新兵庫史を歩く 風情ただよう城下町〜豊岡市出石町〜

新兵庫史を歩く 風情ただよう城下町〜豊岡市出石町〜

県内の名所・旧跡・歴史を視聴者とともに訪ねてその土地の美しい自然、風土に触れながら郷土の歴史や伝統文化のすばらしさを紹介する「新兵庫史を歩く」。
第4回目は豊岡市出石町が舞台です。五万千石の城下町として栄えた歴史の町・出石町の史跡や名所の数々を歩きます。

実施
平成16年4月24日(土)
放送日
平成16年5月9日(日)午後1:00〜1:43(総合テレビ・兵庫県内向け)

新兵庫史を歩く 風情ただよう城下町〜豊岡市出石町〜 パンフレット ※こちらから地図をダウンロードできます。(PDF)

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コースのポイント

出石城跡(いずしじょうあと)

出石城跡(いずしじょうあと)

1604年に小出吉英(よしふさ)が有子山(ありこやま)山頂にあった高城を山麓に移して平城を築いたのが出石城の始まりです。小出氏断絶後、しばらくは松平氏によって治められましたが、1706年に仙石氏が、信州上田から入封しました。以来出石は幕末まで仙石氏の城下町として繁栄しました。

経王寺(きょうおうじ)

経王寺(きょうおうじ)

出石と京を結ぶ京街道の出入り口にあり、いざ戦いとなった時には砦の役割を果たすよう配置されました。山門の前に建つ鐘楼は白い漆喰塗りの壁に二層望楼形の構えで、土塀には銃眼が備えられていました。日蓮宗の寺で、出石城主小出家、仙石家の庇護を受けて菩提寺をつとめました。

石部神社(いそべじんじゃ)

石部神社(いそべじんじゃ)

延喜式にも名を残す古社で、土地の産土神として信仰を集めています。出石藩主が参勤交代の折にこの社に参拝して無事を祈願したといわれます。大ケヤキはご神木で、樹齢およそ千年、樹高25m、幹周囲が8mという巨木で、但馬巨木百選に指定されました。

宗鏡寺(すきょうじ)

宗鏡寺(すきょうじ)

1392年に山名氏が一族の菩提を弔うために建立。寺は山名氏の衰退で荒廃しましたが、出石藩主小出吉英が大徳寺首座だった沢庵和尚を迎えて再興しました。別名沢庵寺と呼ばれます。境内には江戸時代に出石を治めた仙石家の墓所もあります。

桂小五郎潜居跡碑(かつらこごろうせんきょあとひ)

桂小五郎潜居跡碑(かつらこごろうせんきょあとひ)

1864(元治1)年に長州藩兵が起こした蛤御門の変で敗れた後に京を追われた桂小五郎は、出石で広江孝助と名乗って荒物屋を営みながら幾松夫人と潜伏していました。その住居跡に記念碑が建てられています。

見性寺(けんしょうじ)

見性寺(けんしょうじ)

経王寺と同じように砦の役割を果たすよう配置されました。この寺は当時近くを流れていた出石川からの侵入者を監視する役目も果たしました。経典を収めた経蔵の中に輪転式の大きな「一切経経典輪蔵」があります。

永楽館(えいらくかん)

永楽館(えいらくかん)

明治34年に竣工し、明治後期から昭和初期にかけて但馬地方の大衆文化の中心となる芝居小屋で人気を集めました。平成18年から豊岡市によって復元工事が開始され、平成20年夏に完工、44年ぶりに復活しました。(写真は復元前のものです。)

辰鼓楼(しんころう)

辰鼓楼(しんころう)

藩士の登城の時刻を知らせる太鼓櫓で辰の刻(午前8時)に鳴り、見張櫓でもありました。1869(明治2)年に全国に先駆けて時法を改正した出石は太鼓を時鐘に代えて1時間ごとに時を知らせました。

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