2018年4月 2日

センバツに思うこと


センバツ高校野球が佳境に入ってきました。

(今日は準決勝の前日の休養日です)

夏の大会は負けると終わりですが、春の敗戦は夏に生かせます。
寒い冬が終わったという季節感も相まって、悲壮感よりも希望が勝る大会でしょう。

広坂のセンバツ甲子園の最初の記憶は、1972年(昭和47年)の決勝戦、
日大桜丘-日大三の対戦です。

日大桜丘にはのちにプロ野球で活躍した「ジャンボ」仲根正広投手がおり、
かたや日大三は前年の優勝校。
ともに日大系列の学校、ともに東京の学校ということでも話題になりました。

当時小学校2年生から3年生にあがる時分だった私は、センバツも夏の選手権のように
1つの県から1校しか出られないものだと思い込んでいました。
「東京対決」という新聞の見出しに「???」となり、結果としてこの試合が
記憶に残ることになったのです。。

それから45年。去年のセンバツは大阪桐蔭-履正社の大阪対決。
同じ都道府県同士の決勝は、件の東京対決以来でした。

45年前そろばん塾へ行くバスの中でカーラジオを聴いていた野球小僧は、
何をどう間違ったか放送席から伝える立場になり、しかも決勝で担当したのは
8Kテレビの実況です。

高校野球には時代を経ても変わらないものがあるとよく言われますが、
自分の立場の変化や、メディア状況の変化は本当に隔世の感があります。

新しい時代(とき)のはじめに、新しい人が集いて、とは
センバツ大会歌「今ありて」の冒頭の歌詞です。

変わらないと思っているものでも実はどんどんアップデートされます。
わかったつもり、知ったつもりにならず、いかにフレッシュな感覚で伝えていけるか。
この仕事に携わって30年、ますます謙虚にやらねばと柄にもなく考えるのでありました。

投稿者:広坂 安伸 | 投稿時間:16:00 | カテゴリ:広坂 安伸 | 固定リンク

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