新兵庫史を歩く 平家落人伝説の道〜香美町〜

新兵庫史を歩く

県内の名所・旧跡・歴史を視聴者とともに訪ねてその土地の美しい自然、風土に触れながら郷土の歴史や伝統文化のすばらしさを紹介する 「新兵庫史を歩く」。
第21回の舞台は、日本海に面する“香美町”です。「山陰海岸ジオパーク」や、冬の味覚!「松葉ガニ」など、見てよし食べてよしの魅力あふれる町です。今回は「但馬御崎の平家村」をテーマに、平家の落人伝説が残る御崎地区を中心とした神秘的なコースを巡ります。来年度のNHK大河ドラマ「平清盛」に先駆け、兵庫県に残された平家の軌跡をたどりましょう!

実施
平成23年10月29日(土)
放送日
  • <本放送>
    平成23年12月9日(金)午後10:00〜10:43(総合・兵庫県内向け)
  • <再放送>
    平成23年12月28日(水)午後5:05〜5:48(総合・兵庫県内向け)
  • <再放送>
    平成24年1月21日(土)午前10:05〜10:50(総合・関西地域向け)

新兵庫史を歩く 平家落人伝説の道〜香美町〜 パンフレット ※こちらから地図をダウンロードできます。(PDF)

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コースのポイント

長福寺(ちょうふくじ)

長福寺(ちょうふくじ)

古い歴史を持った曹洞宗の寺です。1496年(明応5年)に慈海という僧が、この地に草庵を結んだのが始まりと言われ、その後1666年(寛文6年)に現在の場所に移されたと伝わっています。山門の彫刻が大変美しい寺院です。

伊伎佐神社(いきさじんじゃ)

伊伎佐神社(いきさじんじゃ)

延喜式神名帳にも記載されている式内社で、格式高い神社です。主神を伊弉諾命(いざなぎのみこと)とし、相殿に彦坐命(ひこいますのみこと)と出雲色男命(いずもしこおのみこと)を祀っています。古い資料にはこの二神とともに「五十狭沙別命(いささわけのみこと)」も記されています。この神は豊岡市の出石神社や気比神社の祭神で、新羅から渡来して但馬を開いたと伝えられる天日槍(あめのひぼこ)の別称とされています。

御崎地区(みさきちく)

御崎地区(みさきちく)

香住区余部の御崎地区は、平家の落人伝説が残る集落です。壇ノ浦の戦で敗れた平家の門脇宰相平中納言教盛(かどわきさいしょうへいちゅうなごんのりもり=平教盛。清盛の異母弟)が、伊賀平内左衛門家長、矢引六郎右衛門ら主従数人とともにこの地に流れ着き、土着したと伝えられています。毎年1月28日に行われる「百手(ももて)の儀式」や、この地でしか育たないといわれる「平家かぶら」など、平家にまつわる話が数多く残されています。

余部埼灯台(あまるべさきとうだい)

余部埼灯台(あまるべさきとうだい)

香住区の西端、御崎地区の奥にある灯台です。灯台自体の高さは14mですが、海面から光源までの高さが284mで、日本一高い場所にある灯台です。1961年(昭和36年)までは、灯台職員がこの地に常駐して灯台を守っていましたが、現在は無人で運用しています。いまの灯台は2代目で、1985年(昭和60年)に建設されました。光の届く距離は23.0カイリ=42.6kmで、船の安全を毎日見守っています。

平内神社(へいないじんじゃ)

平内神社(へいないじんじゃ)

1200年(正治2年)6月に創祀されたと伝えられる御崎地区の氏神です。現在の祭神は野椎神(のづちのかみ)ですが、社名が示す通り、本来は御崎に流れ着いた平家の武将・平教盛と伊賀平内左衛門家長を祀る神社です。また境内の近くに、平教盛等の墓があります。毎年1月28日には、「百手(ももて)の儀式」といわれる弓神事がとり行われる神社として有名です。

余部埼灯台(あまるべさきとうだい)

余部橋梁(あまるべきょうりょう)

初代の旧橋梁は鋼鉄トレッスル橋(橋脚を“やぐら”のように組み、橋桁を乗せた構造)で、1912年(明治45年)3月1日に開通し、「余部鉄橋」の愛称で親しまれていました。完成当時は“東洋一”と謳われ、2010年の運用終了まで、トレッスル橋としては日本一の長さを誇っていました(全長310.59m)。今の橋梁はコンクリート製の2代目ですが、現在でも旧橋脚の一部は残され、当時の面影を伝えています。

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