NHK高校講座

日本史

Eテレ 毎週 金曜日 午後2:00〜2:20
※この番組は、昨年度の再放送です。

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理解度チェック

問題作成協力:NHK学園高等学校

第16回 織田信長

問題 解答
Q1 鉄砲伝来とそれに関することがらについて述べた文のうち、正しいものはどれか。
  • 1543年、中国のニンポウに向かう船が五島列島に漂着し、この時ポルトガル人が持っていた鉄砲が日本に伝来した。
  • 鉄砲伝来以降、ポルトガル船やスペイン船、いわゆる紅毛船が九州の港に来航するようになり、日本と貿易を行うようになった。
  • 鉄砲を日本に伝えたのはポルトガル人であったが、そのポルトガル人が乗っていたのは倭寇の船であり、この時期の倭寇は中国人が主体であった。
Q2 織田信長の統一事業や経済政策について述べた文のうち、正しいものはどれか。
  • 桶狭間の戦いに勝利した信長はその後美濃の斎藤氏を滅ぼし、1570には姉川の戦いで近江の朝倉義景と越前の浅井長政連合軍を破った。
  • 信長は自治都市として繁栄していた堺を従わせて直轄地とした。当時の堺は日本有数の貿易港であると同時に鉄砲生産地としても栄えていた。
  • 信長が安土城下で行った楽市・楽座とは幕府や守護大名の市場における独占権を認めることであり、信長はその見返りとして税の収入を得ることが可能となった。
Q3 織田信長の朝廷・寺社対策について述べた文のうち、誤っているものはどれか。
  • 戦国時代、関所は軍事上の重要拠点であり、信長は関所を増設することで朝廷・寺社の力を弱め、また関銭の徴収を通じて確固たる経済基盤を築いていった。
  • 信長が比叡山延暦寺を焼き討ちしたのは、延暦寺が旧勢力の1つであったことに加え、信長と敵対する戦国大名を支援していたという理由もあった。
  • 比叡山延暦寺や石山本願寺との講和は天皇の命令、仲介という形で行われた。信長は京都御所近くで「馬揃え」を行い、天皇との親密な関係を内外に示した。
Q1
鉄砲伝来とそれに関することがらについて述べた文のうち、正しいものはどれか。
  • 1543年、中国のニンポウに向かう船が五島列島に漂着し、この時ポルトガル人が持っていた鉄砲が日本に伝来した。
  • 鉄砲伝来以降、ポルトガル船やスペイン船、いわゆる紅毛船が九州の港に来航するようになり、日本と貿易を行うようになった。
  • 鉄砲を日本に伝えたのはポルトガル人であったが、そのポルトガル人が乗っていたのは倭寇の船であり、この時期の倭寇は中国人が主体であった。
Q2
織田信長の統一事業や経済政策について述べた文のうち、正しいものはどれか。
  • 桶狭間の戦いに勝利した信長はその後美濃の斎藤氏を滅ぼし、1570には姉川の戦いで近江の朝倉義景と越前の浅井長政連合軍を破った。
  • 信長は自治都市として繁栄していた堺を従わせて直轄地とした。当時の堺は日本有数の貿易港であると同時に鉄砲生産地としても栄えていた。
  • 信長が安土城下で行った楽市・楽座とは幕府や守護大名の市場における独占権を認めることであり、信長はその見返りとして税の収入を得ることが可能となった。
Q3
織田信長の朝廷・寺社対策について述べた文のうち、誤っているものはどれか。
  • 戦国時代、関所は軍事上の重要拠点であり、信長は関所を増設することで朝廷・寺社の力を弱め、また関銭の徴収を通じて確固たる経済基盤を築いていった。
  • 信長が比叡山延暦寺を焼き討ちしたのは、延暦寺が旧勢力の1つであったことに加え、信長と敵対する戦国大名を支援していたという理由もあった。
  • 比叡山延暦寺や石山本願寺との講和は天皇の命令、仲介という形で行われた。信長は京都御所近くで「馬揃え」を行い、天皇との親密な関係を内外に示した。
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