Eテレ 毎週 火曜日 午前10:00〜10:20
※この番組は、前年度の再放送です。
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第21回
今回お話を伺うのは、生理学者の中村 和弘(なかむら かずひろ)さん。
自律神経をはじめとした、神経のメカニズムについて研究されています。
それにしても、暑そうですね……。
この日、中村さんの研究室がある名古屋市の最高気温は、なんと40℃を記録しました!
こんなに暑いと、汗が止まりませんよね。
中村さん 「今もう、かなり汗をかいていますけれども……汗が蒸発するときに気化熱を奪っていくんですね。これによって体温を下げようということをします。暑いということを、私たちは皮膚の温度センサーで感じます。これによって、その情報が脳に伝えられて『暑いから体温を下げなければいけない、だから汗をかけ』という命令が脳から自律神経系に伝えられる。これは私たちの意思とは関係なく、自動的に起こる体の反応です。」
意思と関係なくはたらくのが、自律神経なんですか?
ヒトの神経系は、中枢神経と末梢神経から構成されています。
中枢神経は脳と脊髄からなり、体の各部に分布する末梢神経へ指令を送ります。
末梢神経は、さらに体性神経と自律神経に分けられます。
体性神経には、視覚、聴覚、触覚などの情報を中枢に送る感覚神経、中枢から骨格筋などの運動の指令を送る運動神経があります。
運動神経は、私たちの意識と関わってはたらきます。
一方、自律神経は内臓や血管などの活動に関係している神経で、私たちの意識と無関係にはたらきます。
自律神経は、外界からの刺激に対して無意識のうちに対応し、体内環境をコントロールしているのです。
中村さんは、ストレスと体温上昇の関係を長年研究されているということですが、自律神経が関係しているのでしょうか?
神経上の微弱な電気信号の変化をとらえることで、中村さんの研究室では自律神経のメカニズムを調べています。
実験では、麻酔をかけてラットを眠らせ、水の入った袋を体に巻いて冷たい刺激を与えます。
背中のあたりには熱をつくる褐色脂肪組織があり、そこにある自律神経に電極をつなぐことで、自律神経のはたらきと褐色脂肪組織の温度の変化を見ます。
中村さん 「では、冷やします。皮膚の温度が41℃ですね。それをだいたい30℃近くまで下げてみます。」
ラットの体を冷やすと、すぐに褐色脂肪組織の活動に変化が現れました。
その変化の様子は、モニターでグラフになって見ることができます。
左画像の上からラットの皮膚の温度、自律神経の活動、褐色脂肪組織の温度を表しています。
ラットの体を冷やし(青の点線)、すぐに活発になったのは、自律神経の活動です(中央赤丸)。
少し遅れて、褐色脂肪組織の温度が高くなっていることがわかります(下部赤丸)。
褐色脂肪組織は、脂肪を分解することで体温を上げる組織です。
皮膚の温度が低下したことを感知したあと、自律神経がすぐに反応し、その褐色脂肪組織にはたらきかけたことがわかります。
体温を上げるために、呼吸や心臓の拍動なども調整し、さまざまな器官が連動してはたらいています(右画像)。
これって、私たちの体でも起きていることなのでしょうか?
中村さん 「寒いときには、体の中で積極的に熱をつくらないと深部体温が低下してしまいます。冬の寒い日に手が白くなって手先が冷たく感じるというのは、皮膚の血管が収縮するからですね。また、立毛筋が収縮して鳥肌が立つということが起こりますが、これも寒いときに起こる反応の1つです。外に出た瞬間に、体で鳥肌が立つのを感じることがあるかと思いますが、だいたい、ああいうスピードですね。自動的に体温を一定に保つはたらきに、自律神経が深く関わっています。」
自律神経って、体温を上げたり下げたり、頑張ってくれているんですね!
中村さん 「自律神経系は、交感神経系と副交感神経系の2種類に分けることができます。交感神経系というのは、体が活動的になるときに高まる神経系。副交感神経系というのは逆に体を休息させたりとか、そういうときに活動が高まる神経系ですね。」
交感神経と、副交感神経……ですか?
交感神経と副交感神経のはたらきの違いを、心臓を例に見てみましょう。
交感神経がはたらくと、末端から神経伝達物質のノルアドレナリンが分泌されて、心臓は速く強く拍動します。
では、副交感神経がはたらく場合はどうでしょう。
末端から分泌されるのはアセチルコリンという物質で、心臓はゆっくりと拍動します。
心臓は、交感神経と副交感神経によって、無意識にその拍動を速くしたり遅くしたりしているのです。
心臓がドキドキするというと、たとえば大勢の人の前でお話しするときもドキドキしますが……ひょっとして、そのときも交感神経がはたらいているのですか?
中村さん 「心臓がドキドキするのは、心臓を支配している交感神経の活動が高まる。これによって脈拍が上昇するわけです。それと、瞳孔を支配している交感神経も活動が高まる。これによって瞳孔が開き、外部の視覚情報をたくさん取り入れようとします。それと、緊張するとだ液の分泌が減る。交感神経の活動が高まると、ネバネバしただ液が出るということが起こります。これによって、口の中が乾いたような状態になるわけです。」
確かに、ドキドキしたり、口が渇いたりすることがありますよね!
どうしてこんな反応が起きるのでしょうか?
中村さん 「おそらく、野生動物としての本能がまだ残っているのだと思います。天敵に狙われたときと同じような、そういった体の反応として、いわゆるストレス反応が起こってしまうのだと考えられます。つまり、戦うか逃げるか……『闘争か逃走か』というんですけれども。交感神経系を高めて、いつ襲われてもいいように気を張っている。そういったときに活性化される反応を想像してもらえれば理解しやすいですね。」
中村さん 「たとえば心臓の場合は、交感神経系の活動が高まると拍動が速くなり、そして心拍出量といって、血液を送り出すポンプの機能が強くなります。気管支の場合は、交感神経系が活性化するような、戦わなければいけないときには、気管支を広げて吸い込む酸素の量を増やそうとします。」
戦うか、逃げるか……確かにそういうときには、瞬時に体が動くように準備しておかないと、野生動物は生き残ることができないですものね。
中村さん 「戦うか逃げるかのときには消化管を運動させるようなエネルギーがもったいないので、そのエネルギーを筋肉、骨格筋とかを動かすために、そちらに送るエネルギーを増やそうとするわけです。」
消化管が活発に動くときというのは、どんなときなんでしょう?
中村さん 「たとえば、休むときですね。休むときには副交感神経系が活性化して、消費したエネルギーを吸収して体の中に蓄積しようとするわけです。そういうはたらきの一環として、消化管のはたらきを促進して、たくさん食べ物を消化して。そしてエネルギー源を体の中に蓄積するというのを促進するのが副交感神経系のはたらきとなります。」
副交感神経は体を休めるときにはたらいてくれる、ということなんですね。
ほとんどの器官は、心臓と同じように、交感神経と副交感神経の両方の支配を受けています。
目の中で光の量を調整している瞳孔は、交感神経からの指令を受けると大きく拡大し、副交感神経の指令を受けると縮小します。
肺へ通じる気管支は交感神経によって拡張し、副交感神経によって収縮します。
皮膚にある汗腺には副交感神経は分布していませんが、交感神経により汗が出るようにはたらきます。
胃や腸などの消化管のはたらきは、交感神経によって抑制され(中画像)、副交感神経によって促進されます(右画像)。
このように、交感神経と副交感神経は互いに拮抗的にはたらく場合が多く、すばやく各器官のはたらきを調整して体内環境を維持しています。
中村さん 「活動するときはもちろん、活動するのに適した体の状態にする必要があります。これは交感神経系のはたらきです。しかし、24時間ずっと活動し続けるような状態だと、体はやがて疲弊してしまって、生命が続かなくなってしまう。1日の約半分の時間は体を休めるということが必要になってきます。それを促すために副交感神経系が活性化して、そして体を休める方向にはたらくというふうに作用するわけですね。」
中村さん 「私たちは、心理ストレスが自律神経系にどういうふうに影響するか。そして、その自律神経反応のメカニズムを調べています。」
中村さんが取り組んでいる、もう1つの実験を見せていただきました。
中村さん 「今ここにいるラットは、少し攻撃的なラットです。これが飼育されているケージに、白い少し小さめのラットを入れます。この白いラットは侵入者ということになりますので、ここにいた居住者のラットが侵入者のラットを攻撃する。これによって、白いラットがストレスを受ける。白いラットのほうで、自律神経反応、交感神経反応が起こるということです。」
この2種類のラットは、ふだんは別々の場所にいますが、実験では2匹を同じケージに入れます。
白いラットの、ストレスによる交感神経の反応を調べようというのです。
いよいよ実験開始……。
中村さん 「なにか怪しいラットが入ってきたぞと、警戒しています。白いラットは、攻撃的なラットから攻撃を受けました。これによって、非常に強い心理ストレスを受けた状態にあります。」
白いラットのほうには、どんな反応が起きたのでしょうか?
中村さん 「ストレスを与えたタイミングの直後から、だいたい36℃から38℃台まで褐色脂肪組織の温度が上昇したことがわかります。つまり、戦うか逃げるかという。攻撃的なラットを目の前にして、体を即座に温める、いわゆるウォーミングアップをするわけですね。これによって、体のパフォーマンスを上げるということをしているのだと考えられます。」
まさに、戦うか逃げるかという状況なんですね。
中村さん 「このまま置いておきますとけがをしますので、金網で仕切ります。この状態で60分間放置します。金網の向こうに攻撃的なラットがいるのが見えますので、心理的に強いストレスを受けた状態を継続することができます。」
さらに、長期にわたる不安や緊張がどのような自律神経の反応につながるかを調べています。
中村さん 「人間関係のストレスとか、そういったものが原因で社会ストレスを受けて、微熱が続いて下がらないという心因性発熱という症状があります。そういったものを、この実験系で再現していると考えられます。」
こうして、人間の心理ストレスと発熱の関係を探っていたんですね。
中村さん 「こういった自律神経系のストレスの反応というのは、自分の生命や恒常性を維持する防衛反応でもありますので。これは誰でも自然に起こる反応ですから、そういったもので苦しむということが起こりうるわけですけれども。私たちはそういう現象・症状が、脳の中でどういう神経回路のしくみで起こるのかということを解明しようと研究しています。そういうことがわかることによって、ストレスによって起こる症状で苦しんでいる患者さんを苦痛から解放するような治療法や、治療薬。そういったものの開発につながればいいかなと考えています。」
自律神経によって無意識につながっている私たちの心と体。
不思議ですね〜!
中村さん
「人間というのは、何千万年というふうに生きながらえてきたわけです。
その長い間、生き続けられるということを可能にしているのが自律神経系だと思うんです。
私はそれが生命の本質的な部分だと思うんですけれども、それを明らかにしたい。
それを明らかにすることで、生命の謎、生命の本質というか……そういったものに近づくことができるのではないかと考えています。」
それでは、次回もお楽しみに!
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