新兵庫史を歩く 優しき仏たちの播磨路へ~加西市~

新兵庫史を歩く 優しき仏たちの播磨路へ~加西市~

県内の名所・旧跡・歴史を視聴者とともに訪ねてその土地の美しい自然、 風土に触れながら郷土の歴史や伝統文化のすばらしさを紹介する 「新兵庫史を歩く」。
第24回の舞台は加西市です。500体近い石仏が並ぶ謎につつまれた五百羅漢石仏や、風情ある古い町並み、 今年で編纂1300年を迎える播磨国風土記ゆかりの地など、加西市の魅力満載のコースを巡ります。

実施
平成25525日(土)
放送日
平成25616日(日) 午後1:05~1:48(総合テレビ・兵庫県内向け)

新兵庫史を歩く 優しき仏たちの播磨路へ~加西市~ パンフレット

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コースのポイント

大年神社(おおとしじんじゃ)
五穀豊穣の神である、大年の神を祀る神社。 4月初旬に行われる「北条節句祭り」の際は、住吉神社の御旅所として神輿や化粧屋台が集まります。 この辺りから、昔ながらの建物が残る「商家の町並み」がつづきます。 また、奇数月の第3日曜日に「蚤の市」が開催され、当日は多くの方が足を運び地域を賑わしています。

商家の町並み(しょうかのまちなみ)
酒見寺と住吉神社の門前町として栄えてきたこの地は、明治から昭和初期には商業・流通の拠点として多くの商家が建ち並んでいました。 現在でもその名残を残し、“うだつが上がらない”の語源となった「袖卯建(そでうだつ)」、 部屋の明かりとり・風通し・盗難防止のため作られた「虫籠窓(むしこまど)」などのレトロモダンな風情を伝えていますので、ぜひ探し出してみて下さい。

酒見寺(さがみじ)
745年(天平17年)に、この地を訪れた行基が酒見明神の信託を受け建立したことに始まると伝わる古刹です。 国の重要文化財に指定されている多宝塔は、1662年(寛文2年)に建てられ、全体に装飾模様が極彩色で描かれた壮麗な姿を見せています。 屋根の上層は檜皮葦、下層は本瓦葺という珍しい形式にご注目ください。

住吉神社(すみよしじんじゃ)
717年(養老元年)に創建されたと伝わり、本社三殿と拝殿、幣殿、玉垣は国の登録文化財に指定されています。 4月初旬に行われる「北条節句祭り」は播磨三大祭りのひとつで、神輿二基、豪華な化粧屋台十四基、 子ども神輿五基が町内を巡行して練り歩き、勇壮な宮入りを行います。

五百羅漢石仏(ごひゃくらかんせきぶつ)
羅漢寺の境内に立ち並ぶ500体近い石仏群。いつ、だれが、なんのために作ったかわからず、現在でも謎につつまれています。 石仏は加西特産の高室石(たかむろいし)という加工しやすい凝灰岩で作られ、入り口の仁王像の一体には1611年(慶長16年)の年号が刻まれています。

寺町通り(てらまちどおり)
板塀や漆喰塀がつづく風情のある路地です。周辺には大信寺、西岸寺、妙典寺という三寺院があります。

大信寺(だいしんじ)
1845年(弘化2年)建立の本堂は標準的な浄土宗本堂で、国の登録有形文化財に指定されています。 小田原藩大久保家の菩提寺だった浄土宗の寺で、歴代藩主の位牌が祀られています。 小田原藩は富士山の噴火によって本来の領地で農作ができなくなり、各地に領地を与えられました。この北条もそのひとつでした。

旧家の町並み(きゅうかのまちなみ)
伝統的な外観を残す町屋がつづき、その歴史的景観をいまに残しています。 この道はかつて「横尾街道」と呼ばれ、山陽道(西国街道)の脇街道として旅人が行き交いました。 この通りには、北条のまちなかに一つだけ残っている「鏝絵(こてえ):漆喰(しっくい)を塗った上に鏝で描き出した絵」がありますので、ぜひ探してみて下さい。

道標(みちしるべ)
加西市内に残る300余りの道標の中でも最古のものです。 1728年(享保13年)に建てられたもので、地蔵堂のある分かれ道に建っており、「右 やしろ/左 明らくじ」と刻まれています。

玉丘史跡公園(たまおかしせきこうえん)
播磨国風土記に記された根日女(ねひめ)の恋物語を伝える玉丘古墳をはじめ、多くの古墳が点在し、園内には芝生広場などが整備されています。 玉丘古墳は、4世紀末に築造された全長109mの前方後円墳で県下6番目の大きさを誇ります。 この周辺は、大小合わせて10基の古墳が点在する玉丘古墳群として、国の史跡に指定されています。

加西市埋蔵文化財整理室(かさいしまいぞうぶんかざいせいりしつ)
旧石器時代から古墳時代の石器や土器、民具などが展示されています。 玉丘古墳群の発掘調査の際に発見された出土品も多数展示されており、貴重な歴史資料を間近に見ることができます。
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