くう ねる あそぶ こども応援宣言

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豊島子どもWAKUWAKUネットワーク理事長 栗林知絵子さん

長男が小学校に入学した頃、私は不安でいっぱいでした。下校するとランドセルを急いで降ろし遊びに行き、6時に鳴り響くお帰りチャイムを聞いて、元気いっぱいに帰ってきます。いっぱい遊んで成長してほしい気持ちと裏腹に、ひとりで遊びに行く長男が心配でした。

そんな時、先輩ママの「地域の子どもに声をかけなさい。皆が声を掛け合う地域なら、誰かがあなたの子もきっと見守っているから」の一言が、親バカスイッチを押しました。私は長男の安全を祈るあまり、地域の子どもに声をかけまくるようになったのですが、毎回挨拶を交わすうち地域の子どもと知っている関係になりました。すると、わが子同様にみんなが可愛くなりました!不思議ですね。

 

私が子どもの頃は、近所に“おせっかいさん”がたくさんいました。家から小学校まで40分かかりますので下校後、校庭には遊びに行きません。玄関を出たらそこが遊び場でした。道や線路脇の土手や空き地で、近所の子と遊びました。おとなの目がない中で、他愛もない競争やスリルある遊びや、虫やカエルを捕まえて遊びました。

夕方、遠くの方から「ぷー」と自転車に乗った豆腐屋さんのラッパが聞こえると、母や近所のおばちゃんが豆腐を入れるボールを手に、外に出てきます。そのへんで遊んでいる私たちも寄ってきて、家の前ではしばらく賑やかな時間が流れていました。
私の子ども時代は、日常の暮らしが遊びで、知っている大人に大事にされる環境が、町に備わっていました。あの頃の豊かな原体験は、私の宝物です。

今の子どもたちにも、心の宝物を持って成長してほしいと思い、私が地域で遊び場づくり(池袋本町プレーパーク:豊島区主催)に関わったのは2004年のことでした。
それから13年経った今、「遊ぶ」だけでなく「食う」「寝る」環境までもが十分でない子どもが少なくないと、実感しています。


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子どもの貧困が6人に1人と言われていますが、実際みなさんの近所に思い当たる子はいますでしょうか?子どもに接点や関心がなければ、全く見えません。見えないことは、ないものにされてしまいます。「うちの町にはそんな子はいない」と。他方「見えないけれど、安心して育つ環境が充分でない子がいるなら、何かしたい」と考えるおせっかいさんもたくさんいます。私の周辺では、そんなおせっかいさんが緩やかにつながり、子どもの困りごとを聴き、ニーズにあった居場所を創出してきました。

具体的には遊び場に来る子が「勉強苦手」とつぶやいたことから「無料学習支援」を。無料学習支援で「夕飯はひとりでコンビニ弁当食べる」の声を聴き、子ども食堂ができました。さらに「遠いから行けないな」と聴き、無料学習支援や子ども食堂が、あちこちにできました。(次々に、まちにプラットフォームができていくようです)現在、子も食堂は全国に500か所以上あると推測します。1か所に20人が関わると10000人のおせっかいさんが、子どもを温かいまなざしで包みます。

「くうねるあそぶ」の「寝る」環境、つまり家庭環境をよくするには親への支援が必要です。10000人のおせっかいさんが、子ども同様、ママパパも温かいまなざしで包んでほしいです。知っているママの困りごとはほっとけませんよね。そこから次は、ひとり親支援のニーズが見えてくると思います。
また10000人のおせっかいさんが、子どもの声に寄り添うと、多くの子どもがワクワクする遊び環境、放課後やぼーっとする時間までもが奪われている現状が見えてくるでしょう。「やりたい!」遊びに夢中になり、町で異年齢が群れて遊ぶ経験は、多様性を尊重し民主的な未来をつくる基盤づくりです。ですから「遊ぶ」環境づくりは緊急に取り組む課題ではないでしょうか。

「くうねるあそぶ」はどれも大事ですが、「大事にされなければ、人を信頼できないよ。助けてって言えないよ。人も自分も大事にできないよ」と、子どもは教えてくれました。ひとりひとりは無力ですが、こうしてつながったみなさんと「今、私たちにできること」を考え行動したいです。



栗林知絵子さん
NPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワーク理事長 
2004年より池袋本町プレーパークの運営に携わる。12年、豊島子どもWAKUWAKUネットワーク設立。小中学生を対象とした「無料学習支援」や「子ども食堂」を初め、親の帰りが遅い子どものための「夜の児童館」などの活動を続けている。