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子どもサポートネット > リレーインタビュー > 第21回「白梅学園大学学長 汐見 稔幸さん」

リレーインタビュー

2011年4月25日

第21回「白梅学園大学学長 汐見 稔幸さん」

今回は番組にも多数ご出演いただいた汐見稔幸先生にお話を伺いました。

■平等ってなんだろう?

──先生は教育の世界に入られて40年ちかくになります。

汐見「そうなりますね。私はもともと宇宙工学に進むつもりだったんです。でも高校のころ学校になじめなくてね。私が育った地域では、中学を卒業後すぐ就職する人が多く、私の友だちにも多かった。家が貧しい子どもは進学できない。これまで一緒に遊んでいた仲間なのにこの年齢で人生が分かれて行くのを感じました。自分は進学校に進んだのですが、複雑な気持ちでした。自分の立身出世のために一生懸命になれなかった。人間はどうしてこんなに出自や育ちによって差がつくんだろう?人間は平等なんだろうか?平等ってなんだろう?という問いにとりつかれた感じでした」

──高校生のことに"気づき"があってから今日に至るまで、社会の変化をどのようにご覧になっていますか?

汐見「人間はいろんな差を持たされて生まれて来るのが現実。でも、死ぬときに、生きてきてよかったと思える量が平等になるように社会を作っていくのが人間の責務。私などはそう思うのですが、でも幸せになれるかは本人の努力次第なのだと考える人たちも多くいる。現実はそのせめぎ合いになっているように思います。

昔の方が平等であったかというと、そんな簡単ではないと思います。昔は絶対的な貧しさがあった。だから支え合いができた面がある。今は経済的には以前より豊かだけど、平均値が上がった結果、下の人を支え合わねばという意識が後退したように思います。昔と単純に比較はできないけれど、政治、経済、教育、福祉が"平等なしあわせ"の方向に向かっているかというと、決してそうとは言えないでしょう」

■『放牧』と『仕事』

──その弊害が子どもサポートネットで取り上げてきた親子の問題に顕著に現れていると思うのですが、先の「せめぎ合い」が、親子の問題に限って言うとどのように影響していると思われますか?

汐見「現代の家族が歴史的に見ると極めて特殊であるということと関わっていると思います。これまでは皆が支え合わなければ生きていけなかった。小さな家族の上には親類縁者の大きな家族があって、皆でいろんなことを助け合ってきた。子育てもその中にありました。しかし資本主義が進んで分業と会社の論理が家庭の中に入り込んできた。単身赴任、転勤、職を得るために郷里を離れる。そうして共同体が崩壊し、個の時代になったわけです。いわゆる核家族化ですね。

核家族は人類が初めて経験する家族形態です。これまでは子どもの上に大きな家族という傘があった。でも今は夫婦と子どもしかいない。いてもおじいちゃんおばあちゃんだけ。家族というのは人間の基本的な営みをするための最小単位です。大きな傘があろうが核家族になろうが、健康管理のための項目、衣食住を守るための項目数は変わりません。現在はいろんな項目がアウトソーシングできるようになりました。例えば、洗濯はクリーニング、食事は外食、介護もお金を払ってやってもらうというように。だけど、子どもに関することだけはアウトソーシングできないんですよ。

かつては大きな家族の元で子育てがなされていた時代は、逆に子育てがアウトソーシングできていた。子どもたちは隣近所に自由に出入りして面倒を見てもらっていたし、走り回って遊ぶことで自然と健やかな体を作っていた。集団で遊ぶことで自然と社会性を身につけていたし、群れて遊ぶ中で挑戦する心、冒険心、達成感を学んでいました。つまり『放牧』できていた。

それから、かつての子どもたちは家の仕事を手伝っていました。この仕事を手伝うというのはものすごく子どもを育てました。毎日同じことをやらされることで、子どもなりに工夫をするようになる。責任感も生まれます。

この『放牧』と『仕事』は子どもを上手に育てる方程式だった。この二つは人生を生きていく上で必要となるメンタリティを自然に育てました。それが今はふたつともなくなってしまったんです。だから。頭・体・心、それら全てを親が、特に母親ですね、意識的に育てなければならなくなった」

■現代版の放牧環境を作っていくしかない

──家族の形態が変わったことが最たる問題だと?

汐見「家族の形態が変わってしまったのは仕方がありません。ただ、家族形態がどう変わろうと、子どもを育てる基本方程式は『仕事』と『放牧』であることは変わらないと思うのです。人類の知恵ですから。だから、現代風に放牧と仕事ができる場所を作っていく、そういう工夫を社会がしていく必要があると思います。

例えば、子どもが生まれたら保育園側が『いつでも赤ちゃん連れてきていいわよ』と言ってあげる。そうすれば赤ちゃんたちはそこで小さく放牧される。お母さんたちはおしゃべりをしているうちに大家族的になっていくでしょう。保育士さんたちがおばあちゃんの知恵袋のような存在になる。そういう場所を例外なく全ての親に持ってもらう。そういう社会作り、町作りが今必要なのだと思います」

──そうした社会作り、町づくりのために必要なことは?

汐見「必要なことはいろいろあります。例えば、子どもたちが群れて遊ぶためには原っぱが必要ですが、今はその原っぱがない。すでに建っているマンションを壊すわけにもいきませんから、今ある保育園や幼稚園、児童公園といった場所を、子ども達が自由に遊べて、大きな声を出してもよくて、ある程度の冒険ができるようにアレンジしていく。そして大人たちがちゃんとそれを見守る。そういう現代版の放牧環境を作っていくしかない」

■育児を社会化していく

──大きな傘を、地縁血縁をはずして人工的に作っていくと。

汐見「そう、"人工的に"です。地縁血縁には簡単には戻せない。だからそれにより変わって"社縁(社会の縁)"みたいなね。仲間の"仲縁"とかね。どこかで結びつかないと。孤立した核家族単体で子どもを育てていくのはムリです。中にはスムーズにできる人もいるかもしれない。でも全ての人にそれを求めるのはムリなんですよ。

今回、国が『子ども・子育て新システム』に着手したのは、これまでのシステムではもう通用しないと悟ったからとみています。私の言葉で言うと、『放牧』と『仕事』がなくなったのだから、それを社会がお金を出してやるということ。育児を社会化していくということです」

──育児の社会化に足りていないのは?

汐見「全て足りていないです。例えばお金。今や原っぱひとつ作るのにも相当なお金がかかります。でもだからといってそれをやらないのは、次世代に育たなくていいと言っているのと同じことです。自分たちの将来を繋げていくには、この地球がいかに危機にさらされているかを理解し、そして良い方向に向かうよう知恵をしぼることのできる人間を育てていくしかないんですよ。それが今や大変にお金のかかることになってしまった。原っぱの話に戻りますが、昔はタダだったかもしれない。でも今は違う。そのことをみな理解していない。かつて地縁血縁の上に成り立っていた無料のシステムが今はもうないんです。だから社会がお金を出し合って、それに変わるシステムを作るしかない。

『放牧』と『仕事』の環境というのは、子どもに対しておせっかいを焼き過ぎちゃいけないわけです。でも昔いたようなガキ大将はもういません。それなら、おもしろい遊びに誘ってくれるような、そういう専門家が必要になる。あれこれ指示するのではなく、子どもに『おもしろそう!』と思わせる役割を担う人ですね。子どもを教育する立場の人も壇上で教えるだけでなく、徐々にファシリテイトする(※円滑に進むように促す)、コーディネートする、コーチするというように、時代に合わせて役割を発展させていかなくちゃならない。

つまり、育児を社会化していくには放牧の場が必要。そしてそこには今の状況をよくわかって、子どもの何を育てていくべきなのかをちゃんと理解している、しかも教えるスキルをしっかり持っている、そういうプロがたくさんいなければならないわけです。

そういう専門家になるのは、さしあたりは今の保育士であり幼稚園の先生であろうと思います。0~3歳はとても大切な時期です。生きることの楽しさ、こんなこともできる!という気持ち、そういう想いをどの子どもにもちゃんと経験させてあげようと思ったら、教科書に沿って勉強を教えるよりよっぽど難しいですよ。そういうことをもっとやれる力をもった先生を幼児教育の現場にたくさん配置するべきです」

■子育てには臨機応変力が必要

──話が少し逸れますが、親子支援の必要性が認識されていくのと反比例して虐待の件数は増加の一途を辿っています。この状況をどうご覧になっておられますか?

汐見「今いろんな支援が立ち上がっているし、現場の人たちは一生懸命お母さんたちに働きかけています。虐待が悪化しているのは確かだけど、一方で"ここで食い止めてる"とも言えると思います。せめぎ合いですね。

今の若い親の世代はざっくばらんに人間関係を築くことが苦手になっています。遊びの中で訓練されていない。だから他人に対して必要以上に気を遣っていますし、同じ理由で臨機応変力の訓練が足りない。子ども時代に群れて遊んでいれば、思う通りに行かないことなんて山ほどあって、これがないからこれを使おうとか、ああなったからこうしてみようとか、臨機応変にやるのが遊びの醍醐味だったりする。今の若い親たちはそういうことをあまり経験してこなかったんでしょうね」

──その必要な部分が育っていない、と。

汐見「子育てには臨機応変力が必要です。何をするかわからないのが子どもなんです。そういう意味では、今のお母さん世代が受けた教育は育児向けじゃなかったと言えますね」

──とはいえ、そう育ってきた親たちを今から変えることはできない。

汐見「親をダメだダメだといっていては支援になりません。うまくできないとしても親の責任ではないのです。逆に親を上手に肯定していく子育て支援が必要なんです。子育て支援というのは、親が本人の人生を肯定し直すのを手伝うことでもあります。『だからだめなんだ』ではなくて『だからいいんだ』と思えるように、過去の評価をし直していく。これが子育て支援の仕事なのではないかと思います」

■高度な専門性が必要

──それこそ専門性が必要ですね。

汐見「本当のプロじゃないとできないと思います。『親なんだから~してあげなきゃ!』なんて絶対に言っちゃいけない。『やっぱり私はだめなんだ』と自信を失わせてしまう。『お母さん、いいね!』と自信を持たせていく。『ありのままのお母さんでいいのよ』というふうにお母さんの自尊感情や臨機応変力を上げていく。それと同時に子どもの育ちの環境を整えていく。高度な専門性が必要です」

──親に接するにしろ子どもに接するにしろ、専門性が問われていると。

汐見「そうです。ものすごく専門性がいる。でもまだ単なる子守りだと思っている人も多い。保育士はプロなんですよ。どう抱っこするか、それひとつとってもちゃんと考えられている。しかしその専門性というのは数字で表すことができません。だから彼らがプロフェッショナルであることは非常に理解されにくい」

──子育て支援における専門性の必要はもっと知られてしかるべきだと。

汐見「介護は今や仕事として認知されていますが、30~40年前には考えられないことでした。60~70年前には保育で給料がもらえるようになるなんて考えられなかった。時代毎に必要な新しい仕事が出てくる。昔は、子育ては親しい人たちに助けてもらえば済む話だった。でも今や他人に支えてもらわなければならない。しかも心のケアも含めて。そういう支える人たちに対して、社会はちゃんと報酬を払わなくてはならないんです。でも子育て支援の仕事に給料を払わなくてはと思っている人はまだまだ少ないです。

『子ども・子育て新システム』では、『すべての子ども・子育て家庭に必要な良質のサービスを提供』と第一義的にうたわれています。"良質な"というのはどういうことかというと、子どもが必要としていることに的確に対応できる、親のニーズを見抜いてケアすることができるということです。つまり、子育て支援や保育の仕事に非常に高度な専門性が必要ということの論拠ができたわけです。私自身、これからはもっともっと『子育て支援や保育の仕事はプロだ』と広く言っていく必要があると思っています」

編集後記
3月11日のあの日から、早くも1ヶ月以上が過ぎました。被災地の皆様には心からお見舞い申し上げます。

先日、続々と届く震災や福島原発のニュースの中に、「男児袋入れ窒息死 母親ら逮捕」という一報を見つけました。本当にやるせなくて、涙が出ました。こんな状況下でも、虐待によって命を奪われる子どもがいるということを私たちは忘れてはならないと思います。

未曾有の震災で国の行方は不透明です。経済的にも明るくはない。この二年間「子どもサポートネット」で学んだ事柄に照らし合わせると、この状況は親子を取り巻く環境としてはマイナス要因になる可能性があります。だからこそ、私たちは子どもたちにより一層目を配らなくてはならない。テレビに映る被災地の子どもたちの姿に励まされた方々も多いことでしょう。私もそのひとりです。子どもは希望なのだと心の底から思いました。

汐見先生にお話を伺ったのは震災の前でした。しかし先生の言う「育児の社会化」は、こんな時だからこそ為されるべきだと思います。大きな支え合いが必要な今こそ、社会全体で子どもを見守り、育てなければ。

まずは小さなことからでもいいと思います。子どもに、親子に、やさしい気持ちを向ける。困っていたら手をさしのべる。声をかける。それだけで小さな"縁"が生まれる。何もしなければ何も生まれない。小さな縁が連なれば、やがて先生のおっしゃるところの"社縁"になるかもしれません。

「リレーインタビュー」は今回を持ちまして最終回となります。この二年間、多くの方々にお話を伺ってきました。インタビューに応えてくださったみなさま方、そしてお読み頂いたみなさま方に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

ライター 鍛冶 紀子


▼ 汐見 稔幸さんプロフィール
1947年生まれ。"クレヨンしんちゃん"は最高の子育ての教科書だ!といったユニークな子育て論、教育論を展開することでも知られる教育学者。
東京大学大学院教育学研究科教授を経て、2007年10月より白梅学園大学学長に就任。
自らの三人の子どもの育児体験から、父親の育児参加を呼びかけている。
著書に『0~3歳 能力を育てる 好奇心を引き出す』『3~6歳 能力を伸ばす 個性を光らせる』『小学生 学力を伸ばす 生きる力を育てる』いずれも主婦の友社など多数。