新兵庫史を歩く “赤とんぼ”流れる城下町〜たつの市〜

新兵庫史を歩く

県内の名所・旧跡・歴史を視聴者とともに訪ねてその土地の美しい自然、風土に触れながら郷土の歴史や伝統文化のすばらしさを紹介する 「新兵庫史を歩く」。
第18回の舞台は、たつの市です。龍野は、揖保川の水運により商業・工業の要の地として栄えてきました。江戸時代には、脇坂藩五万三千石の城下町であり、武家屋敷や白壁の土蔵が今も残る「播磨の小京都」として知られています。また三木露風をはじめ、多くの文人を輩出した地でもあり、ゆかりの史跡を見ることもできます。

実施
平成22年5月15日(土)
放送日
  • <本放送>
    6月13日(日)午後1:05〜1:50(総合テレビ・兵庫県内向け)
  • <再放送>
    6月25日(金)午後3:15〜午後4:00(総合テレビ・全国放送/「ろーかる直送便」枠内)

新兵庫史を歩く “赤とんぼ”流れる城下町〜たつの市〜 パンフレット ※こちらから地図をダウンロードできます。(PDF)

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コースのポイント

龍野歴史文化資料館(たつのれきしぶんかしりょうかん)

龍野歴史文化資料館(たつのれきしぶんかしりょうかん)

龍野歴史文化資料館龍野は古代より山陽道・美作道が通り、中世には筑紫大道、近世には揖保川の水運により交通の要所として栄えました。原始時代〜古代の出土品、龍野城の変遷の様子、近世の素麺作りの模様など、たつの市域をはじめ揖保川流域の原始古代から近世にわたる文化財でたつのの歴史を展示しています。

龍野城(たつのじょう)

龍野城(たつのじょう)

約500年前、鶏籠山山頂の山城(朝霧城)が赤松村秀によって築かれ四代続きましたが、天正5(1577)年豊臣秀吉に城を開け渡しました。その後山麓の平山城(霞城)となり数回の城主交代があって、信州飯田から脇坂安政が入封し脇坂藩は明治初年まで続きました。現在の本丸御殿は昭和54(1979)年に再建されたものです。

霞城館(かじょうかん)

霞城館(かじょうかん)

龍野に生まれた詩人・三木露風、詩人・内海信行(青潮)、歌人・矢野勘治、哲学者・三木清の4人の文人に関する文献・写真・遺品などが展示されています。敷地内には、矢野勘治が晩年を過ごした旧居があり、矢野勘治記念館として公開されています。

龍野神社(たつのじんじゃ)

龍野神社(たつのじんじゃ)

文久2(1862)年、龍野藩主脇坂安宅によって建立された、脇坂家初代・脇坂甚内安治を祀る神社。安治は賤ヶ岳七本槍の一人に数えられ、「丹波の鬼」と言われた赤井氏を攻めたときの功によって譲られたと伝えられた貂の皮製の槍鞘は、龍野神社の社宝となっています。

聚遠亭(しゅうえんてい)

聚遠亭(しゅうえんてい)

脇坂家の上屋敷跡。松平定信がここを訪れた時に、瀬戸の島々を一望できる庭園からの眺めをたたえて「聚遠の門」と呼んだ、という逸話から名づけられました。心字池上にある茶室は、庭園の風景と調和した数奇屋風建築で、市指定文化財にもなっています。その隣には、裏千家十五世千宗室家元に「楽庵」と名づけられた茶室があります。

赤とんぼ歌碑(あかとんぼかひ)

赤とんぼ歌碑(あかとんぼかひ)

「赤とんぼ」の歌で有名な詩人・三木露風は、明治22(1889)年、現在のたつの市龍野町に生まれました。20歳で詩集「廃園」を出版し、北原白秋と並び「白露時代」と呼ばれる時代を築きました。その偉業を記念し、龍野公園には三木露風立像と「赤とんぼ」の歌碑が建てられています。

うすくち龍野醤油資料館(うすくちたつのしょうゆしりょうかん)

うすくち龍野醤油資料館(うすくちたつのしょうゆしりょうかん)

龍野醤油醸造の始まりは、天正15(1587)年と伝えられます。寛文6(1666)年にはうすくち醤油が創案され、4世紀にわたって栄えてきました。昭和初期まで実際に使われていた道具を見ながら醸造工程を学ぶことができます。醤油製造会社の本社であったこの建物は、国の登録有形文化財に指定されています。

如来寺(にょらいじ)

如来寺(にょらいじ)

天文2(1533)年開山の西山浄土宗の寺院。寛文12(1672)年には龍野藩主脇坂家の菩提所となりました。境内には三木露風の歌碑と、露風愛用の筆が納められた筆塚があります。また、狩野永納の筆による涅槃図は市文化財に指定されています。

圓光寺(えんこうじ)

圓光寺(えんこうじ)

当地の真宗門徒に崇拝され、「龍野御坊」と呼ばれていました。領地を守るため、境内の道場で弟子を鍛えていました。宮本武蔵もしばしばこの寺に出入りし、剣を指南して、龍野の武芸者で圓光寺の住職であった多田半三郎に圓明流印可書を授けたと言われています。境内には宮本武蔵修練の地碑もあります。

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