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平成23年12月7日放送
“阪神・淡路”学んで東北支援を 〜あの日から6168日〜

神戸市の大学生が、地元の商店街と協力して東日本大震災の被災地への支援を続けています。そのメンバーがいま目を向けているのが、16年前に大震災を経験した地元神戸の人たちの話です。当時の体験を聞くことで、被災地の現実を深く知り、よりよい支援に結びつけようという活動を取材しました。

阪神・淡路大震災を知らない学生たち

流通科学大学の被災地復興サポートチームは、リーダーの時任啓佑(ときとうけいすけ)さんを筆頭に、学生7人で宮城県南三陸町への支援を続けています。

流通科学大学の被災地復興サポートチーム

街頭で募金を呼び掛ける学生たち

時任さんたちが初めて南三陸町を訪れたのは5月。町に臨時災害FM局を立ち上げる手伝いをするためでした。そこで見たのは、津波で何もなくなってしまった被災地の姿。それを見て、今後も支援を続けていく必要があると強く感じたものの、 時任さんには支援活動を行うにあたって心配なことがありました。

それは自分たちが阪神・淡路大震災についてあまり知らないということです。
当時、兵庫県川西市でまだ6歳だった時任さんは、大きな揺れで怖かったという記憶くらいしか残っていません。

時任さん「神戸から被災地に行くからには、何か当時のことを知っていたり、そういう想いで来ていると見られるだろうなと。『つらかったですね』と、経験があれば言えるんですけど、それが無い…。何もよく分からんのが来て『知らんのか』と(思われるのではないかと)。期待させた分、そうならないかなという危惧がありまして…」

臨時災害FM局を立ち上げる支援活動

新聞部の経験を買われて、臨時災害FM局を立ち上げる支援活動を行った

南三陸町

支援に訪れた南三陸町で見たものは…

「復興してきた人たちはすごい」 現実の“阪神・淡路”

そこで時任さんたちは、通学路にある神戸市長田の大正筋商店街で、震災を経験した人に話を聞かせてもらうことにしました。
大正筋商店街は16年前の震災で全焼し、330メートルにおよそ百軒あった店舗の9割が全壊しました。商店街として再開するまでには10年近くを費やしています。

阪神・淡路大震災で被災した大正筋商店街

阪神・淡路大震災で被災した
大正筋商店街

この日、時任さんたちが訪ねたのは大正筋商店街にあるお茶の販売店です。いつも明るく学生たちを迎えてくれるのは店主の伊東正和さん。伊東さんも震災で店舗を失いました。お店は再建しましたが、その際に背負った重いローンを今も抱えています。

伊東さん「自分の店が復興するのに10年かかって、それから今現在7年目になっとるやんか。だから17年かかってるけど、生活は十分に復興できたかというと出来てないわけよね。正直言って、震災の後、全部が無くなった時に、なんで自分だけこんな目に遭わなあかんかったんやと思うたよ。それがだんだんと、ありがとうって言えるようになってきた」

伊東さん(写真右)に話を聞く時任さんたち記

伊東さん(写真右)に話を聞く
時任さんたち

震災を生き抜いてきた人の強さと穏やかさ。今なお抱える苦しみのことなどおくびにも出さずに日常を送るその姿。学生たちは話を聞くことで、被災者の胸の内を初めて知りました。

時任さん「やっぱり復興されてきた方達はすごいんだなと。今、ここに普通に暮らしていらっしゃいますけど、すごい人たちばかりのいる街なんだなと。
でも、普段接しているとそんなこと感じないので、それもまた逆にすごいなあと思いました。改めて、魅力といっていいかどうか分からないけど、そういうものが自分たちの住んでいるこの土地にあるということに気づかされました」

学生たち

“南三陸に灯りをともしたい”

今、時任さんは、大正筋商店街と共同で、宮城県南三陸町の被災地を照らす街灯を贈るプロジェクトを進めています。伊東さんから、阪神・淡路大震災の直後は街が真っ暗で、みんな不安だったという話を聞いたからでした。
そこで、地元企業の協力で、被災地の実情に合わせた特別な街灯をつくってもらいました。海辺に建てても錆びないステンレス製で、被災者の負担を考え、太陽光発電パネルとLEDの組み合わせで全く電気代のかからないものにしました。

時任さん「ものすごい離れてる所からでも、しっかりと考えて行動して、支援し続けますという気持ちが込められてるんじゃないかなと。だから“忘れてないです、風化させないです”という気持ちも一緒に贈れたらなと思います」

“阪神・淡路大震災の経験を受け継ぎ、被災地に灯りをともしたい”。
時任さんたちは12月中旬、最初の街灯を南三陸町に届けます。

街頭

南三陸に灯りをともしたい

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この企画が放送されてから1週間後、時任さんたち流通科学大学生のグループは、長田区・大正商店街の伊東さんらと共に南三陸町に赴いて街灯を届けました。
街灯が敷設されたのは、2月に仮設商店街が建設される予定地です。そこは、日が暮れるとあたり一帯は真っ暗、どこまでが敷地でどこからが道路かも見分けられない…という場所でした。そんな中で神戸から贈られた最初の街灯は、まだ電気も通っていない地域に、くっきりと灯りをともしていました。 このように、時任さんたちの活動は、“被災地で無いもの・不自由しているものを具体的に探り出して、それを工面して届ける”ことを目指しています。そして、その際の指針となっているのが、阪神・淡路大震災の時の貴重な体験談でした。今回、紹介させていただいた街灯を届ける活動も、17年前の震災の経験を聞いていく中で「震災後は灯りが無くなって街中が真っ暗だった。そのため、心細さもひとしおだった」という声を聞いたことがきっかけだったといいます。 短い番組の中では充分にはご紹介できませんでしたが、太陽光発電パネルを備えた、この「南三陸仕様」の街灯を格安で開発したのも長田区の電設会社。やはり、阪神・淡路大震災を経験した会社でした。敷設の際は、社長自らが現地に足を運び、街灯の具合を入念に確かめておられました。17年前の経験を東北の被災地に生かそうとする試みは、様々な形で地道に展開されています。
ディレクター・野口 琢磨

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