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今回の学習内容

第40回 地球的課題

異文化との共生

講師:一橋大学教授 内藤 正典
前回、宗教対立が原因とされる戦争や紛争が実は必ずしもそうではないことを学びました。今回は、異なる宗教がどうすれば平和に共存できるのか、政教分離で多宗教共存に努めているトルコ、中でも千年もの共存の歴史を持つ町アンタキヤを舞台に考えてゆきます。

学習ポイント

 異文化との共生
異文化との共生
異文化との共生 香坂夏希ちゃん 内藤先生

今回は異なる文化、特に異なる宗教のあいだに、どうしたら平和な共生を実現できるかを、
東西文明が融合する国、トルコを例に考えていきましょう。

今の世界をみているとまるで、宗教が異なることが、対立の根源的な原因にみえてしまいます。しかし、実際は前回も学んだように、宗教が直接政治的な対立に結びつくわけではありません。
ユダヤ教、キリスト教、イスラームという三つの宗教が千年以上にわたって共生してきた地域があります。

    他宗教共存の国・トルコ
    内藤先生と夏希ちゃん トルコの地図

    トルコは、大半がアジア大陸にありますが、一部はヨーロッパ大陸にあります。
    民族的には、大半がトルコ語を母語とするトルコ人ですが、東の地域やイスタンブールにはクルド語を母語とするクルド人、東の方にはアルメニア語を話すアルメニア人、そして南のシリア国境に近い地域には、もともとアラビア語を母語としていたがトルコに入ってからはトルコ語を使うようになった人たちもいます。
    宗教は、イスラーム教徒が大多数ですが、キリスト教徒、ユダヤ教徒なども暮らしています。
    多宗教共存がどのようにして可能になっているのか、最初にトルコの歴史を振り返ってみましょう。

      トルコの歴史
      イスタンブールの街並み 市街地には今も水道橋が残っている キリストを描いたモザイク画

      トルコの古都イスタンブールは、ヨーロッパとアジアをつなぐ、交易と文明の十字路にあたります。
      イスタンブールは、古代ローマ時代はビザンティウムと呼ばれました。市街地には、ローマ帝国によって築かれた水道橋が今も残ります。
      西暦330年、ローマ帝国は都をここに移し、名前をコンスタンティノープルと改めました。その後、帝国は東西に分裂し、東半分はビザンツ帝国と呼ばれました。
      コンスタンティノープルは、キリスト教の東方正教会の中心地でした。
      教会の中には、キリストなどを描いたモザイク画が今も残されています。

        ムスタファ・ケマル きらびやかな建物 公の場では宗教色を示すスカーフなどは禁止です

        1453年、イスラーム教徒の国・オスマン帝国がコンスタンティノープルを征服しました。それ以後、町はイスタンブールとも呼ばれるようになり、500年近くにわたってオスマン帝国の首都となります。
        1923年、ムスタファ・ケマルがトルコ革命を起こします。これによってオスマン帝国は滅亡、現在のトルコ共和国が誕生しました。
        ケマルは「公の場所からはイスラーム的なものを一切排除する」という、政教分離の原則を定めました。
        さらにこの政教分離の条文を、「国が続く限り永久に修正不可能なもの」と明文化したのです。
        トルコは国民のおよそ9割がイスラーム教徒の国です。しかし、公の場所では、宗教色を示すスカーフ着用などは認められていません。

          世俗主義 トルコの人の主な宗教はイスラーム、キリスト教、ユダヤ教

          政教分離とは、「国家の法律や制度は、宗教から切り離す」と憲法で定めることです。
          これを世俗主義ともいいます。
          世俗主義というのは、公の領域(議会や裁判、行政、教育など)は宗教から切り離すということ。国家が宗教を利用することはもちろん、国の機関で個人が宗教を表に出すことも禁止です。
          世俗主義を採用したことで、多数を占めるイスラーム教徒だけが特権をもてないことになり、小数派の宗教も守られたのです。
          そこで、トルコには、今もいろいろな宗教の人たちが暮らしています。
          いずれも、一神教であることは共通していますが、大多数はイスラームのスンニー派です。
          同じイスラームでもアレヴィー派という人たちは、スンニー派からは異端とみなされてきた人たちです。
          しかし、トルコが国として世俗主義をとった時に、アレヴィー派の人々は、スンニー派からの差別から解放されたのです。

            他宗教共生都市・アンタキヤ
            トルコの地図

            トルコには、世俗主義を採用するずっと以前から、1000年以上にわたって異なった宗教同士が共生を実現してきたしてきた地域があります。
            トルコの東南部、シリアとの国境近くにあるアンタキヤは、キリスト教、ユダヤ教、イスラームのスンニー派、アレヴィー派の人たちが一緒に暮らしてきた、一神教のふるさとのような都市です。
            アンタキヤでの、異なる宗教や民族の共生のようすを見てみましょう。

              多宗教共生都市アンタキヤの犠牲祭
              賑わっている市場 賑わっている市場 聖ペトロ協会

              アンタキヤは、古代にはローマ帝国の都市として繁栄しました。そのころから、東西を結ぶシルクロードの西の出発点として栄えました。
              現在でも、市場には商品が豊富で、当時の賑やかさを垣間見ることができます。
              そして、商品だけでなく、異なったさまざまな宗教もまた、ここに集まってきました。

              岩山の中腹にあるのは、世界最古という伝承が残っている聖ペトロ教会です。
              イエスの弟子ペトロがエルサレムからアンタキヤに来てキリスト教を広めたと伝えられています。

                アンタキヤギリシャ正教会 アラビア文字の看板 モスク

                このギリシャ正教の教会には、宗教画のすぐ横にアラビア文字の看板があるのが特徴的です。アンタキヤは以前、アラビア語を話すシリアの一部だったためです。

                アンタキヤで一番最後に伝わった一神教がイスラームでした。
                あるモスクには、異教徒との戦いで殉教したキリスト教徒の名前がついています。
                イスラームとキリスト教の深い共存の歴史を物語っています。

                  アレヴィー派の礼拝所 緑の紙を結んでいる人 痛いところをなでると治るという一種のおまじない

                  アレヴィー派はイスラームの1つの宗派とされますが、独自の礼拝所で祈りを捧げます。
                  昔の聖者に縁がある場所だという礼拝所では、願い事をしたり、それがかなった時にお礼に行ったりします。
                  願い事をしながら緑のリボンを結んだりもします。神社でおみくじを結ぶ日本の風習に似ています。
                  痛いところをこすると痛みがとれるという石もあります。一種のおまじないです。
                  このように、素朴な民間伝承のようなものが混じっていることなどから、イスラーム・スンニー派からは異端とされてきたのです。

                    大きななべで肉を煮ているところ 香水を手に振り掛けるのが慣わし ギリシャ正教会が掲げた旗

                    大きな鍋で羊の肉を煮ています。イスラーム教最大のお祭り、犠牲祭です。
                    犠牲祭とは、聖地メッカへの巡礼をする月の終わりに、巡礼の無事を感謝して羊などの動物を神に捧げ、貧しい者たちに分け与えるお祭りです。
                    犠牲祭を祝う人々が、隣国シリアから国境を越えてアンタキヤに大勢やってきます。
                    祭りの間、48時間だけはビザ無しに両国の行き来ができるのです。

                    犠牲祭には見ず知らずのお宅でも、約束なしで訪問できるといいます。
                    そこで、内藤先生もお菓子屋で菓子折を買って、ある家を突然訪問してみました。
                    すると、突然押しかけた外国人の一行を快く受け入れてくれました。
                    お客さんには香水を手に振りかけ、お菓子を配るのが慣わしです。

                    他の宗教は犠牲祭をどう見ているのでしょうか。
                    ギリシャ正教は横断幕で異教の祭りを祝っていました。
                    宗教間でなにか交流が行われていないのか、カトリック教会の司祭に話を伺ったところ、イスラーム教の人たちがキリスト教徒の貧しい人々に分け与えるために肉の包みを持ってきてくれることもあるそうです。
                    また犠牲祭初日の午後には、イスラームの人たちにも祝意を表すことになっていて、モスクを訪問して犠牲祭へのお祝いを述べるそうです。

                    「だれがどの宗教の信者なのか」をことさらに問題にしないことが、1000年にも及ぶ多宗教の共存のひけつだ、との声も町で聞きました。

                      ナツキの地球散歩
                      昔ながらの織物工場 糸を紡いでいるところ 機織をしているところ

                      ヨーロッパとアジアを結び、たくさんの人と物が行き来したシルクロード。その重要な交易品と言えば、シルク・絹です。
                      絹の製造方法は中国から門外不出の極秘情報でしたが、それを持ち出したという伝説があります。
                      今から1800年ほど昔、タクラマカン砂漠にあった仏教王国に、中国の王女が嫁ぐことになりました。この時王女は、仏教国の王さまの願いを聞き入れ、冠の中に門外不出だったカイコの卵と桑の種を隠し持ち、中国を後にしたのです。
                      こうして絹の製法は、シルクロードの西の終点と呼ばれるアンタキヤにまで伝わったのです。

                      アンタキヤの絹織物はアルメニア人によって始められ、100年以上前にトルコ人が受け継ぎました。
                      しかし、1970年代には化学繊維におされ壊滅状態になりました。
                      それを復活させたこの織物工場のこだわりは、昔ながらの手作業です。養蚕から自分たちの手で行なっています。
                      繭を釜で煮て、ほぐれた糸を紡いで日陰干しにします。綺麗に乾かすため、ほぐしたりのばしたりと、手間がかかります。
                      釜ゆでの時に出た二級品の繭は、手で紡いで太い糸にします。これを使って織ると、見掛けは悪いけれど、味のある布になるのだそうです。
                      糸ができたら機械を使わない昔ながらの方法での機織りです。
                      アルメニア人からトルコ人へ、アンタキヤの絹織物は歴史を越えてこれからも伝えられていくことでしょう。

                        トルコの世俗主義 〜共生のヒント〜
                        香坂夏希ちゃん 内藤先生 トルコには宗務庁という、スンニー派のイスラームに関する業務、たとえばイスラームの指導者の養成や監督をする役所があります

                        共生がトルコという国のレベルでどうなっているのか、現状と課題について考えてみましょう。
                        世俗主義では、国家が宗教を利用することはもちろん、個人も国の機関で宗教を表に出すことは禁止です。
                        そのため、例えばムスリム女性の議員が国会でスカーフやヴェールを着用することはできません。
                        しかしその一方で、民主化が進むと国民の声を政治に反映しなくてはいけません。
                        国民の大半がスンニー派のムスリムだと、どうしても政治や社会のルールはスンニー派のイスラームに従うべきだという声がでてきます。そこがトルコという国の難しい点なのです。
                        トルコでは、これまで、世俗主義を守ろうとする軍や裁判所が、政治のイスラーム化を抑えてきました。
                        しかし、2002年から与党になっている公正・発展党は、国民のイスラーム志向を受けて、例えば大学でのスカーフ着用を自由化しようとしました。
                        2008年には憲法裁判所が憲法違反であるとしてそれを退けました。
                        せっかく採用した世俗主義も、国民の大半が同じ宗教の信者だと、なかなか守るのが難しいということです。
                        そのため、トルコには宗務庁という、スンニー派のイスラームに関する業務、例えばイスラームの指導者の養成や監督をする役所があります。
                        国が宗教を管理し、公の領域に宗教が入り込まないようにするためのものです。
                        この宗務庁は、スンニー派のイスラームしか扱いません。
                        一見すると、他の宗派は自由に宗教行事などを行なってもいいということなのですが、そう簡単ではありません。

                          トルコの各宗教指導者インタビュー 
                          ユダヤ教の宗教指導者ラビ コンスタンティノープル総主教バルトロメオスT世 宗教庁長官、アリ・バルダクオウルさん

                          ユダヤ教、ギリシャ正教の宗教指導者と、トルコ宗務庁長官に、トルコの世俗主義について話を聞きました。

                          ユダヤ教の宗教指導者ラビは、こう答えました。
                          「世俗主義はある意味では役に立ちました。宗教者が政治を行なうことに反発する人もいたからです。
                          世俗主義ではみんなが自分の宗教を持てます。まず政府があって、その上で宗教が別々にある。これならば、お互いに干渉しないですむのです」

                          しかし、コンスタンティノープル総主教バルトロメオスT世は、次の様に述べています。
                          「ヨーロッパの社会もアメリカの社会もイスラーム教と世俗国家という組み合わせを歓迎しています。これは他のアラブのイスラーム教徒の国には存在しません。
                          ただ、世俗国家という名の下に、東方正教会もアルメニア正教会もユダヤの教会も法人としての権利がありません。
                          私たちはここに1700年前から存在しているにも関わらず、法人格がなく、法律上は存在しないことになっています。法律上の権利がないのです。」

                          最後に、イスラーム教を統括する、トルコ宗教庁長官、アリ・バルダクオウルさんの話です。
                          「私たちは相手が何千人であれ、一人であれ、全ての宗教、あらゆる信仰に対して敬意を払っております。
                          そして、他の誰からも干渉を受けるべきではない、信仰に対する敬意はその人に対する敬意である、と説明しています。」

                            3人の話のまとめ 元外務大臣のヤシャル・ヤクシュ、トルコ大国民議会EU委員長

                            みな、異なる宗教間の共生には前向きです。興味深いのは、ユダヤ教の指導者がイスラームとの共存に何の問題もないと言っていることです。
                            ただし、世俗主義で国家と宗教を切り離したといっても、政権がイスラーム寄りになると、必ずしも平等ではない、という意見もあります。
                            トルコでの共生に関しては、世俗主義という国のレベルのしくみになるといろいろな議論があるのは事実です。
                            しかし今の政府も、この共生の伝統と経験を国際社会へアピールしていきたいと考えていて、国際的にも評価されています。

                            そこで、元外務大臣トルコ大国民議会EU委員長のヤシャル・ヤクシュさんに話を聞きました。
                            「私たちは、トルコをイスラームの国ではなく、人口の大半はムスリムだが世俗国家の国として、世界に理解して欲しいのです。この点で、実はトルコは日本と似ているのです。
                            多神教の人もいれば、一神教の人もいる。宗教とは無関係に生活している人もいる。しかも、日本社会は、実に見事な調和を保っています。
                            私たちにとって、宗教というのは、何を信じていようと、人間と信仰の間をつないでいるものです。
                            宗教は、国家から独立していなければならないものなのです。」

                              まとめ
                              香坂夏希ちゃん 内藤先生

                              9・11テロ事件やイラク戦争、ガザ空爆以降、キリスト教、ユダヤ教とイスラームとの関係は緊張を高めています。
                              このような対立は、アンタキヤの人たちが言っていたように、お互いを普通の近所付き合いのなかで知り合うということをしてこなかった結果です。
                              国や宗教の違いではなく、一人一人が同じ人間として先入観を持たずに付き合っていくということは、私たち日本人も心がけなければいけないことです。

                                科目トップへ戻る