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大澤 亜季子 久田 健一郎 先生
皆さん、こんにちは〜
高校講座地学、「恐竜時代」。講師は、久田 健一郎先生です。
今回は、古生代の中頃・約3億6000万年前から、中生代が終わる約6500万年前までについて
学んでいきましょう!


豊かな生態系 ホ乳類型ハ虫類 双弓類
海で進化した動物たちが陸上へ進出してから1億年以上たった約2億4500万年前、
再び生物の大量絶滅が起こりました。
この頃は、地球の歴史が始まって以来初めて、豊かな生態系が築かれた時代でした。
広大な森林では活発に光合成が行われ、酸素の濃度も非常に高かったと考えられています。
陸上を支配していたのはハ虫類でした。
歯の構造など分類上はホ乳類に近く、ホ乳類型ハ虫類と呼ばれています。
双弓類と呼ばれる動物も暮らしていました。恐竜の祖先に当たると考えられていますが、
この頃はまだ、やがて地球を支配するとは想像できないほど目立たない存在でした。
ホ乳類型ハ虫類を頂点とした豊かな生態系が、約2億4500万年前を境に、その多くが
姿を消すことになるのです。


丹波の山中の地層 化石のでない泥岩の層 スーパープルーム
生物がいなくなったことは、地層を調べることで分かります。
左の写真は、兵庫県丹波の山中の写真です。崖全体にチャートが続いています。
「古生代の終わり」と「中生代の始め」を示す地層の間に、黒い墨のような泥岩の層が見られます。
実は、この泥岩からは化石がでてきません。
このような地層から、生物が住めない無酸素環境があったという事がわかります。
その原因は、地球の深部から大量の高温物質がわき上がってきて、地表に達した事と関係していると
考えられています。
これをスーパープルームと言います。
その結果、地球上の生物、特に海の生物の多くが死滅したのです。


中生代は恐竜の時代 アパトサウルス アロサウルス
中生代は、一言でいえば、恐竜が繁栄した時代です。
約2億4500万年前の大量絶滅の後、生物の化石さえほとんど見つからない空白の時代が
しばらく続きました。
そして、約1億4500万年前、生物の世界が再び活気を取り戻した時、その様子は以前と
劇的に変わっていました。巨大なハ虫類・恐竜の繁栄です。
30mの体長を誇る草食恐竜・アパトサウルスや、その時代の百獣の王となった肉食恐竜・アロサウルス、
こうした恐竜たちは、他の生物を上回る高い活動能力を持っていたと考えられています。
恐竜の時代は、約1億8000万年の間続きました。


福井県立恐竜博物館 フクイサウルス 歯の先が平ら
日本でも恐竜の化石が見つかっています。
福井県勝山市の川沿いの崖で、草食恐竜のフクイサウルスの化石や肉食恐竜のフクイラプトルが
見つかりました。
復元したフクイサウルスは、長さが全部で4.7mもありました。
歯を見ると先が平らになっています。これは草食恐竜の特徴です。
そして足の部分を見ると、ふだんは四足歩行をしたと考えられますが、速く走るときには
二足歩行をしたようだ、ということもわかりました。


フクイラプトル 鋭いかぎ爪 歯の先が尖っている
左の写真は、肉食恐竜・フクイラプトルの復元模型です。全長は約4.2mあります。
この恐竜の特徴は、先が曲がっていて、非常に鋭くなっている、かぎ爪です。
また、歯の先が尖っていることも特徴の1つで、これは肉食恐竜の特徴です。


中生代の日本列島
フクイラプトルの歯の化石が見つかったのはおよそ20年前のことです。
この発掘によって、日本にも恐竜がいたということが証明されました。
しかし、恐竜の化石が見つかる前から、日本にも恐竜がいただろうということは、予想されていました。
左の図は、地層を調べてわかった、中生代の日本周辺の陸と海の分布です。
当時、日本は列島ではなく大陸と海の「境」でした。
福井県で恐竜がみつかったのは、中生代の頃、そこが大陸だったからです。
大陸の端ということで、恐竜が住んでいたとしても不思議ではない、と考えられていたのです。
そして、当時、日本の一部は海だったということも、地層を調べることでわかったのです。


チャート 泥岩 砂岩
岐阜県、そして愛知県の県境を流れる木曽川の流域には、今から約2億年前の中生代の地層が
点在しています。
川原に見られるチョコレート色をした岩石はチャートです。
このチャートは、プランクトンがゆっくりとたまってできた岩石で、砂粒を一切含んでいないことが
大きな特徴です。
つまり、このチャートは深い海で、しかも陸から遠い所でできた岩石なのです。
それより100メートル程上流で見られる黒っぽい岩石は、泥岩です。
この泥岩は泥がたまってできた岩石で、表面には砂岩でできた、たくさんの白い筋が見えます。
つまり、先ほどのチャートがたまっていた場所よりも陸に近いところでできたということを
表しています。
さらに50メートル程上流で見られる、白っぽい岩石は砂岩です。
この砂岩は、ほとんどが砂粒からできています。
砂岩は、海岸線でできたと考えられます。
このことから、ここは、元々深海にたまっていたチャートのプレートが、陸に近づいてきて沈み込んだ場所
であり、一方、大陸からは砂が供給されていた海岸線であることがわかります。


三畳紀後期の森 白亜紀の森
中生代は植物が繁栄した時代でもありました。
福井恐竜博物館では、中生代の森の様子も復元しています。
中生代の初め頃、三畳紀後期の森には、シダの仲間が水辺に生えています。
しかし、世界が乾燥化したために高木の仲間には裸子植物がたくさん現れるようになりました。
次の白亜紀には、現在と近いような植物の仲間が現れ、特に、花を咲かせる植物がたくさん見られます。
背の高い木では裸子植物のセコイア、そして被子植物の桂・プラタナス・木蓮の仲間が見られます。
花を咲かせる植物は、速いスピードで世界に広がっていきました。
中生代は、花を咲かせ実をつける植物が繁栄し、それを食料にした恐竜も大いに繁栄したのです。


地球に小天体が衝突 チリが地球全体を覆う 地球全体が冷え切った
中生代の末、再び、地球に大異変が起こります。
これは、小天体が地球にぶつかったことが原因と考えられています。
約6500万年前、地球に小天体が衝突しました。
小天体が地表にぶつかると、その衝撃で一瞬にして砕け、溶けてしまいます。
そして、地表の岩石も吹き飛ばされて、ガスやチリになり、大気中にまき散らされました。
チリは、やがて地球全体を覆い、太陽の光を遮断してしまいました。
植物は光合成ができなくなり、地球全体は冷え切って寒冷な気候になりました。
そのため、地球上の生物は大量絶滅してしまったと考えられています。
しかし、一部の生物は、この、想像を絶する困難も乗り越えて、生き残り、進化しながら
次の時代を生き抜いていきます。
それは、次の時代、新世代に繁栄するホ乳類です。
そのことについては、次回、学習していきましょう。


次回もお楽しみに〜
次回学ぶことになりますが、人類が登場してから、およそ350万年くらいしか経っていません。
現在、私達人類は繁栄していますが、恐竜たちはその50倍もの長い間地上に存在していました。
わたしたち人類は、どのようにしたら自然と共存して、繁栄を続けていくことができるのか?
そんなことを、中生代の恐竜たちは考えさせてくれます。
それでは、次回もお楽しみに〜!