新兵庫史を歩く 藩主九鬼氏の残映〜三田市〜

新兵庫史を歩く

県内の名所・旧跡・歴史を視聴者とともに訪ねてその土地の美しい自然、風土に触れながら郷土の歴史や伝統文化のすばらしさを紹介する「新兵庫史を歩く」。
第14回目は三田市が舞台です。日本一の水軍と呼ばれながらが山国へ移封されるという数奇な運命をたどった九鬼氏に思いをはせながら、歴史のまち「三田」の史跡や名所の数々を歩きます。

実施
平成19年11月10日(土)
放送日
平成19年12月7日(金)午後8:00〜8:43(総合テレビ・兵庫県内向け)

新兵庫史を歩く 藩主九鬼氏の残映〜三田市〜 パンフレット ※こちらから地図をダウンロードできます。(PDF)

PDFデータをご覧いただくには、AdobeReaderが必要です。
お持ちでない方は、こちらのページへ。

コースのポイント

三輪神社(みわじんじゃ)

三輪神社(みわじんじゃ)

天平神護元年(765)、大和国の大神神社(三輪神社)から分祀されたもので、三田市内でも最も歴史のある神社のひとつとされています。藩主九鬼氏の信仰も厚く、拝殿の再建や鳥居・額・神輿等を寄進しています。

三輪明神窯史跡園(みわみょうじんがましせきえん)

三輪明神窯史跡園(みわみょうじんがましせきえん)

三田青磁器等の三田焼を江戸時代後期から昭和初期まで生産していた県史跡三輪明神窯を、発掘調査のままの姿で保存・公開しています。園内には、展示コーナーを備えた管理棟、三田焼の技術を体験できる陶芸学習棟があります。

郷の音ホール[野外ステージ](さとのねほーる)

郷の音ホール[野外ステージ](さとのねほーる)

緑あふれる三田に、今年7月、総合文化センター(郷の音ホール)がオープンしました。千人を収容する大ホールは市内最大規模の広さで小ホールや展示室も備えています。文化の発信拠点として期待されています。

三田城跡(さんだじょうあと)

三田城跡(さんだじょうあと)

【有馬高校】16世紀には伊丹城主荒木村重の家臣・荒木平太夫の居城でした。江戸時代には二の丸・茶屋・武器庫などがありました。 【三田小学校】九鬼氏の陣屋がありました。校舎の立て替えの際にかまど跡等が発掘され、現在保存されています。

三田天満神社(さんだてんまんじんじゃ)

三田天満神社(さんだてんまんじんじゃ)

「摂津名所図会」には三田神祠と書いて、当城下のうぶすなの神として紹介しています。九鬼氏が藩主として鳥羽よりこの地へ来てから代々の祈願所となります。現社殿は7代藩主九鬼隆由の寄進。社務所辺に別当寺梅隆山松寿院がありました。

天神公園(てんじんこうえん)

天神公園(てんじんこうえん)

天満神社に隣接していて、園内には梅・桜など季節の花が植えられています。中でも桜が咲き誇るシーズンには、多くの花見客で連日賑わいます。三田盆地が一望でき、弥生時代中頃には三田の中心的な村が営まれていました。

金心寺(こんしんじ)

金心寺(こんしんじ)

一説では、668年、藤原鎌足の子・定慧が建立したとされています。本尊の弥勒仏坐像の胎内に「金心寺三福田により三田と改める」と三田の地名の由来が記されていたと伝えられています。国指定文化財の弥勒仏坐像や不動明王像等多くの文化財があります。

心月院(しんげついん)

心月院(しんげついん)

鳥羽より移封された藩主九鬼氏は以前からここにあった梅林寺を増改築、寺号を改め、天翁山心月院とし、鳥羽の菩堤寺常安寺の覚雄是的和尚を開基、九鬼家代々の宗廟としました。寛文5年(1665)山号を清涼山としました。境内には歴代藩主の墓があります。

旧九鬼家住宅資料館(きゅうくきけじゅうたくしりょうかん)

旧九鬼家住宅資料館(きゅうくきけじゅうたくしりょうかん)

旧九鬼家住宅は、三田藩家老職を代々勤めた九鬼家の住宅で、明治初期(明治8年前後)に建てられた全国でも数少ない擬洋風建築の建物です。住宅の設計は、当主であった隆範氏が行い、その図面も現存しています。県の重要文化財にも指定されています。

↑ ページの先頭へ