くう ねる あそぶ こども応援宣言

001_shibata_0705_R.jpg保育施設「りんごの木」代表・柴田愛子

地域の中には子どもの群れがあり、おとなは入れない子ども社会が存在していました。日暮れどき、「ご飯ですよー」のお母さん達の声で我が家へと散っていきました。柱にはきょうだいの背を測った傷があり、壁には自慢のいたずら書きがあり、障子や襖は遊びの傷跡が残されていました。わいわいと風呂に入り、布団が敷き詰められた部屋で重なり合うように寝ました。
これは私が育った、昭和20〜30年代の子どもの姿です。「食う、寝る、あそぶ」それだけのシンプルな子ども時代です。

時代の流れの中で子どもの環境も大きく変化してきました。
食べものは豊かになり、親は栄養を考え、子どもたちは「食べさせられる」ようになりました。お総菜やお弁当も手軽に手に入ります。保育園で夕飯を食べる子どもたちもいます。かつての家庭の味、おふくろの味はなくなりつつあります。
遊び疲れてバタンキューと寝るとはいかなくなりました。身体より頭を使う時間が多く、明かりは夜を遮っています。公園は禁止事項が多くなり、空き地はすべて囲われ、立ち入り禁止。自由にあそべる場所が少なくなりました。子どもはいつもおとなの誰かの責任下に置かれる存在になりました。


001_shibata_0769_R.jpgこうたどってみると、日常の子どもたちの暮らしは、決して豊かになったとは言えません。でも、一人ひとりの子どもに目を移すと、子どもはどんな時代であっても今をありったけ生きています。私は45年保育をしてきましたが、いつも新しい発見があり、子どもって面白いと思い続けています。
生け垣の裏に入ってダンゴムシを捕まえています。叱られつつも棒を集めて抱え込んでいます。クワガタは今でも人気です。木の根を掘っている子に「何しているの?」と聞くと「お芋があるみたいなの、あとで食べようね」。マンションの下の珍しい虫も見つけてきます。都会の中にあっても子どもたちには、ちゃんと自然が存在しています。物を取り合ってけんかもします。友だち関係を積み重ね、自分だけではなく人の気持ちに気づきます。泣く子がいれば背中をさすって慰めます。おとな顔負けの感性の豊かさは健在です。


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人の誕生が昔から同じであるように、人としての育ちは同じなのです。子どもは変わらないのです。かつてはだれだって子どもでした。子どもを眺めるゆとりがあれば、自分の中の子ども心が、実は根っこになって育って来たことに気づくでしょう。子どもが子ども時代を豊かに過ごせるように応援していくのは、豊かなおとなを育てることにもなるのではないでしょうか。


柴田愛子さん
保育施設「りんごの木子どもクラブ」代表
40年にわたり、子どもたちを見守っている。「子どもの気持ちに添う保育」がモットーで、遊びを通して子どもの豊かな育ちを育む保育を実践し、親たちや保育者に向けた講演会や著書でもその思いを伝えている。