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今回の学習内容

第28回 世界の諸地域を学ぶ

オーストラリアへようこそ

地理監修:首都大学東京教授 菊地 俊夫

学習ポイント

 オーストラリアへようこそ
オーストラリアへようこそ

サンドウィッチマン

サンドウィッチマン

今野美里(ミータス)

今野美里(ミータス)

皆さん、こんにちは〜

今回の旅行プランは「珍獣 珍岩 珍食の宝庫 オーストラリア珍道中!」、オーストラリアの様々な「珍しいもの」に
触れる旅です。

真夏の浜辺でのクリスマスという、南半球ならではの珍しい光景はなぜ見られるのでしょうか?
世界で人気の珍獣コアラは、なぜオーストラリアにしかいないのでしょうか?
また、珍しい地形を作り出している巨大な一枚岩、世界遺産ウルルの誕生にはどのような秘密があるのでしょうか?

今回は、それらの謎に迫り、さらにひと味違うオーストラリア料理も味わいます。
珍しい自然や文化を堪能するツアーです。

    離れて安心!袋の子守 珍獣コアラの楽園伝説
    南半球のオーストラリア

    南半球のオーストラリア

    首都はキャンベラ

    首都はキャンベラ

    ブリズベンにコアラに会いにいく

    ブリズベンにコアラに会いにいく

    オーストラリアは、日本からまっすぐ南へ南下し、赤道を越えた南半球にあるため、日本と季節が真逆になっています。
    オーストラリアの首都は、キャンベラ。有名なオペラハウスがあるのは、シドニーです。

    そして私たちのツアーの始まりは、オーストラリア北東部、クイーンズランド州の州都であるブリズベン。
    人口はおよそ180万で、シドニーと並ぶ大都市です。

    周辺の市を含めたこの一帯は「コアラコースト」と呼ばれ、たくさんのコアラが生息しています。

      世界最大のコアラ保護区へ コアラのだっこができるのはここだけ

              世界最大のコアラ保護区へ              コアラのだっこができるのはここだけ    


      コアラに会うため、まずは130頭以上のコアラが飼育されている、世界最大のコアラ保護区に行きます。

      入場料の他に、およそ1200円払えばコアラをだっこすることができます。
      コアラはストレスにとても弱い動物のため、1日に抱くことのできる時間は1頭につき30分です。
      コアラのだっこは、オーストラリアではブリズベンのあるクイーンズランド州しか許可されていません。

        住宅地に野生のコアラがいる!

        住宅地に野生のコアラがいる!

        家のすぐ脇の木にコアラ

        家のすぐ脇の木にコアラ

        コアラは有袋類

        コアラは有袋類

        次はいよいよ野生のコアラに会いに行きます。
        町の中心部から南へ30kmほどいったレッドランド地区には、およそ6000頭のコアラが生息しています。

        この地区は普通の住宅地にもかかわらず、家のすぐ隣の木や、道路に近い木の上にもコアラがいます。

        オーストラリアでは、こんなに間近に出会える野生のコアラですが、他の国では見ることも出来ません。
        なぜコアラはオーストラリアにしか生息していないのでしょうか。

        コアラはカンガルーと同じ有袋類です。
        メスのお腹には袋があり、生まれた赤ちゃんはある程度大きくなるまで、この袋の中で過ごします。

          カンガルーも有袋類ウォンバットも有袋類タスマニアデビルなど有袋類が150種類以上

                          カンガルーやウォンバット、タスマニアデビルなど有袋類が150種類以上   


          コアラやカンガルー以外にも、オーストラリアには、150種類以上もの有袋類が暮らしています。
          ウォンバットは袋が後ろ向きについているため、子どもの顔がおしりから出ているように見えます。
          タスマニアデビルは袋から出たあとも、子どもはしばらく母親にまとわりつきながら暮らします。

            1.8億年前はすべての大陸が陸続き

            1.8億年前は全大陸が陸続き

            オーストラリア以外でほ乳類が繁栄

            他の大陸でほ乳類が繁栄

            マークの認定機関もオーストラリアに

            認定機関もオーストラリアにある羊毛

            これだけ多くの有袋類が暮らす理由は、オーストラリア大陸形成の歴史にあります。

            1億8000万年前、すべての大陸は陸続きでした。
            この時代、有袋類は地球全体に生息していたと考えられています。

            その後、大陸の分裂が始まり、5000万年前にオーストラリアは孤立します。
            オーストラリア以外の大陸では袋を持たない「ほ乳類」が陸づたいに勢力を広げ、多くの有袋類が生存競争に
            負けていきました。

            しかし孤立したオーストラリア大陸には、強力なライバルが現れず、たくさんの有袋類が生き残りました。
            早くに他の大陸から分裂し孤立したことで、オーストラリアはコアラなど有袋類の楽園になったのです。

            オーストラリアには珍しい動物ばかりではなく、日本との関係が深い動物もいます。
            日本の輸入牛肉の7割がオージービーフ、つまりオーストラリア産牛肉です。

            また牛肉以外に、羊毛=ウールもオーストラリアからたくさん輸入されています。
            ウールは衣類に広く利用され、伊達社長が着ているスーツにもウールマーク表示があります。

            ウールマークはウールの品質を保証するもので、世界140カ国で使用されています。
            このマークの認定機関はオーストラリアにあります。

              荒れた大地は世界一!ウルルとウールはドライな関係?!
              かつてはエアーズロックと呼ばれた

              かつてエアーズロックと呼ばれた

              大陸の中央にあるウルル

              大陸の中央にあるウルル

              世界最大の一枚岩

              世界最大の一枚岩

              なぜオーストラリアでウールを生産しているのでしょうか。
              その理由は、オーストラリアの気候や大地の成り立ちに関係があります。

              オーストラリアを代表する世界遺産のウルルは、かつては「エアーズロック」という名前でよく知られていました。
              この名前は19世紀にヨーロッパ人によってつけられました。
              現在は、オーストラリアの先住民族アボリジニにならってウルルと呼ばれ、「偉大な石」を意味します。

              ウルルは、オーストラリア大陸のほぼ中央、ウルル・カタジュタ国立公園内にあります。
              周囲9・4キロ、高さは348mもある、世界最大級の一枚岩です。
              こんな巨大な岩は、どのようにして生まれたのでしょうか。

                6億年前に山麓に扇状地ができた

                6億年前に山麓に扇状地が形成

                風雨で山々は浸食された

                風雨で山々は浸食された

                かつての扇状地は上から押し固められる

                扇状地は上から押し固められる

                およそ6億年前、ここには大山脈があったと考えられています。
                谷から流れる川は山の砂を押し出し、ふもとに扇状地を作りあげました。
                そこから1億年が経過し、周囲の高い山々はいつしか雨や風に侵食されて無くなりました。
                扇状地の砂は、上に積もった土砂に押し固められ、堅い砂岩へと変化します。

                  地殻変動で地層が90傾斜する

                  地殻変動で地層が90傾斜する

                  柔らかい地層が浸食されウルルが露出

                  柔らかい地層は浸食された

                  水はどこへ消えた?

                  水はどこへ消えた?

                  4億年前になると、その場所で巨大な地殻変動が起こり、地層が大きく90度折り曲げられました。

                  柔らかい地層は、雨や風によって押し流されて行きます。
                  そして7000万年前、堅い砂岩の固まりが地表に姿を現し、これがウルルとなりました。

                  このように遙か昔、川の流れが作りだした扇状地の砂が姿を変え、この巨大な一枚岩が生まれました。
                  しかし現在のウルル・カタジュタ国立公園は、一年中雨が殆ど降らない乾燥地帯です。
                  水は一体どこに消えてしまったのでしょうか。

                    3500万年前に南極が冷却し大気乾燥

                    3500万年前に南極が冷却した

                    オーストラリアも大気が乾燥

                    南極とオーストラリアの大気乾燥

                    大陸が赤道付近へ移動し降水減少

                    赤道付近へ大陸移動し降水減少

                    その理由は、今から3500万年前に遡ります。
                    この頃、南極大陸のまわりに海流が生まれました。
                    この海流によって、赤道からの暖かい水が遮られたため、南極は冷え始め、氷で覆われます。
                    大気中の水分が氷になるため、水分の無くなった南極の大気は乾燥しました。

                    その影響で、南極のすぐ近くにあったオーストラリアでも乾燥が始まりました。
                    さらに、オーストラリア大陸が赤道近くに移動したことによって、雨を降らす雲が少なくなります。
                    そのため、森は小さくなり、大陸の80%までが乾いた不毛な土地へと変わってしまいました。

                      乾燥地域で鉱産資源が豊富

                      乾燥地域で鉱産資源が豊富

                      アルミニウムの原料の生産量

                      アルミニウムの原料生産世界一

                      乾燥に強い羊の放牧が盛ん

                      乾燥に強い羊の放牧が盛ん

                      しかし、この乾燥した大地は、世界一の産業を生み出しました。
                      その1つが鉱産資源の採掘です。
                      石炭や鉄鉱石、銅やウランなど、豊富な地下資源が乾燥地域で産出します。

                      中でもアルミニウムの原料となるボーキサイトは、生産量が世界一で、30%以上のシェアを占めています。
                      日本の輸入量もオーストラリアからが第一位です。

                      そして、もう1つが世界第一位の生産量を誇る、羊毛産業です。
                      羊は乾燥に強く自然の草で育つため、土地利用として、大規模な放牧が盛んに行われるようになりました。

                      80%を占める乾燥した大地は、オーストラリアに世界一の恵みを与える、広大な産業エリアとなっています。

                        店主は中国系4世のマーカスさん

                        中国系4世のマーカスさん

                        オーストラリア料理は多文化料理

                        オーストラリア料理=多文化料理

                        一見普通の平打ちパスタだが…

                        一見普通の平打ちパスタだが…

                        ミータスはオーストラリア料理を体験するため、オーストラリア料理店へやってきました。
                        出迎えてくれたマーカスさんは、中国系4世のオーストラリア人です。
                        ご両親が中国料理のレストランを経営していたこともあり、マーカスさんは料理の道へと進みました。
                        西洋料理の専門学校で学び、中国料理やインドネシア料理のお店で修行を重ねた後、現在は日本でオーストラリア料理のお店を経営しています。

                        マーカスさんはオーストラリア料理をMulticultural cuisine=多文化料理といいます。
                        調理をしてもらうと、現れたのは、一見なんの変哲もない平打ちのパスタです。
                        食材はシーフードで、エビとベビーホタテの貝柱を使っています。

                          様々な味が合わさっている?

                          様々な味が合わさっている?

                          中華とイタリアンが合わさり

                          中華とイタリアンが合わさり

                          仕上げに和風のごま油

                          仕上げに和風のごま油

                          早速いただいてみると、中国風と、イタリア風が合わさったような味わいです。

                          作り方を見せていただくと、まずはニンニクをオリーブオイルで炒め、そこに食材を入れます。
                          ここまでの味付けはイタリアンです。
                          ただし、食材のホタテはイタリアではあまり人気がなく、アジア風なのだと言います。

                          そこに入れたのが、中国料理で良く使われるオイスターソースです。
                          その後さらに、再びイタリアンで使われる生クリームを投入しました。
                          仕上げは、私たちに馴染み深い和食のテイストのゴマ油です。

                          こうして、和洋中、すべてのテイストが詰まったパスタが完成です。
                          世界の様々な食文化をミックスしたものが、オーストラリア料理だといえます。

                          オーストラリアの歴史にはギリシャ人やイタリア人、イギリス人など多くの国の人々がいます。
                          また現在ではタイや中国からの移民も多くおり、それらが色々な種類の食べ物に影響しているといいます。

                            18世紀終わりに初めての移民船

                            18世紀終わりに初めての移民船

                            19世紀の金鉱発見で中国人が入植

                            19世紀に中国人が入植

                            有色人種の入植を禁止

                            有色人種の入植を禁止した

                            オーストラリアは移民の国です。
                            18世紀の終わり、700人の白人を乗せたイギリスからの移民船がそのルーツです。

                            19世紀の半ばになると、オーストラリアで金鉱が発見されゴールドラッシュが起こります。
                            この時、多くの中国人が労働者として入植しました。
                            マーカスさんのひいお爺さんも19世紀の終わり頃に移住しました。

                            中国人をはじめ、有色人種は増え続け、白人たちは驚異を覚えます。
                            このため、白人を優先し、有色人種の移民を禁止する白豪主義という政策がとられました。

                              1979年に移民制限撤廃現在はアジアやアフリカから様々な国の人々が移住している

                                  1979年に移民制限撤廃          現在はアジアやアフリカからなど、様々な国の人々が移住している  


                              しかし20世紀半ばに第二次世界大戦が終わると、減少した労働力を確保するため、アジアからの難民を数多く
                              受け入れるようになります。
                              そして1979年にはついに移民制限が撤廃され、白豪主義は終焉を迎えました。

                              現在ではヨーロッパ各国や、アフリカ、そしてアジアや日系の人たちなど、世界中から夢や希望を持った
                              人たちが移住しています。
                              こうして様々な文化を受け入れることで、それぞれを尊重した社会が生まれました。

                                異なる文化と料理を同時に理解できた

                                異なる文化と料理を同時に理解

                                様々な影響を受け入れる国

                                様々な影響を受け入れる国

                                次回もお楽しみに〜

                                次回もお楽しみに〜

                                マーカスさんは多くのギリシャやイタリア、ドイツからの移民の子どもたちと一緒に学校に通っていました。
                                友達同士のつきあいの中で、お互いの文化と料理を、同時に理解できたと言います。
                                そのためマーカスさんの料理には、彼が好きな味が少しずつ入っているのだそうです。

                                そして、「オーストラリアは、料理にも、国の将来にも、できるだけ多くの人々の影響を取り入れたいと思っている」と
                                語ってくれました。


                                さて、次回はどんなツアープランが出来上がるのか、お楽しみに〜!!

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