南海トラフ巨大地震 “籠城”へ医療の挑戦
(2022年12月21日 / 伊藤詩織)

「1週間程度は“籠城”を覚悟しておく必要がある」。
南海トラフ巨大地震で、大きな被害が想定されている高知県。災害発生直後、命を救う砦となる医療を継続できるかが課題となっています。病院の被災のほか、交通網の寸断などで県外からの支援が来ない可能性も指摘されているからです。混乱の中で、限られた人材と物資で医療を継続し、命を救えるのか。“籠城”を乗り切るカギを追いました。
(NHK高知放送局 伊藤詩織記者)
【“籠城” 外からの支援が来ない…】
南海トラフ巨大地震で高知県内では最大震度7の揺れと、沿岸部の全ての市町村で10メートル以上の津波が想定されています。懸念されているのが、“医療の継続”です。発災直後は、入院患者の治療の継続と、地震や津波で発生する多くのけが人の手当が求められますが、ライフラインの寸断のほか、医療従事者や医薬品などが不足し、大きな混乱が予想されます。さらに、最近明らかになった新たな試算も影を落とします。巨大地震の被災地が全国の広い範囲に及ぶため、災害派遣医療チーム「DMAT」が大幅に不足する可能性があるというのです。高知県に対して派遣できると試算されたのは、必要とされる150チームに対し、3割にも満たない41チーム。頼みの綱である県外からの支援が来ない可能性があり、県内の病院は限られた人材と物資で医療を継続する“籠城”が迫られているのです。
【“籠城” 医療継続は可能か…病院アンケート】
実際、県内の各病院はどのくらい医療を継続できると考えているのか。私たちは特に深刻な被害が懸念される高知市で、11月から12月にかけてアンケート調査を行いました。調査の対象は、津波による長期浸水で“孤立”が想定される地域で入院病床のある33の病院で、70%にあたる23の病院から回答を得ました。

アンケートによって、1つの境界線が見えてきました。医療の継続に欠かせない自家発電設備について尋ねたところ、82.6%で3日で電源不足に陥るおそれがあることがわかりました。また、医薬品などの医療資源が3日分以内の備蓄しかない病院も65.2%にのぼりました。多くの病院でわずか“3日”しか籠城できない見通しであることがわかったのです。
アンケートでは、救急医療人材の確保についても「不安」「やや不安」と答えた病院が86.9%にのぼっていて、ほぼすべての病院が“籠城”に不安を抱えていました。
この結果について、災害医療に詳しい医師は、県外からの支援が来ない可能性などを踏まえ、籠城の期間が“1週間”程度にわたることを想定すべきだと指摘します。

高知大学医学部附属病院
西山謹吾 副病院長
「道路の復旧の見通しも不透明な上、空港も被災が想定され、すべての医療施設に3日で支援が入るのはたぶん無理だと思う。やっぱり1週間ぐらいは考えておいてもらわないといけない」。
【病院もあの手この手の対策】

対策をどう進めるのか。アンケートに回答した病院の1つ、潮江高橋病院を取材しました。浦戸湾に面する高知市の潮江地区にあり、80の病床を抱えています。 浸水に備えて、病院で確保している食料や飲料水は患者と職員、合わせて3日分。より長期の籠城に備えて、さらに備蓄を増やしたい考えですが、スペースには限界があります。そこで、備蓄が尽きた場合に備えて、支援を待つばかりでなく自分たちでも物資を補給できるよう、ボートも購入しています。

潮江高橋病院
松崎博典 事務長
「災害発生後はやはり行政も大変ですし、救助に行かないといけないところも数多くあるので、自分たちの力でなんとかできる方法は準備しておかないといけないと思っています。徒歩で出られなくなった場合にこのボートを使って、食料や薬剤などを補給したい」。
医療機器に必要な自家発電設備についても、現在は数時間しか稼働できませんが、来年度には設備を充実させ、3日程度は稼働できるよう準備を進めています。少しでも“籠城”できる時間を延ばすための取り組みです。 病院の松崎事務長は毎年県に補助金を申請し、必要な物品の購入を少しずつ進めています。ただ、ほかの業務もある中で、防災対策を担う事務職員のマンパワー不足も感じていて、備えを強化するには、防災専門の職員を雇える補助制度なども必要だと考えています。

潮江高橋病院
松崎博典 事務長
「毎年、補助金の範囲内で収まるように計画を書いて、申請して、交付が決まったら購入してと、かなり労力を要する。災害対策を専門で行う事務職員などを雇うことができれば、もっといい対策ができるのではないかと思っている」。
【対策難しい人材確保の課題】
さらに“籠城”の課題となっているのが医療従事者の確保です。夜間や休日に地震が発生した場合に浸水すると、駆けつけられなくなる職員がいる可能性もあります。

そこで、この病院では、出勤できる人数を把握するシステムを導入しました。医師や看護師にメールが送られ、いつまでに病院に来られるか確認できます。ただ、発災直後の混乱の中、何人が集まれるかは見通すことができません。
潮江高橋病院
松崎博典 事務長
「何よりも浸水する可能性が高いので、職員にも家庭や家族もありますし、参集できるのか。発災後はけが人が来るなど通常とは違う状況も考えられるので、人手が不足している状況だとどこまで対応できるのかという不安がかなりある」。
【少しでも長く“籠城”するために…限りある医療資源や人材を有効活用】
発災直後に必要となる医師や看護師をどう確保するか。
いま“オール高知”で医療の継続を支えようという考え方が広がっています。その一環として高知県が力を入れているのが、多くの医師や看護師に、災害現場で活動するDMATに準じるスキルを身につけてもらう研修です。ふだん救急医療に携わっていない医師や看護師を対象に、災害時の医療人材の数を底上げしようという狙いがあります。研修の講師の1人は、ここで学んだ医師や看護師たちが、地震の発生後、近くの病院に駆けつけ、戦力として活動しないと救えない命があると訴えています。
近森病院
井原則之 救急部長
「支援がすぐ来るかというと、それはすぐではないことは覚悟してください。特に高知の場合には外から支援が来るまでは自分たちで頑張るしかないんです。大切なのは少しでも多くの高知の医療者が災害医療という舞台に上がることです」。

看護師がこの研修で学ぶのは、診療の優先度を決める「トリアージ」。患者の症状に応じて、いち早く治療が必要な人を明らかにする手順を確認します。さらに医師たちは、患者に応急処置を施して容態を安定化させる対応を確認しました。医療資源が限られる中、点滴の量の見極めなど、ぎりぎりの判断が求められます。ふだんは当たり前に使えるものが使えず、最大限の治療ができないという特殊な状況。南海トラフ巨大地震で、まさに陸の孤島となる高知で命を守れるかは、今いる医師や看護師一人ひとりがカギを握っています。
参加した看護師 「ふだんは一般病床でしか働いていないが、実習形式で学ぶことができて勉強になった。実際の現場でも使える内容だと思うので、また復習しながら覚えておいて、災害が発生したら、一看護師として被災者の役に立ちたいです」。

近森病院
井原則之 救急部長
「備蓄が足りなくなる病院が出るかもしれないし、患者さんがたくさん出て受診できる病院がそんなにないかもしれない。いろんな可能性を考えて想定外にしないことが大切。支援が来るまでの間は高知県の医療を展開できるワークフォースは限られるので、今ある力をいかに有効に活用するかという点に、考えるべきテーマは絞られてくると思います」。
高知放送局記者・伊藤詩織