • アテネのアクロポリス
  • パルテノン神殿

マジカル・ヒストリー・ツアー、最後はギリシアの首都アテネにそびえる世界遺産、アクロポリスです。アクロポリスとは「高い丘の上の都市」を意味します。
その中心に建つパルテノン神殿は、紀元前5世紀ごろに建てられました。パルテノン神殿は大理石で造られ、古代ギリシア建築・美術の最高傑作とも言われています。

またギリシアでは、演劇や文芸、学問などの文化が花開きました。
こうした発展を可能にしたのが文字でした。

  • 陶器の破片
  • 民主的な政治が行われていたギリシア

上写真の陶器の破片には、ギリシア文字が刻まれています。ここには人物の名前が記されており、古代ギリシアで投票に使われました。
このように文字を使うことで市民は意見をまとめ、民主的な政治を行っていたのです。

  • 奴隷に労働をさせて自由な生活を送った古代ギリシア人
  • 哲学者のソクラテスやその弟子のプラトンが活躍

紀元前8世紀ごろ、ギリシアの各地にポリスと呼ばれる都市国家が成立します。
ギリシアでは、労働を奴隷に分担させて自由な生活を送ることができました。そのため、時間的、経済的な余裕が生まれました。
市民は自由に議論を交わし、人間を中心とした文化を生み出していきます。
そこで生まれたのが哲学です。

哲学者のソクラテスやその弟子であるプラトンが活躍し、人間の生き方や社会のあるべき姿などを考えました。
ギリシア人は、他に類を見ない文化を花開かせていきます。

このように古代ギリシアで発展した政治や文化は、文字によって現代に伝わっています。


眞鍋さん 「もともと文字っていうのは、記録とか管理のために作られたんだよね。でも、それがきっかけになって、政治や文化まで発展して、大きな役割を果たしたということがよく分かりました。でも、ビューポイントは『ソクラテスの逆説』だったよね?」

永松さん 「ここから逆説につながっていきます。」

  • 本村凌二先生

「ソクラテスの逆説」について、本村 凌二先生(早稲田大学 特任教授)に詳しく話をうかがいます。


ギリシアを代表する哲学者であるソクラテスは、文字を使うことに反対していたという話が伝わっています。文字を使うと、人間の思考力や記憶力が弱くなってしまうと考えていたためです。

本村先生 「例えば、現代では原稿を棒読みするような政治家は頼りないように見えてしまう。ところが、自分の言葉で語る政治家を見ると、何か心強く感じるという。そのようなことから、このことが分かると思います。」

しかし、ソクラテスの弟子であるプラトンは、ソクラテスの話を聞きながらその言葉を書き留めました。

  • ソクラテスの逆説の解説テロップ

本村先生 「ソクラテスは実際は文字を使うことに反対したのに、逆に、それを(プラトンが)文字で書き留めたということが、今日、彼の思想あるいはギリシア哲学が多くの人に知られているということになるわけです。それはまさに『ソクラテスの逆説』と呼んでいいのではないかと思うんですね。」

眞鍋さん 「現代の私たちが、ソクラテスの言っていたことを知ることができるのも、もともとは(彼が)反対していた文字があったからっていう、そういう皮肉な話というわけですね。」

Deep in 世界史
  • エジプトとギリシアの彫像比較

引き続き、本村先生に歴史の深い話をうかがいました。

本村先生によると、ギリシア文明はオリエント、特にエジプト文明の影響を受けて発展したといいます。

ギリシア彫刻といえば、しばしば真っ白な大理石の彫刻がイメージされます。しかし初期の段階では、オリエントやエジプトからの影響を受け、硬直した直立不動の彫像が作られていたといいます。

上写真左が古代エジプトの彫像、右が古代ギリシアの彫像です。

  • 唇が彩色された彫像
  • 復元写真との比較

さらに、エジプトと同様に、ギリシアの彫像も彩色されていたといいます。
左写真の彫像は、唇の部分が赤く着色されているのが分かります。

現在私たちが美術館などを訪れる際によく見かけるギリシアの彫像は、右写真左側のように、白い彫像です。しかし、本来はきらびやかに彩色されていたのではないかといいます(右写真右)。

本村先生 「近代になって発見されるときには、こういう風に白くなって、ほとんどが剥げて発見された。近代の人たちは、ギリシアの彫刻は真っ白に輝くものだということで、それを微妙に削り取っていった形跡があるということが、最近ではよく言われています。」

  • 躍動感ある彫像
  • 次回もお楽しみに〜

しかし、紀元前5世紀ごろから、躍動感のある生き生きとした彫刻が生まれるようになりました(左写真)。こうしてエジプトの影響にとどまらず、ギリシア人やギリシア文明のオリジナリティーが生まれたのだと先生は話します。

永松さん 「ギリシアが、ヨーロッパのすべての発祥だと思っていましたが、その前があったんですね。」

眞鍋さん 「こうやって1つのテーマに絞って旅してみると、また、違った旅の楽しみ方ができるよね。次に旅するときは、何かテーマ決めてみようかな。」


それでは、次回もお楽しみに!

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