新兵庫史を歩く 義士と塩の道〜赤穂市〜

新兵庫史を歩く

県内の名所・旧跡・歴史を視聴者とともに訪ねてその土地の美しい自然、風土に触れながら郷土の歴史や伝統文化のすばらしさを紹介する 「新兵庫史を歩く」。
15回目は、赤穂市を舞台に、「忠臣蔵」で有名な義士の史跡が残る城下町と、古来より塩の産地として栄えた歴史を歩きます。

実施
平成20年5月10日(土)
放送日
平成20年5月31日(土)午前10:05〜10:48(総合テレビ・兵庫県内向け)

新兵庫史を歩く 義士と塩の道〜赤穂市〜 パンフレット ※こちらから地図をダウンロードできます。(PDF)

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コースのポイント

息継ぎ井戸(いきつぎいど)

息継ぎ井戸(いきつぎいど)

浅野内匠頭による刃傷事件を知らせるため、赤穂藩士の早水藤左衛門と萱野三平が3月14日夕刻に早かごで江戸を出発し、19日早朝赤穂に到着した。二人は城内に入る前に、この井戸の水をのんで一息ついたと伝えられる。城下にはりめぐらされた赤穂藩の上水道は日本三大上水道の一つと称された。

花岳寺(かがくじ)

花岳寺(かがくじ)

赤穂藩初代藩主・浅野長直が1645(正保2)年に菩提寺として建てた寺。歴代藩主の永井家・森家の菩提寺でもある。入り口の門は元赤穂城城下町の西惣門で、1873(明治6)年に移された。本堂横には義士たちの墓所があり、遺髪が納められていると伝えられている。

赤穂城跡(あこうじょうあと)

赤穂城跡(あこうじょうあと)

浅野長直の指示により、1648(慶安元)年から13年かけて築かれた変形輪郭式の海岸平城で、国指定史跡。 国名勝の本丸庭園は御殿の間取りが原寸大で再現されている。城内には、刃傷事件の知らせを伝えに駆け戻った早水藤左衛門・萱野三平が叩いたと伝えられる大石邸長屋門もある。

大石神社(おおいしじんじゃ)

大石神社(おおいしじんじゃ)

1912(大正元)年、大石家などの邸宅跡に建てられた神社。四十七士と萱野三平を祀り、大願成就の神として知られる。参道の義芳門は、もともと湊川神社の神門で、1942(昭和17)年に移築されたもの。宝物殿には、内蔵助の書状など、討ち入りに関連した資料が多数保管されている。

唐船山(からせんやま)

唐船山(からせんやま)

標高19メートル、兵庫県で一番低い山。日本が唐と交易していたころ、赤穂の沖で嵐のため宝物を積んだまま沈没した唐船に土砂が積もり島となって、地続きの小高い山となった、という言い伝えが残される。隣接する唐船サンビーチは、海水浴や潮干狩りなどで人気のレジャースポット。

赤穂市立海洋科学館・塩の国(あこうしりつかいようかがくかん・しおのくに)

赤穂市立海洋科学館・塩の国(あこうしりつかいようかがくかん・しおのくに)

赤穂は古くから塩の産地として栄えてきた。県立海浜公園は、かつての塩田跡に作られた遊園地をはじめとした施設で、家族連れなどで賑わっている。その中に、実際に塩作りを体験できる施設「塩の国」がある。揚浜式塩田・入浜式塩田・流下式塩田など、かつての製塩技術が再現されている。

おせど

おせど

大石内蔵助の仮寓地跡。通称「おせど」と呼ばれている。赤穂城明け渡しの直前に城内三之丸の屋敷からこの地へ移り、その後京都の山科に移るまでの2ヶ月あまりを過ごした場所。鳥居の前にある2つの巨石は、牛石・馬石と呼ばれ、元は赤穂城本丸庭園にあったものと伝えられる。

普門寺(ふもんじ)

普門寺(ふもんじ)

天台宗園城寺派の寺院。本堂に安置されている十一面千手観世音菩薩坐像は、平安時代前期の作品と伝えられる。高さ104.5cmの一木造で、元は京都の神護寺に祀られていた。十一面千手観世音の坐像としては、県下で唯一のものであり、国の重要文化財にも指定されている。

赤穂八幡宮(あこうはちまんぐう)

赤穂八幡宮(あこうはちまんぐう)

1406(応永13)年、鳥撫村(現在の赤穂市鷆和(てんわ))から現在の場所に移された。応神天皇、神功皇后、仲哀天皇を祭神とする。大石内蔵助ゆかりの布袋額や四十七士関係の書状などが残されている。また、秋の大祭で行われる赤穂八幡宮獅子舞は、兵庫県の無形民俗文化財に指定されている。

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