ハレピョンブログ~NHK北九州だより~

アナウンサーの戸部です。

盛況が続く大相撲。その中、6月6日、行橋市で、
元大関・琴風(ことかぜ)の尾車(おぐるま)親方の講演会が開かれました。

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行橋市のお隣・築上町は、幕内・松鳳山の出身地です。
松鳳山は、よく尾車部屋に出稽古に行くこともあって、
尾車親方は、
「松鳳山を自分の弟子のように思っている。
力は十分にあるから、あの体を使いこなせれば、まだまだ上でとれる。
そのためには、地元の声援が一番の力になる。ぜひ温かく見守ってほしい」
と、会場に集まった150人以上の京築の人たちに呼びかけていました。

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講演の中で、尾車親方は、あるエピソードについても話しました。

今年3月の春場所、
新横綱・稀勢の里がけがを負いながら
逆転優勝を果たして大きな話題となりましたが、
優勝を逃した大関・照ノ富士についてです。

実は照ノ富士は、モンゴルから来日した際、
初めて足を運んだ相撲部屋が尾車部屋でした。
部屋で半月過ごし、尾車親方も、
自分の弟子のように親しみを持っているそうです。

春場所の終盤は、
照ノ富士自身もひざのけがを押しての相撲だったにもかかわらず、
立ち合いの変化で大関復帰を目指す琴奨菊に勝って
厳しいことばを浴びせられたことや、
千秋楽、
稀勢の里に味方するような会場全体の雰囲気から、
場所後に尾車親方と会ったときは非常に落ち込んでいて、
「もう辞めたい」とも漏らしていたそうです。

そんな照ノ富士に対して、尾車親方は優しいことばで接するのではなく、
「それでも、勝たなければ、お前の目指す横綱にはなれない。
2場所連続で全勝優勝すれば、横綱昇進について誰も文句は言わないんだ。
勝ちもしないで悩むな」
と激励したそうです。
尾車親方は、
「本当の力は悔しい思いをしたときに出る」
という信念を持っています。

ご自身も、21歳で関脇に昇進したものの、左ひざの大けがで幕下まで陥落。
その間、自分の付け人だった力士が十両に昇進し、
逆に自分がその力士の付け人となり、
背中を洗ったり、お酒を注いだりした悔しい経験が、
復帰への原動力の一つになったと言いました。

「けがをすることはだめなことじゃない。
それであきらめてしまうことが一番ダメなんだ。」
親方になってからも、
脊髄損傷で、首から下が麻痺して、一時は「死のう」とも思ったそうです。

しかし、そんな時期に、現役時代の師匠、
横綱・琴櫻(ことざくら)の先代・佐渡ヶ嶽(さどがたけ)親方が夢の中に現れ、
「泣いている暇があったら、稽古しろ」
と叱ってくれたそうです。

それで目が覚めた尾車親方は、
「弟子たちのもとへ帰るんだ」
と、厳しいリハビリをこなし、今では奇跡的に歩けるようになり、
ご存知のとおり、テレビでの解説でもご活躍されています。
そんな親方だからこそ、自分の経験と重ね合わせて、
照ノ富士に這い上がってほしいと、強く思ったのかもしれません。

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講演の最後には、親方が相撲甚句を披露。歌もお上手な尾車親方。
大ヒット曲「まわり道」などのレコードを出されるほどの美声の持ち主です。
巡業での別れを歌った「当地興行」で出席者を魅了しました。

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尾車親方の語るお話は、どれも、魅力的なものでした。
私も、もっともっと勉強して、大相撲の魅力を最大限伝えていけるように、
正々堂々、精進していきます。

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