NHK高校講座

日本史

Eテレ 毎週 金曜日 午後2:00〜2:20
※この番組は、2014年度の新作です。

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今回の学習

第30回 第4章 近代国家の形成と国民文化の発展

日清戦争

  • 日本史監修:お茶の水女子大学大学院教授 小風 秀雅
学習ポイント学習ポイント

一.明治国家とアジア 二.戦争の勃発と経過 三.戦争の影響

  • 明治維新以降、日本が初めて経験した外国との戦争

1894年(明治27年)に勃発した日清戦争は、明治維新以降、日本が初めて経験した外国との戦争です。外国とは、当時の中国の大帝国、清でした。

この時期の国際社会の動きと言えば、イギリスやフランスなどの列強が、アジアへ帝国主義を進めていました。また日本は不平等条約の改正に努力し、憲法の制定などの後押しを受け、国際的に認められました。こうして日本は欧米を模範として近代国家への道を歩み始めたという時期的な背景をふまえながら、日清戦争を見ていきます。

今回の時代と三つの要
  • 今回は19世紀後半の明治時代初め〜中頃
  • 日清戦争の経緯は?

今回の時代は、明治時代の初めから中頃にかけて、19世紀後半の時代です。
列強がアジアに進出するなか、朝鮮の主導権をめぐって日本と清が対立し、日清戦争が始まりました。
この戦争は、どのようにして起こったのでしょうか。また、戦争の結果はどのようになったのでしょうか。

今回押さえるべき三つの要は、

一.明治国家とアジア
二.戦争の勃発と経過
三.戦争の影響

です。

日清戦争によって、アジアの国際関係がどのように変わったのかを考えます。

日本と清がなぜ戦争に至ったのかを考えるためには、明治維新にさかのぼり、この時期の国際情勢を知る必要があります。

要 其の一 「明治国家とアジア」
  • 対外的に最初の対等条約
  • 朝鮮は清と朝貢関係で、鎖国だった

近代国家として歩み始めた日本は、まず1871(明治4)年、清国に使節を派遣して日清修好条規を結びます。そして相互に港を開き、領事裁判権を認め合うことなどが定められました。
この条約は、日本が外国と結んだ初めての対等条約でした。朝鮮に対しては、新政府発足とともに国交樹立を求めますが、朝鮮は日本の交渉態度を不満として正式の交渉には応じませんでした。
当時 清と朝貢関係にあり鎖国政策をとっていた朝鮮は、フランスやアメリカなどの通商要求を拒否、日本の要求も拒否していました。
1873年、西郷隆盛、板垣退助らの政府首脳は、朝鮮に西郷を派遣して開国を強く求めることを決定します。しかし欧米視察から帰国した大久保利通らは、国内の整備が優先であるとして強く反対し、使節派遣を強引にくつがえしました。

  • 朝鮮側を挑発して衝突が起きた
  • 朝鮮に不平等な条約を結んだ

1875年、朝鮮の江華島(カンファド)で日本の軍艦が朝鮮側を挑発して戦闘に発展し、江華島事件が起きます。 この事件を機に日本政府は朝鮮に強硬な態度で迫り、翌年の1876年には日朝修好条規を結んで朝鮮を開国させます。条約の内容は、日本の領事裁判権や関税免除を認めさせるなど、朝鮮側に不利な不平等なものでした。
この結果、朝鮮の主導権を主張する清と、それを否定する日本が朝鮮をめぐって対立を深めていきます。

  • 日本の協力でクーデターを画策した金玉均
  • 天津条約で清との関係修復を図る

朝鮮国内でも、清国を支持する勢力と日本を支持する勢力が対立していました。
1884年、日本の協力を得て国内を改革しようとする金玉均(キムオクキュン)らのグループが、クーデターを起こします。甲申事変と呼ばれるこの事件では、清国が朝鮮に軍隊を送り鎮圧したため、クーデターは失敗に終りました。

翌年の1885年、日本は清との関係を修復するため、伊藤博文を清に派遣し、李鴻章(りこうしょう)と天津条約を結びます。これによって日清両国は朝鮮から撤兵し、今後朝鮮に出兵する場合には、互いに事前通告することを約束しました。

朝鮮をめぐる日清両国の対立の背景には、華夷秩序というものがありました。これは東アジアにおける、中国を頂点とする、古来からの伝統的な国際関係のことです。華夷秩序のもとでは、朝鮮は清の属国と位置付けられていました。これに対し、日本は朝鮮を独立国と見て、近代的な国際関係を持とうとしました。

  • 真ん中の人物はロシア
  • 安全保障上、朝鮮に影響力を強めようとした

日本が清と対立してまで朝鮮にこだわったのには、理由がありました。
高橋館長によると、左図は、その理由を考えるための面白いヒントだといいます。

高橋館長 「これは当時、フランス人のビゴーという人が描いた風刺漫画です。描かれている人物は、国を指しています。サムライは日本、右側は清国で、魚釣りをしていますね。2人が釣り上げようとしているこの魚は、実は朝鮮のことなんです。そして、日本と清の上にいて、釣り糸はたらしていませんが、同じく魚を狙っている人物は、どの国を指していると思いますか?」

AKB48の3人 「フランス?アメリカ?」

向井地 「(帽子に)何かルッシーって書いてません?」

高橋館長 「この人物は、ロシアを指しているんです。」

この風刺漫画で日本と清の上で魚を狙っているのは、ロシアです。
ロシアは東アジアに進出しようと、シベリア鉄道を建設しました。当時、鉄道は勢力を伸ばす最大の手段でした。鉄道の終点は、朝鮮半島の北側すぐ隣りに位置するウラジオストクです。

高橋館長 「このままだと、ロシアが朝鮮を影響下に置いてしまうと、日本政府は危機感を持ちました。そこで政府は日本の安全保障上、国境を守るだけではなく、その外側、つまり朝鮮に日本の影響力を強めようと考えたんです。そのためには、朝鮮を清の属国ではなく、独立国にしなければならないという主張が出てきます。

要 其の二 「戦争の勃発と経過」
  • 甲午農民戦争
  • 清に対抗し、日本も出兵

1894年、朝鮮南部で大規模な農民の反乱、甲午農民戦争が起こります。この反乱は、キリスト教に反対する民族宗教・東学を信仰するグループを中心に、減税と外国人排斥を求めた農民の武力蜂起でした。
この鎮圧のため、朝鮮政府は清国に出兵を要請します。清は、出兵とともに天津条約に従って日本に通知すると、日本も対抗して出兵します。

これに対し農民軍は急ぎ朝鮮政府と和解しますが、日清両国は朝鮮の内政改革をめぐって対立を深め、交戦状態となります。

  • 日清戦争勝利で遼東半島を占領
  • 清と結んだ講和条約

そして1894年8月、日本は清に宣戦を布告、日清戦争が始まります。

開戦と同時に、政党はこれまでの政府批判を中止し、戦争を支持しました。議会は戦争関係の予算・法律案をすべて承認、国民世論も戦争遂行に統一されていきました。

日本軍は、清国軍を朝鮮から追い払い、さらに遼東半島を占領します。黄海開戦では、清の北洋艦隊を打ち破り、圧倒的な勝利を収めました。

開戦から半年後、山口県下関で講和交渉が行われます。
日本の全権は、総理大臣の伊藤博文と外務大臣の陸奥宗光、清国の全権は、李鴻章でした。そして1895年4月、下関条約(日清講和条約)が結ばれ、日清両国の講和が成立します。

条約の内容は、

・清は朝鮮の独立を認める
・遼東半島及び台湾、澎湖(ほうこ)諸島を日本に譲る
・賠償金2億両(テール)を支払う
・新たに沙市(さし)、重慶(じゅうけい)、蘇州、杭州の4港を開く

などでした。
清の敗北によって東アジアの伝統的な華夷秩序は崩壊し、朝鮮は独立国となって、1897年に国名を大韓帝国とあらためました。

  • 賠償金の8割以上を軍事費に当てた

込山 「賠償金って、具体的にどれぐらいだったんですか?」

高橋館長 「賠償金の2億両(テール)というのは、当時のお金でおよそ3億1000万円、日本の国家歳入(国の収入)の2倍強ありました。これはものすごい額だったと思いますね。」

左図は、賠償金の使途をグラフにしたものです。
日本が清から得た賠償金は、軍備拡張費と臨時軍事費など、8割以上も軍事関係に使われました。
戦争が終わってもなお、賠償金のほとんどを軍事費に当てたことには理由がありました。講和条約の内容に、異議をとなえる国が現れたためです。

要 其の三 「戦争の影響」
  • 三国干渉
  • 賠償金を投じて軍備拡張のため、工業化

講和条約調印からわずか6日後、中国東北部への進出を狙うロシアが、ドイツ、フランスと共同で、遼東半島の返還を日本に要求します。こうして日本は三国干渉を受けてしまいます。
これは、遼東半島が日本の領有になれば、朝鮮の独立は名ばかりで実体のないものとして、日本に放棄を求めた干渉でした。三国の圧力に対し、日本の国力などを考えた政府は、この要求を受け入れます。

しかし国民の間には「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」を合言葉に、ロシアへの対抗心が高まり、政府も軍備の拡張や工業化を図りました。臥薪嘗胆とは、敵に復讐するまで薪の上に寝て身を苦しめ、苦い胆をなめて敵討ちの志を忘れないようにするという中国古来の言葉です。

この臥薪嘗胆は、兵器を作るための鉄の増産という形で現れます。
これまで日本は、鉄をイギリスなどからの輸入に頼っていました。しかし、三国干渉の対抗策として、軍備拡張のための鉄を必要としました。
そのため戦争の賠償金が投じられ、官営八幡製鉄所が設立されました。ドイツの技術を導入したこの製鉄所は、1901年に操業を開始し、15年ほどで鉄の国内生産80%を占めるまでになります。
これ以降、八幡製鉄所は、日本の重工業の中心になっていきました。

  • 貨幣制度をあらためた
  • 干渉国は、あくまで自国の利益のためだった

また、賠償金をもとに貨幣制度をあらためます。これまで、通貨の価値を銀で決めていた制度を、先進国と同じ金で決定する金本位制に変えました。欧米と制度を同じにすることで、貿易を円滑にするためでした。
これをきっかけに、日本は経済発展を遂げていくことになります。


込山 「清国のために返還を求めるなんて、ロシア、ドイツ、フランスは優しい国ですね。」

土保 「でも、ひどい気もします。」

向井地 「何か裏でもあるんですか?」

高橋館長 「これはですね、日本が遼東半島を領有してしまうと、特に国境が近いロシアは、権益を脅かされると思ったんですね。決して、清や朝鮮のためにしたことではなかったんです。」

AKB48の3人 「そうだったんだ……」

高橋館長 「日清戦争は、大国 清に、日本が圧倒的に勝利した戦争でした。それは、アジアに近代国家・日本を示すことにもなりました。この結果、アジアでは欧米列強に対抗して近代化していくためには、日本をモデルにしようという気運が高まります。近代化のモデルとされた日本のその後は、次回以降のお楽しみとしましょう。」

日本の歴史 いとをかし
  • 小風 秀雅 先生(お茶の水女子大学大学院 教授)
  • 交渉時から三国から干渉が通達されていた

今回も小風 秀雅 先生(お茶の水女子大学大学院 教授)に話をうかがいます。
今日のテーマは三国干渉、そして当時の日本の外務大臣 陸奥宗光についてです。

干渉してきた三か国は、日本と清の講和交渉中から、「領土を獲得するような条約であれば干渉する」と伝えてきていたといいます。しかも陸奥は、それを知りながら、講和条約を結んで遼東半島を獲得しました。


小風先生 「ちょっと分かりにくいですよね。陸奥はなぜ、こんなことをしたんでしょうね?」

AKB48の3人 「なんでだろう……」

小風先生 「では、もし条約の内容を日本側から変更していたらどうなったでしょう?」

AKB48の3人 「領土を取らないという風にしたらってことですか?」

向井地 「国民が反論する?」

小風先生 「そうですね。国内的には、そういう問題が起こる。つまり政府批判が起きてしまう。国際的に見ても、日本は干渉すれば言うことを聞く国だという風に思われてしまうかもしれない。」

高橋館長 「何か言うと、わかりました、すいません、どうも、って言ってたんじゃ国として成立しませんもんね。」

小風先生 「そこで陸奥は、まず講和条約を修正せずに結びます。しかしその後の干渉は受け入れざるを得ないため、“返還のための別の条約を結ぶ” ということをしました。」

高橋 「改めて返しますよ、と……」

小風先生 「これは何を意味しているかというと、三国干渉というのは不当な要求であり、二国間の条約に干渉するのは本来おかしなことであると示した、ということです。しかも、この干渉は日本の利権になることを変えさせたので、当然日本国民は、ロシアに対して対抗心を持ち、批判はロシアに向かいますね。」

  • 陸奥は筋を通した
  • 次回もお楽しみに〜

高橋館長 「国際的にも、日本に三国がこうやって干渉してきたんだということが広がるわけですね。」

小風先生 「そうです。日本は筋を通して条約を結び、筋を通して干渉を受け入れ、筋を通して、それを中国に返還する、と。まさに外交は、筋を通すことだということを世界に示したわけですね。」

高橋館長 「小風先生、ありがとうございました。」


それでは、次回もお楽しみに!!

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