NHK高校講座

 美術T

Eテレ 隔週 金曜日 午前11:00〜11:20
※この番組は、前年度の再放送です。

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今回の学習

第8回

建築と美術

  • 美術監修:上野行一(元高知大学大学院教授)
学習ポイント学習ポイント

建築と美術

  • 加藤諒さん
  • アントニ・ガウディ『サグラダ・ファミリア贖罪教会』

今回のテーマは「建築と美術」。
それでは、加藤諒さんと一緒に学んでいきましょう!

建築家は、どんな仕事をしているか知っていますか?
「最先端のかっこいい建物をつくる人」だと、諒さんは言います。
では、かっこいい建物とは何でしょうか?

諒さん 「ガウディのサグラダ・ファミリアとか。行ったことはないんですけど、大きな彫刻みたいじゃないですか。」

サグラダ・ファミリアは、建築家、アントニ・ガウディの未完の傑作と言われています。
建設が始まったのは1882年。
ガウディが亡くなってちょうど100年にあたる2026年の完成をめざして、今も建設中です。
世界遺産にも登録されていて、スペインでも屈指の観光名所になっています。
このように、建築は国や町のシンボルになることもあるのです。

では、建築はアート作品なのでしょうか?

諒さん 「難しい質問ですけど、見た目が美しい建築物があるから、そういうものはアートになるんじゃないですかね。」

今回は、美しい建築が一体どういうものなのか、一緒に考えていきましょう。

20世紀以降 大きく変わったことは?
  • 橿原市今井町

まずは、20世紀以降の建築を振り返ってみましょう。
20世紀に、建築は大きく変わりました。
奈良県橿原(かしはら)市にある今井町。
19世紀以前の建物が、数多く残されています。
現代の建物と比べて大きな違いがあるのですが、わかりますか?

諒さん 「昔の建物は木造ですけど、今は鉄筋コンクリートの建物が増えたとか?」

正解です。
19世紀以前は、日本では木造建築が一般的でした。
それが20世紀に入ると、鉄筋コンクリートが使われるようになったのです。

諒さん 「木造の建物はまだありますけど、鉄筋コンクリートのマンションやビルがたくさん建って、町の景色は昔と全然違いますよね。」

今から100年ほど前、鉄筋コンクリートの利点を最大限活かして、建築スタイルをがらりと変えた建築家がいました。

諒さん 「えっ、誰?」

伝統を打ち破ったル・コルビュジエ
  • サヴォア邸
  • ル・コルビュジエ

四角い箱が宙に浮かんだような独特のフォルム。
フランス、パリ郊外にある住宅、サヴォア邸です。
1931年に建てられました。
設計したのは、スイスで生まれフランスで活躍したル・コルビュジエ。

  • ピロティ
  • 室内の空間に広がりが生まれた

1階は柱だけの空間。
「ピロティ」と言います。
当時、普及しはじめていた自動車が玄関に横づけできるように、機能性を重視したデザインです。
当時の最新素材、鉄筋コンクリートを使って建物を支える構造にしたことで、室内の空間に広がりが生まれました。
住む人が、部屋を自由に区切って使うことができるようになったのです。

  • 石やレンガを積み重ねた建物が主流だった
  • 縦長の窓

それまでのヨーロッパでは、石やレンガを積み重ねた建物が主流でした。
石組みの壁や豪華な彫刻が、住宅のステータスだったのです。
縦長の窓から、わずかに差し込む光。
そして薄暗く重々しい空間。

  • 建物の屋上

コルビュジエはそうした伝統を打ち破りました。
人々を最も驚かせたのは、建物の屋根です。
20世紀のはじめ、結核が流行。
当時の予防法は日光浴でした。
そこで、コルビュジエは自宅で日光浴ができるように、屋上に庭園をしつらえたのです。
このように機能性と合理性を重視した建築は「モダニズム建築」と呼ばれ、日本にも大きな影響を与えました。

コルビュジエが日本に与えた影響
  • 伊東豊雄さん
  • せんだいメディアテーク

今回のゲストは、世界を舞台に活躍している建築家、伊東豊雄さん。
代表作の「せんだいメディアテーク」は、建築から部屋という概念をとりはらった斬新なデザインです。
伊東さんは、柔軟な発想と実行力で、建築の可能性に挑戦し続けています。
そして、伊東さんはコルビュジエが大好きだといいます。

伊東さん 「彼は、それまでの、暗い不衛生なパリの町を一新すると。きれいで明るくて清潔な建築と街を作るんだ、という精神に燃えていたんですよね。それで僕はもう大好きで。最も影響を受けた建築家と言えると思うんですけれども。」

諒さん 「コルビュジエのモダニズム建築は、日本の建築にはどのような影響を与えたんですか?」

伊東さん 「前川国男さんと、坂倉準三さん、それから吉阪隆正という3人の建築家がコルビュジエのアトリエに行って勉強してきたんです。それを持ち帰ってきて日本で広めたということもあって、その後、50年代、60年代から日本では、モダニズムの建築が非常にはやったんですね。」

日本のモダニズム建築
  • 国立代々木競技場
  • ワイヤーを通し屋根をつるしている

日本を代表するモダニズム建築の一つが、丹下健三が設計した「国立代々木競技場」です。
特徴は、緩やかなカーブを描く屋根。
吊り橋のように2本の支柱をたてて、ワイヤーを通し、屋根をつるしているのです。
当時、他に類を見ない最先端の技術が使われ、この優美な曲線は、世界から高い評価を受けました。

  • 柱は一つもない

中に入ると、視界を遮る柱は一つもありません。
どこの席からも、競技が見やすく、
会場全体の一体感が生まれやすい構造になっています。

諒さん 「どこの席にいても競技も見やすいですし、コンサートとかライブとかあっても、声援がダイレクトに伝わりますよね。」

伊東さん 「そうですね。両側から向かい合って、中心に向かって集中力を高められるような作り方になっていますね。」

諒さん 「ただ建築するだけじゃなくて、その中で使う人たちの、機能性とかもすごくデザインされているのが、すばらしいなと思いました。」

伊東さん 「コルビュジエもそうだったんですけど、どこにいても居心地がよくないといけない。そのことは建築家にとって大切なことですね。」

モダニズムからポストモダンへ
  • M2

1960年代、高度経済成長が進む一方、公害や環境破壊などが、大きな問題になり、機能性・合理性を追い求めてきた近代の価値観に、疑いの目が向けられ始めます。
すると、建築にも変化があらわれます。
モダニズム建築から、ポストモダン建築へ。
1991年に建てられたこの建物。
モチーフはギリシャ神殿です。
ポストモダン建築は、歴史的な建築様式を引用し、モダニズム建築が否定した装飾性や象徴性を、さまざまな形で取り入れていったのです。

ポストモダン建築とは
  • 時代によって美しさの基準や価値は変わる

諒さん 「今のポストモダン建築っていうのは、なんか、映画のセットのような。」

伊東さん 「セットという言葉がぴったりだと思うんですよね。日本が工業化の社会から消費社会に移っていったということと、大きな関係があると思うんですけれども。その建築も、ほかのものと同じように消費される対象になった。機能的ですべてが合理的でできているモダニズムの建築に飽きてしまって。もっと地域の伝統、地域の特色、あるいは歴史ですね。あらゆる世界の歴史を建築にセットのように入れ込んでつくっていこう、というような建築が、バブルの時代にすごく流行りました。」

諒さん 「時代によって、美しさの基準や価値が変わっていくものなんだなと思いました。」

作品を見る
  • ロンシャンの礼拝堂
  • ロンシャンの礼拝堂の中

何の形に見える?

どのポジションから見るのが好き? 

それはなぜ?

中に入ってみよう。

どんな気持ちになる?

震災と向き合う 建築家・伊東豊雄さん
  • みんなの家
  • 町のコミュニティが再生し始めた

2011年3月11日。
東日本大震災は、伊東さんが自分自身の建築を見直す、大きな出来事でした。

伊東さん 「自分が作っている建築というのは、本当にこれ、建築なんだろうかというぐらいのところまで問い直さないと。」

震災から3か月後、建築家としてできることはないかと、仮設住宅で暮らす人々の声に耳を傾けました。
そして作ったのが「みんなの家」です。
これまでの都会的なデザインとはうってかわった古民家のような建物。

伊東さん 「被災者の方たちが、みんなの家を作ってくれるんだったら、土間がいいとか、縁側があるといいとか、ひさしがあるといいとか。それは僕らが切り捨ててきたものなんですね。もう一度、自分たちのこれからの建築を考え直すっていうことは、すごく意味があるなと思い始めたわけですね。」

人々が、「みんなの家」に集まり始めました。
おばあちゃんたちは、ザブトンを縫い上げました。
薪を入れる箱を作った人も。
震災によって壊された、町のコミュニティが再生し始めたのです。

その後、伊東さんは被災した各地に「みんなの家」を作ります。
その多くは、今でも復興の拠点として大切に使われています。

建築が持つ力
  • 建築には人の暮らしを変える力がある

諒さん 「震災で、気持ちがみなさん沈んでいたりとかはあったと思うんですけど、一つのみんなの家っていう建物から、みんながすごい明るくなって、建築の力って、その人の暮らしも変えてしまう、すごいパワーがあると思いました。」

伊東さん 「あの人たちにとっては、仮設住宅というのは小さな箱で、自分の家が戻ってきたようには思わなかったわけです。その中に小さくても木造のみんなの家を作った時に、初めて彼らは、“家が帰ってきた”と思ってくれたんですね。
僕らの考えていた建築は都市の建築だったんじゃないか。僕らの考えた建築をもう一回再考しないとダメだなということを強く感じました。」

これからの建築
  • みんなの森ぎふメディアコスモス
  • グローブ

伊東さんが、震災後に手掛けた建築「みんなの森 ぎふメディアコスモス」。
図書館のほか、カフェやギャラリーなどもある複合施設です。

伊東さん 「今まで、機能主義の建築では、図書館は本を読むところ、美術館は絵を見るところ、というように、はっきり目的が分かれていたんですね。そうではなくて、もう図書館も本を読みに行くだけではなくて、いろんな人に会いに行くとか。そういう小さなコミュニティ。僕が被災地で、みんなの家を作ったことによって学習したこと、そのことをこういう公共建築で応用して、みんなが集まって何かここから始まるような、そういう建築を作りたいんですよ。」

そしてもう一つ、伊東さんが強くこだわったのが、この傘のような「グローブ」(画像・右)。
天井からさしこむ光を拡散させ、室内を明るく照らします。
さらに、室内の空気を集めてグローブの天井から排出することで、広い屋内に自然な風の流れが生まれます。
快適な空間を作り出す、重要な役割を果たしているのです。

伊東さん 「この下が一番、本を読むには最適な場所になっている。建築の中にいるけれども、自然の中にいるような。」

諒さん 「モダニズム建築の時って、人工物とかを使っていたけど…。だんだんと、最先端の技術は使っているけど、少しずつまた自然に戻っていっている感じがありますよね。」

そうなんです。“最先端の技術を使っている”とおっしゃったことが非常に重要なことで、その技術を使って決してただの昔に戻るんじゃなくて、最先端の技術を使うことによって、自然ともう一回親密な関係を結ぶような建築ができるような時代になりつつある、そのことを徹底的に追究していきたいと思いますね。」

美しい建築とは
  • 美しい建築とは

諒さん 「いろんな技術とか考えがあるんだなと思いましたし、みんなの家っみたいに、その家を使う人たちがどんどん変化させていくっていうのが面白いなと思いました。」

では、諒さんが考える、美しい建築とは?

諒さん 「木材が使われていて、自然と共存している建物が美しいなと思います。」

みなさんも、ぜひ考えてみてくださいね。
それでは次回もお楽しみに!

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