新兵庫史を歩く 北播磨の御仏たち〜加東市〜

新兵庫史を歩く

県内の名所・旧跡・歴史を視聴者とともに訪ねてその土地の美しい自然、風土に触れながら郷土の歴史や伝統文化のすばらしさを紹介する 「新兵庫史を歩く」。
記念すべき第20回の舞台は加東市です。平成18年に社町、滝野町、東条町が合併して加東市となり、「山よし!技よし!文化よし!夢がきらめく☆元気なまち 加東」の実現のため新しい歴史をスタートさせました。四季折々の姿を見せる山々や、“釣針”や“鯉のぼり”づくりなど伝統を支える匠の技、現在も守り続けられている貴重な歴史・文化など、魅力満載の加東市をみなさんと一緒に巡ります。

実施
平成23年5月21日(土)
放送日
  • <本放送>
    平成23年6月17日(金)午後10:00〜10:43(総合・兵庫県内向け)
  • <再放送>
    6月29日(水)午後3:15:〜4:00(総合・全国放送)「ろーかる直送便」にて放送

新兵庫史を歩く 北播磨の御仏たち〜加東市〜 パンフレット ※こちらから地図をダウンロードできます。(PDF)

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コースのポイント

清水寺(きよみずでら)

清水寺(きよみずでら)

標高542mの御嶽山(みたけさん)に法道仙人によって創建された天台宗の古刹で、西国三十三所観音霊場の二十五番札所。寺域にある根本中堂、大講堂、鐘楼、本坊、客殿は国指定登録文化財となっています。根本中堂の背後には「おかげの井戸」(滾浄水(こんじょうすい))と呼ばれる清水が湧き出ていて「清水寺」という寺名の由来となりました。初夏の境内はクリンソウやシャクナゲ、ツツジで彩られます。

上鴨川住吉神社(かみかもがわすみよしじんじゃ)

上鴨川住吉神社(かみかもがわすみよしじんじゃ)

平安時代中期には建立されていたと考えられており、朱塗の本殿は国の重要文化財に指定されています。神事は厳格な宮座制度によって支えられ、宮座に入ることができるのは、この地に生まれた長男のみとされています。700年にわたって伝えられてきた“神事舞”(国指定重要無形民俗文化財)は古式をよく残し、全国的にみてもその価値は高く評価されています。

丹波道[京街道]・播磨道 (たんばみち[きょうかいどう]・はりまみち)

丹波道[京街道]・播磨道 (たんばみち[きょうかいどう]・はりまみち)

三草山の西側を南西から北東に延びる谷間には、京都と姫路を結ぶ国道372号線が通っていて、かつてこのルートは丹波道(京街道)とも播磨道とも呼ばれました。『平家物語』に記述された三草合戦には、源義経の軍が小野原(篠山市)からこの道を通り、山口(加東市)に陣を張っていた平家軍に夜討ちをかけたと伝えられています。また、阪神淡路大震災の際にも基幹道路として利用されました。

三草山(みくさやま)

三草山(みくさやま)

加東市の北東部に広がる標高約423mの山で、北麓は1184年(寿永3年)に源義経が率いる源氏軍が平家軍を夜半に襲撃して打ち破った、“三草合戦”の古戦場として知られています。山頂はかつての軍事上の要衝で、南北朝時代の始まる1336年(建武3年)に赤松氏が築城した山城の跡が残り、郭・土塁・石垣などが往時の様子を偲ばせます。

闘竜灘(とうりゅうなだ)

闘竜灘(とうりゅうなだ)

加古川の河床いっぱいに奇岩が起伏し、随所に瀑布が見られる名勝として知られています。落水の豪快なリズムと水模様を楽しむことができ、古来多くの文人墨客に愛されました。かつては瀬戸内海へ通じる加古川水運の中継基として栄え、現在でも船着場跡や石段を築いた跡が残っています。また毎年5月1日には日本一早く鮎漁が解禁され、滝に飛びつく鮎の習性を利用した「筧漁」が行われます。

光明寺(こうみょうじ)

光明寺(こうみょうじ)

「播磨高野」とも呼ばれる高野山真言宗の名刹で、594年(推古天皇2年)に法道仙人によって開創されたと伝えられています。播磨平野を一望できる五峰山(ごぶさん)の頂上付近に本堂や塔頭寺院など多くの伽藍が建っています。1351年(観応2年)には、足利尊氏と弟直義が対立して戦った“光明寺合戦”の舞台となりました。

滝野歴史民俗資料館(たきのれきしみんぞくしりょうかん)

滝野歴史民俗資料館(たきのれきしみんぞくしりょうかん)

江戸時代から大正期まで約320年間続いた加古川舟運の歴史を後世に伝えることを目的として、昭和55年に設立されました。当時使われていた「高瀬舟」の精巧な模型(1/2)やジオラマ、船座・問屋の復元、船道具のほか、「筧漁」に関する模型や漁具など様々な資料を展示しています。

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