NHK高校講座

日本史

今回の学習

第40回 第5章 現代の世界と日本

激変する世界と日本

  • 監修講師:東京都立立川高等学校教諭 武藤正人
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激変する世界と日本

歴史を語り合う茶屋、歴カフェ。
日本史が大好きな店員、小日向えりさんのもと、歴史好きの平野詩乃さん、市瀬悠也さんが集まってきました。

今回は、昭和後期から平成、令和まで。
1970年代以降、日本はたび重なる不況を技術革新などによって乗り越え、経済大国になります。
しかし現在、さまざまな課題を抱えています。
今回のテーマに迫る3つのポイントは「ソ連の解体と55年体制の終幕」「長引く不況と構造改革」「現在の世界と日本」
激変する世界の中で、日本はどのような役割を果たすべきなのでしょうか。

えり 「今回取り上げるのは、ちょうど私の親世代かな。バブルの時代です。」

悠也 「ファッションとか音楽が、最近また注目されているから、どんな時代だったのか気になるな。」

えり 「まずは、1980年代から90年代の政治を中心に振り返っていきましょう。世界が大転換した時代でした。」

ソ連の解体と55年体制の終幕

1980年代、ソ連は東西冷戦によって増大した軍事費のために、経済がひっ迫していました。
そうした中、1985年にソ連で「ゴルバチョフ政権」が誕生。
政治や経済などの改革「ペレストロイカ」を推し進めます。
改革の波は、ポーランドなど東ヨーロッパ諸国にも広がり、民主化の動きが進みました。

1989年11月。
ドイツでは、東西ベルリンを隔てていたベルリンの壁が、市民の手で壊されます。
その直後の12月、地中海のマルタ島で、アメリカのブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ書記長の会談が実現。
44年間にわたる東西冷戦の終結を宣言しました。
1990年には、東西に分裂していたドイツが統一
その翌年にはソ連が解体。
新たに、ロシア連邦をはじめとする12の国家で構成される、「独立国家共同体(CIS)」が生まれました。

世界各国で社会主義体制が崩壊したことは、日本にも強い影響を与えます。
社会党が勢力を失い、1955年以来続いていた保守と革新の対立、つまり自民党と社会党の対立構造に揺らぎが生じたのです。
さらに、竹下登(たけしたのぼる)内閣におけるリクルート疑惑、宮沢喜一(みやざわきいち)内閣における佐川急便グループ事件など、自民党の幹部が金銭授受に関与した大きな事件が発覚。
政権与党の自民党も、国民の信用を失いました。
自民党内部でも執行部に対する反発から内紛が起こり、党は分裂。
1993年の総選挙で、自民党は惨敗。
日本新党(にほんしんとう)の細川護煕(ほそかわもりひろ)を首相とする、8党派からなる連立内閣が成立しました。

38年にわたる自民党の長期政権は終わり、55年体制は崩壊したのです。

悠也 「8党の連立政権ってすごいよね。そんなに集まっていると、意見とかまとまらなさそう。」

えり 「細川内閣は、9か月足らずの短命政権でした。そのあと現在に至るまで、ひとつの政党による単独政権は誕生していません。」

詩乃 「支持政党がない『無党派層』っていうのが増えて、選挙ごとに結果が大きく変わるようになったんだね。」

えり 「短い期間で総理大臣が次々と変わって、政権は不安定になりました。では、次は経済に注目してみましょう。」

長引く不況と構造改革

1960年代、日本はめざましい経済成長を遂げていました。
しかし1973年、ある大きな出来事が日本を襲います。

第4次中東戦争、勃発。
アラブ産油国が石油生産を減らし、輸出制限と価格の引き上げを行ったため、原油価格は4倍に跳ね上がりました。
「第1次石油ショック」です。
日本は、石油不足と激しい物価高騰で工業生産が低下。
不況に陥りました。
そして1974年、実質経済成長率が戦後初めてマイナスとなります。
高度経済成長の時代は終わったのです。

日本企業は国際競争力をつけて不況を乗り切ろうと、コンピューターやロボットを導入して「技術革新」を行います。
1980年代に入ると、高品質・低価格を達成した日本の工業製品は世界中に進出。
貿易黒字が増大し、不況を脱しました。
しかし、自動車輸出が大きく増えたことで、アメリカの自動車産業が窮地に立たされます。

日本は失業まで輸出していると非難され、日米間で厳しい「貿易摩擦」が発生。
1985年、日本は貿易黒字を減らすため、「ドル安・円高」へ転じることを各国から要請されました。
この結果、急速に円高となり、輸出中心の中小企業から悲鳴が上がります。
「円高不況」が始まりました。
しかし、この円高の影響で輸入原材料の価格が低下し、内需が拡大。
また、工場を人件費の安い海外へ移転。
円高が、日本企業の海外進出や「多国籍企業化」を促しました。
こうして、日本はまたもや不況を乗り越えたのです。

「バブル経済」の始まり。
町はぜいたくムードであふれていました。
多くの企業は、大幅な貿易黒字によって生じた利益や余剰資金で、土地や株式を購入。
そのため、1987年頃から土地や株式の価格が、泡が膨らむように上昇しました。
しかし1991年に入ると、株価や地価は下落。
バブル経済の崩壊です。
企業の倒産、金融機関の経営破綻が相次ぎました。
日本経済は、このあと長期不況に苦しみます。

2001年、小泉純一郎内閣が成立。
変革を求める国民からの高い支持のもと「聖域なき構造改革」を掲げて、郵政民営化や労働者派遣法などの「規制緩和」で、経済の活性化をはかりました。

景気はある程度回復したものの、新たな課題が生まれました。
規制緩和によって、派遣労働など不安定な雇用が増加。
国民の間で経済格差が拡大してしまったのです。

現在の世界と日本

今回教えてくださるのは、武藤正人先生です。

えり 「現在、日本が抱えている課題、どういうものがあるでしょうか?」

武藤先生 「本当にさまざまな課題があるかと思います。
まずひとつめが、少子高齢化による人口減少。これはとても大きな課題です。なぜかというと、少子高齢化が進むと医療費などの社会保障費が増える一方で、人口が減って介護人材が不足するなど、高齢者を支えることが難しくなってしまうからですね。
さらに労働力不足によって、長時間労働など、さまざまな労働問題も指摘されていますよね。
また、経済の格差や地域間での格差といった、格差の問題も深刻です。
それから、国籍や生まれ、性別などによる差別の問題もあるかと思います。
さらにはですね、エネルギー問題や環境問題といった世界的な問題についても考えなければいけないかなと思います。」

えり 「特に2人が気になる課題ってありますか?」

悠也 「僕は、エネルギー問題かな。
震災のときに、福島で原発事故が起きて、そのとき僕も計画停電を経験したんだけど、今後、原子力だけに頼らずにどうやってエネルギーを確保していくのか、自分たちの暮らしに直接関わることだから、気になるな。」

2011年、東京電力・福島第一原子力発電所で事故が起きました。
東日本大震災で放射性物質が漏れ出す、世界最悪レベルの事故でした。
この事故をきっかけに、日本の電力のおよそ30%を担っていた原子力発電所が停止される事態になりました。
足りなくなった電力は、主に火力発電で作られることになりました。

しかし、火力発電は温室効果ガス、二酸化炭素を大量に排出します。
今、世界各地で起きている異常気象や海面上昇。
これらは、大気中の温室効果ガスの濃度が急激に増え、地球の平均気温が上昇していることが原因だと考えられているのです。

原子力や火力に頼らないエネルギー政策をどのように進めていくのか、日本の取り組みに世界が注目しています。


悠也 「安全で効率的で、なおかつ環境にも優しい発電方法が、今求められているんだね。」

詩乃 「うん、これからもずっと続けていけるような、持続可能な発電方法が開発されたらいいですよね。」

えり 「詩乃さんが特に気になっている課題はありますか?」

詩乃 「私が特に気になっているのは、国際協力のことです。
アフガニスタンで現地の人のために働いていた中村医師が、銃撃されて亡くなった事件がありましたよね。
あのときにすごく、亡くなったことが悲しくて残念だったんですけど、現地の人たちにすごく感謝されているのを見て、私も世界の人のために何かできることはないかなって思うことがありました。」

2001年、アメリカで、旅客機が立て続けにビルに激突した、同時多発テロ事件が発生しました。
アメリカなどは、テロ事件の首謀者オサマ・ビンラディンの潜伏先とされた、アフガニスタンを報復攻撃。
医師の中村哲さんは、そのアフガニスタンで1983年から医療支援を行ってきました。
しかし自らの力の限界を知ることになったといいます。
干ばつにより水不足が深刻化し、多くの子どもたちが命を落としていたのです。

中村哲さん 「水が汚い。下痢なんかで簡単に子どもが死んでいくわけですよね。そういう状態を改善すれば、医者を100人連れてくるより水路1本作ったほうがいいんですね。」

そこで2003年、中村さんは新たな活動を始めます。
川の水を引き込む用水路を作ることにしたのです。
次第に、反政府武装勢力・タリバンの戦闘員だった人も、アメリカ軍に雇われていた人も武器をつるはしに持ち替え、協力するようになりました。

しかし、アメリカはアフガニスタンへの空爆を継続。
一方、タリバンも爆弾テロなどで対抗。
治安は一段と悪化していきました。
日本の自衛隊はテロとの戦いの一環として、インド洋でアメリカ軍の艦船に給油の支援を行いました。
安全につながると、中村さんたちが車につけてきた日の丸。
かえって危険を招くと感じ、消すようになりました。
建設から7年。
およそ26キロの用水路が完成。
砂漠だった土地を水が潤し、緑一面の麦畑に変わりました。

―――――――――
「日本だけが何もしないで良いのか。国際的な孤児になる」ということを耳にします。
だが、今熟考すべきは「先ず何をしたらいけないか」です。
民衆の半分が飢えている状態を放置して「国際協調」も「対テロ戦争」もうつろに響きます。
(ペシャワール会 会報より)
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詩乃 「日本人として何ができるのか、考えさせられるよね。小さいことでも行動に移すことで、どんどんその波が世界中に広がって、少しでも平和になるんじゃないかなと思います。」

悠也 「武力に武力でもって解決するんじゃなくて、中村さんのような活動こそが本当の平和をもたらすんじゃないかなって思いました。」

武藤先生 「本当にそう思います。アメリカ同時多発テロ事件以来、テロの脅威は世界に広がって、国際社会が協力して対処することが必要になっていますよね。
日本がこれからどのように国際貢献を果たすのか、今後の重要な課題ですよね。

日本史を学ぶ意義

えり 「さて現代の課題まで考えてきましたが、1年間、一緒に日本史を学んできて、どうだったかな?」

悠也 「今、こうして僕たちが生きている社会は、今までいろんな人がさまざまな活躍をしたことでできているものであって、いざ次に自分たちが歴史の1ページになるってなったときに、後世に自信を持って残せるような歴史をつくっていきたいなと思いました。」

詩乃 「これからグローバル化していく中で、海外のことを知ることも増えると思うんですよ。そのときに、自分の国のことを知らないと海外のことは理解できないと思うので、自分たちがたどってきた、自分たちの国の歴史をしっかりと踏まえた上で、世界に生かしていけたらいいなと思います。」

武藤先生 「私たちの社会には、解決しなければいけない課題がたくさんあると思うんですよね。そのときに、課題のルーツをさかのぼって歴史的な視点で考えたりとか、さまざまな立場に立って考えたりする、ということが必要ですよね。歴史を学ぶ意義というのは、そういうところにもあるんじゃないでしょうかね。」

えり 「そうですよね。歴史を学べば、今の課題とかもクリアに見えてきますよね。」


1年間ありがとうございました!

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