新兵庫史を歩く KOBE発 清盛の平安へ〜神戸市中央区・兵庫区〜

新兵庫史を歩く KOBE発 清盛の平安へ〜神戸市中央区・兵庫区〜

県内の名所・旧跡・歴史を視聴者とともに訪ねてその土地の美しい自然、風土に触れながら郷土の歴史や伝統文化のすばらしさを紹介する 「新兵庫史を歩く」。
第22回の舞台は神戸市中央区・兵庫区です。大河ドラマ「平清盛」の主人公・平清盛ゆかりの地を中心としたコースを巡ります。旧居留地やメリケンパーク、厳島神社や七宮神社などを訪ね、港町神戸の“現在(いま)”から“過去(むかし)”へとさかのぼります。もしかしたら、道中を清盛たちが見守ってくれているかも・・・?神戸に残る、清盛の夢のかけらをみなさんで追いかけましょう。

実施
平成24年5月26日(土)
放送日
平成24年6月21日(木)午後8:00〜8:43(総合・兵庫県内向け)

新兵庫史を歩く KOBE発 清盛の平安へ〜神戸市中央区・兵庫区〜 パンフレット ※こちらから地図をダウンロードできます。(PDF)

PDFデータをご覧いただくには、AdobeReaderが必要です。
お持ちでない方は、こちらのページへ。

コースのポイント

メリケンパーク

メリケンパーク

昭和62年にメリケン波止場と中突堤の間を埋め立てて造成されました。現在では神戸を代表する景観のひとつとして、多くの観光客が訪れます。パーク内には、阪神・淡路大震災の記憶をいまに伝える「神戸港震災メモリアルパーク」や第1回ブラジル移民船出港を記念した「希望の船出」像、サンタ・マリア号の復元模型など、さまざまな展示物も点在しています。

鎮守稲荷神社(ちんじゅいなりじんじゃ)

鎮守稲荷神社(ちんじゅいなりじんじゃ)

境内には清盛の甥・平経俊(つねとし)<弟・経盛(つねもり)の第2子>を供養する五輪塔があります。当時18歳だった経俊は一の谷合戦で、近くの西出の浜へ落ち延びて落命しました。この塚は子供の守護神(夜泣きの神様)として信仰を集めています。また、江戸時代に海運で栄えた豪商・高田屋嘉兵衛が、海上交通の安全を祈って奉納した石灯籠も残されています。

厳島神社(いつくしまじんじゃ)

厳島神社(いつくしまじんじゃ)

清盛は福原京の守護神、平氏一門の氏神として広島(宮島)の安芸国厳島神社を深く信仰し、福原京の周辺七カ所に弁財天を勧請して祀ったと伝わっています。この厳島神社もそのひとつで「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)」を祀っており、ほかの弁財天がある近世兵庫津の町の外にあったことから「外弁天」とも呼ばれ親しまれています。

七宮神社(しちのみやじんじゃ)

七宮神社(しちのみやじんじゃ)

神戸には一宮神社から八宮神社までがあり、七宮神社もそのひとつ。港の修復で怒りにより暴風雨を起こした大己貴命(おおなむちのみこと)を鎮めるために、清盛が七宮神社を建立して遷座したところ、暴風雨が収まって経ケ島の工事が無事に進んだと言われています。また、この地の祭礼で唄われる「兵庫木遣(きやり)音頭」は清盛が紀伊から巨木を運ぶ時に唄われたと伝わっています。

来迎寺[築島寺](らいこうじ・つきじまでら)

来迎寺[築島寺](らいこうじ・つきじまでら)

清盛が大輪田泊(おおわだのとまり)を修築し、経ケ島という人工島を築く際に、海神を鎮めるために自ら進んで人身御供となった17歳の侍童・松王丸の菩提を弔うために建立されました。境内には「松王小児入海」と刻まれた石碑や供養塔のほか、清盛の寵愛を受けた京堀川の白拍子姉妹「妓王(ぎおう)・妓女(ぎじょ)の塔」もあります。

大輪田泊の石椋(おおわだのとまりのいわくら)

大輪田泊の石椋(おおわだのとまりのいわくら)

清盛は日宋貿易を盛んにするため、兵庫の港である大輪田泊を修築しました。これにより、日本からは鉱物や材木、宋からは宋銭や書物、香料などが交易され、平家の隆盛を支えました。昭和27年に出土した20数個の巨石が、この大輪田泊の石椋(石を積み上げた防波堤や突堤の基礎)だと推定されています。

能福寺(のうふくじ)

能福寺(のうふくじ)

太政大臣に任じられた翌年の1168年(仁安3年)に、清盛が剃髪出家した寺として知られています。1181年(治承5年)に清盛が京で64歳の生涯を閉じた際には、当寺の住職・円実法眼がその遺骨を兵庫に持ち帰ったと伝えられます。境内中央には高さ11mの兵庫大仏が鎮座し、その傍らに清盛の墓所といわれる「平相国廟(へいしょうこくびょう)」があります。

真光寺(しんこうじ)

真光寺(しんこうじ)

「踊り念仏」で全国に教えを広めた時宗の開祖である一遍上人(いっぺんしょうにん)が、全国を遊行中に亡くなった示寂(じじゃく)の地として有名です。境内には一遍上人の廟所があり、その霊骨は五輪塔に納められています。また、清盛が広島の安芸国厳島神社を勧請した際に、この地に七弁天のひとつ「真野弁天」を祀ったとも伝わっています。

清盛塚・琵琶塚(きよもりづか・びわづか)

清盛塚・琵琶塚(きよもりづか・びわづか)

清盛の死から100年後の1286年(弘安9年)に、時の執権・北条時貞が清盛を弔うために建立したと伝わっています。長らく清盛の墓所といわれてきましたが、大正12年の調査ではそれらしいものは見つからず、墳墓ではないことが明らかになりました。また、その隣には琵琶塚があり、「平家物語」で琵琶の名手として謳われている平経正(つねまさ)<平敦盛(あつもり)の兄>の琵琶を埋めたという伝説があります。

歴史館(れきしかん)

歴史館(れきしかん)

「歴史館」では、清盛が生きた平安時代の暮らしや神戸港の発展、福原京に関する遺跡や出土品の展示など、見どころ豊富。また、清盛ゆかりの地をめぐる歴史ガイドツアーの開催、PRキャラバン隊「神戸・清盛隊」によるステージイベントなども実施されています。

↑ ページの先頭へ