新兵庫史を歩く 川風そよぐ古墳の道〜加古川市〜

新兵庫史を歩く 川風そよぐ古墳の道〜加古川市〜

県内の名所・旧跡・歴史を視聴者とともに訪ねてその土地の美しい自然、風土に触れながら郷土の歴史や伝統文化のすばらしさを紹介する「新兵庫史を歩く」。
第12回目は加古川市を舞台に、日岡神社や日岡御陵、西条古墳群などの古代のロマンが感じられる自然豊かな道を歩きます。

実施
平成19年3月3日(土)
放送日
平成19年3月16日(金)午後8:00〜8:43(総合テレビ・兵庫県内向け)

新兵庫史を歩く 川風そよぐ古墳の道〜加古川市〜 パンフレット ※こちらから地図をダウンロードできます。(PDF)

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コースのポイント

新井用水(しんゆようすい)

新井用水(しんゆようすい)

明暦元(1655)年、干ばつに悩まされていた古宮村の庄屋、今里傳兵衛の発起によって、五ヶ井堰(現在の加古川大堰近辺に聖徳太子が作ったとされる)か ら加古川の水を分水して台地まで引き入れるため、延べ16万4千人が携わる大工事を行ないました。こうして作られた全長約14kmのこの用水により、現在の加古川市南東部や播磨町あたりにも豊かな実りがもたらされるようになりました。

常楽寺(じょうらくじ)

常楽寺(じょうらくじ)

大化元(645)年、法道仙人開基と伝えられる寺院。南北朝時代に文観上人が復興し、戦国時代には別所長治の祈願所となりましたが、天正6(1578)年、兵火にかかり、延宝2(1674)年に再び造立されました。境内には、数多くの石造品が残されています。

日岡神社(ひおかじんじゃ)

日岡神社(ひおかじんじゃ)

天平2(730)年創建と伝えられる式内社。祭神である天伊佐佐比古命(あめのいささひこのみこと)が、景行天皇の皇后・稲日大郎姫(いなびのおおいらつ め)の安産祈願をし、無事双子の皇子が生まれた(双子の弟は倭建命)という伝説から、安産に霊験あらたかな神社として多くの信仰を集めています。

日岡御陵(ひおかごりょう)

日岡御陵(ひおかごりょう)

景行天皇の皇后・稲日大郎姫(いなびのおおいらつめ)の御陵といわれる前方後円墳。皇后の亡骸を乗せた船が加古川で転覆して亡骸が失われ、くしげとひれ(肩掛け)だけが見つかり、それが葬られたという伝説から「ひれ墓」とも呼ばれています。

日岡山公園(ひおかやまこうえん)

日岡山公園(ひおかやまこうえん)

この公園一帯は日岡山古墳群と呼ばれ、日岡御陵をはじめとして5基の古墳が分布しています。四季を通じて緑豊かな憩いのスポットとして加古川市民に親しまれていますが、特に春には、1500本の桜が咲き誇り、お花見の客で大変賑わいます。

稲根神社(いなねじんじゃ)

稲根神社(いなねじんじゃ)

白雉年間(7世紀中頃)の創始と伝えられ、穀物の神様である倉稲魂命(うがのみたまのみこと)を祭る神社です。境内には、二基の古墳からなる二塚古墳があり、安政年間に墳丘から発見されたと伝えられる平安時代後期の経筒も、社宝として保存されています。また、秋祭りでは、近隣の村々が交替で獅子舞を奉納しています。

西条古墳群(さいじょうこふんぐん)

西条古墳群(さいじょうこふんぐん)

国指定史跡。もとは60数基の古墳があったとされます。大型の古墳としては、古墳時代中期(5世紀初頭)に造営された行者塚古墳・人塚古墳・尼塚古墳の3基が現存します。行者塚古墳からは、3〜4世紀に中国で製造されたとみられる国内最古級の金銅製の帯金具が出土しています。

西条廃寺(さいじょうはいじ)

西条廃寺(さいじょうはいじ)

奈良時代前期(7世紀前半)のものとみられる、法隆寺式伽藍配置の巨大な寺院跡。発掘調査で出土した風鐸・九輪・瓦などは復元されて加古川市総合文化セン ターで展示されています。現在は、県指定史跡公園として、塔・講堂・金堂の基壇や中門跡・回廊跡などが復元されています。

永昌寺(えいしょうじ)

永昌寺(えいしょうじ)

永正年間(16世紀初頭)、三木別所氏により創建された寺院。加古川市指定文化財で平安時代後期の地蔵菩薩立像や、本堂床下から発見された室町時代前期のものと思われる石幢(せきどう)が伝えられています。

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