震災で「全壊」判定を受けながらも、今なお当時の姿を残している建物があります。 その名も“ゼンカイハウス”。家主は建築士の男性です。 当時の姿を残すことにこだわったその思いに迫りました。
11月19日、神戸マラソンが開催され、およそ2万人のランナーが神戸の街を駆け抜けました。 その中に、阪神・淡路大震災で亡くなった幼なじみへの思いを胸に走る女性の姿がありました。
神戸市の「人と防災未来センター」には、阪神・淡路大震災に関する資料が保存されています。 およそ19万点におよぶ資料の数々は、22年前に何が起きたのかを今に伝えています。 ここでは、いまも資料の寄贈を受け付けています。 最近では、高齢になり自分で資料を保管するのが難しくなった人が資料を寄贈しにくるということです。
福岡や大分で大きな被害が出た九州北部豪雨。 被災地では、多くの住民が今なお不自由な生活を余儀なくされています。 そんな中、直後から被災者支援のボランティアを行っている男性がいます。 その原点は阪神・淡路大震災。震災の経験は生かせるのか、その活動に密着しました。
震災で住まいを失った人のための「借り上げ復興住宅」。 20年の期限を過ぎても継続入居を求める人もいて、 年々高齢化する被災者の暮らしをどう支えていくかが、課題になっています。 この問題を、マンガを使いながら分かりやすく解説している若者がいます。 大学生の頃からこの問題に向き合ってきた若者の思いに迫りました。
阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた西宮市に、 泥んこ遊びや木登りなど子供たちが自由に遊びを楽しめる 「プレーパーク」と呼ばれる原っぱがあります。 その原点は震災で傷ついた子供達の心を癒やすための遊び場にありました。 東北や熊本の被災地にも広がる「プレーパーク」活動を通して 被災地の子供たちを見つめてきた1人の女性の思いに迫りました。
いま、震災をきっかけに生まれた万年筆インクが人気を集めています。 その名も「神戸インク物語」。10年前にわずか3色からスタートし、今では61色にまで増えました。 全ての色に神戸市内の各地の名前がついています。 風見鶏の館のレンガの色をイメージした「北野異人館レッド」、「波止場ブルー」は神戸の港の晴れやかな空と海を表しています。 大きな震災で、きれいな街が厳しい状況になったのを機に、もう一度きれいな神戸を全国に発信したい、 という思いで神戸市内の文具店に勤める竹内さんが開発しました。
体の不自由な障害者や高齢者が安心・安全に旅行を楽しむことのできる「ユニバーサルツーリズム」。 旅行の情報を発信し、障害者たちの旅をサポートしてきた男性が神戸にいます。 活動の原点となった、阪神・淡路大震災の体験と男性の歩みを取材しました。
阪神間には洋菓子店の名店が多いことで知られていますが、中には阪神・淡路大震災で被害を受けた店も少なくありません。 今も菓子作りに特別な思いを込める菓子職人がいます。
空の上から鳥の目で見てまちの様子を描いたもの「鳥瞰図」。 これを描いたのは神戸で生まれ育った鳥瞰図専門の絵師・青山大介さんです。 大震災を乗り越えよみがえった神戸の街を未来に伝えたい、と活動しています。
神戸の街が大好きで移り住み、15年にわたって神戸の魅力を発信してきた女性がいます。 阪神・淡路、東日本と二つの震災を経て気付いたのは、傷ついた街とともに歩んできた「人」こそが、 神戸の素晴らしさだということでした。女性の思いを追いました。
神戸市に、生まれたばかりの赤ちゃんを撮り続けている写真家がいます。 伝えようとしているのは、小さな命が持つ力強さや前を向いて生きていく勇気です。 21年前の阪神・淡路大震災で写真家としての道を見出した男性の思いを取材しました。
発生から21年がたち、震災を経験していない世代にその記憶をどう伝えていくかが大きな課題となっています。 こうした中開発されたのが直後の被災状況を写真や画像で見ることができる、スマートフォンのアプリです。 どんな思いで開発され、どのように活用されているのでしょうか。
福祉施設などにクラシック音楽を届けようと演奏活動を続ける楽団が神戸にあります。 コンサートの回数は10年間で400回以上にのぼります。 この楽団を率いる男性の活動の原点には震災で亡くなった友人への思いがありました。
震災で大きな被害を受けた神戸市長田区の小学校で子どもたちの防災意識を 高めようというある取り組みが行われています。 学習に生かしているのは給食の時間に流れる「校内放送」。 主体的に協力している大学生と子どもたちがお互い学びあう防災学習、 「震災を知らない」世代の子どもたちは何を感じているのか。
阪神・淡路大震災をきっかけに多くのボランティア団体が設立されました。
20年が経ち、当時のメンバーの高齢化が進んでいます。
この夏、ある団体では、震災を経験していない若者が新しく代表になりました。
神戸で育まれたボランティアの心を受け継ごうとする姿を取材しました。
ある男性が被災地の避難所に畳を送り届ける活動を2年前から続けています。 全国の200を超える畳店が協力するプロジェクト、この活動の原点にはふたつの大震災がありました。
4年前の東日本大震災から3ヶ月後の6月11日、神戸でJリーグ「ヴィッセル神戸VSベガルタ仙台」戦が行われました。
地震と津波によって傷ついたふるさとをあとに、愛するチームを応援しようと神戸にやってきた仙台のサポーターたち。
彼らがスタジアムで目にしたものとは・・・。
東日本大震災から4年。震災の直後から、被災地を毎月訪れている女性がいます。
伝えようとしているのは、阪神・淡路大震災のときに経験した“後悔”です。
東北では同じ失敗をしてほしくない、という思いで活動している姿を追いました。
震災の記憶が薄れる中、普段から防災の意識を持つためにはどうすればいいのかが課題となっています。 いま、女性ならではの視点を取り入れ、楽しく防災にふれてもらおうという活動が注目を集めています。
神戸港から出港する大型遊覧船『コンチェルト』。 普段は、音楽の生演奏や料理とともにクルーズを楽しむことができますが、 震災の直後は被災者の移動や救援物資の輸送に使われました。 今回、震災から20年を機に特別なクルーズが行われました。参加した人々の思いを伝えます。
震災で20歳の息子を亡くした男性が地域の人々が交流する活動に力を入れています。
“顔なじみのある関係”が防災にもつながる、との思いからです。
「亡き息子のためにできること」に向き合う父親の姿を追いました。
関西の中高生が参加するジャズイベント「神戸ジャズ」。 阪神・淡路大震災から10年後の平成17年からジャズに取り組む若者を応援しようと毎年開催されてきました。 今年のこのイベントで、兵庫県の高校生と宮城県石巻市の高校生が初めて合同演奏を行いました。 ジャズを通して絆を結んだ高校生を追いました。
今回は、神戸市東灘区にある銭湯を紹介します。
この銭湯は、阪神・淡路大震災直後に再建され、今も当時のまま営業しています。
19年前の“あの日”、ここで何があったのかを静かに伝え続ける銭湯、そしてここに集う人々を取材しました。
今回は、現在神戸港で就航している大型遊覧船を紹介します。
今は優雅な姿を見せているこの船、実は阪神・淡路大震災の時に大きな役割を果たしたのです。
震災当時、被災地や被災者にとっては「命をつなぐ船」となり、震災後は「復興のシンボル」とも言われました。
当時を知る人の思いを通して、船の20年をたどります。
阪神淡路大震災の被災者が、フットサルの全国リーグ「Fリーグ」広報大使に選ばれました。
震災による心の病を、フットサルを通じて乗り越えた体験を伝える活動をしていることがその理由です。
19年前の震災からの男性の歩みを追いました。
今回は、音楽を通じて神戸から震災のメッセージを発信し続けるグループを紹介します。
阪神・淡路大震災の2年後に結成された「ガガガSP(スペシャル)」。
ボーカルのコザック前田さんによる、ストレートに自らの思いをぶつける歌詞が特徴で、
この10年あまり、震災の歌を歌い続けてきました。
歌に込めた思いと、ステージを支える人を見つめました。
今回は、家庭の主婦たちによる防災の取り組みについてです。
阪神・淡路大震災では、実は、ベテラン主婦たちの日々の暮らしの知恵が、避難所や仮設住宅などで大いに生かされました。
神戸市の主婦たちのグループでは、阪神大震災以来積み重ねてきた知恵を、次なる災害への備えに生かしてほしいと活動を続けています。
今回は少女雑誌で今も連載が続く「あるいとう」という漫画についてです。
「あるいとう」とは神戸の言葉で「歩いている」という意味です。
「阪神・淡路大震災」を扱った異色の作品で、ふだん少女漫画を読まない世代や男性にも支持が広がっています。
著者のななじ眺さんが主人公の少女を通して描こうとしたのは、震災を経験した神戸の人たちの心のあり方でした。
今回は、幼い子どもの心に、阪神・淡路大震災がどんな影響を与えたのか、一人の女性の生き方を通じてみていきます。
現在、防災教育に熱心に取り組む河田のどかさんが、7歳の時に経験した震災で感じたのは、強い恐怖でした。
そして、震災の記憶に向き合ったことが人生を大きく変えたといいます。
今回は、以前もこのコーナーでお伝えしたミュージカルの話題です。
阪神・淡路大震災から19年を間近に控える平成26年1月12日。震災をテーマにしたミュージカルが西宮市で行われます。
ミュージカルには東日本大震災で両親を亡くした陸前高田市の小学生も参加します。
ミュージカルを立ち上げた芦屋市の夫婦が指導のため被災地の子どもたちのもとを訪ねました。
今回はこのコーナーのテーマ曲でもある「しあわせ運べるように」の歌についてです。 阪神・淡路大震災での被災地を勇気づけようと生まれたこの歌は今、東日本大震災の被災地でも歌われています。 作詞・作曲は神戸の小学校の音楽教師、臼井真(うすいまこと)さん。今、東北の各地でこの歌の指導を続けています。 福島県での歌を通した交流を取材しました。
阪神・淡路大震災から19年を間近に控える平成26年1月12日。
兵庫県西宮市のホールで震災をテーマにしたミュージカルが行われます。
ミュージカルには東日本大震災で両親を亡くした岩手県陸前高田市の小学生も参加し
2つの震災で被災した人たちの心が結びついてほしいという願いが込められています。
ミュージカルに込められた思いを植村カメラマンが取材しました。
神戸には阪神・淡路大震災からの復興をアピールしようと8年前に始まったジャズのイベント「神戸ジャズ」があります。
こちらは関西の中学生・高校生が多数参加する事でも知られています。
今年、このイベントに東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市の高校がビッグバンドを結成して初めて参加しました。
今回は、神戸とネパールの高校生たちの物語です。
神戸市垂水区にある県立舞子高校の環境防災科は、日本でただ一つの防災を専門に学ぶ学科です。
今年8月、舞子高校の生徒たちが、地震からみんなの命を守るために、自分たちに何ができるのか、
ネパールの学生とともに考えるため、ネパールを訪問しました。
阪神・淡路大震災と東日本大震災。
二つの震災で幼い息子を失った母親が、交流を続けながら、一冊の絵本を作ろうとしています。
絵本に込めた母親たちの思いを見つめました。
神戸市内の文房具店が開発した万年筆のインク、「長田ブルー」や「元町ルージュ」など、
色にすべて神戸市内各地の名前がつけられています。
そこには、文房具店で働く男性の震災を経た神戸への思いがこめられていました。
神戸市に住む洋画家の男性。
18年前の震災直後、まだ爪痕が残る神戸の街を歩き20枚あまりの絵を描き残しました。
今、この洋画家が何を思うのか、震災直後にもこの男性を取材した水谷カメラマンが改めてお話を伺いました。
阪神・淡路大震災で被災地の写真を撮らなかったことを後悔している男性。
東日本大震災で被災した宮城県南三陸町の中学生に地元の町を写真に納めることを提案し、今、その写真展が開かれています。
男性と、写真を撮った中学生たちの思いを見つめました。