出血が止まらない
例えばケガをして出血したとき、その出血はどのようにして止まるのでしょうか?


血液中の血小板が傷口に集まってきます。この血小板が傷口にくっついて固まるのが一次止血と呼ばれます。
さらに血液の中には、さまざまな血液凝固因子があり、それぞれが作用してフィブリンという網のような物質をつくり、血小板の塊を覆います。これが二次止血です。私たちの体では、こうした二段階の作用によって、止血が行われています。


血友病は、この二次止血に関係する12種類の血液凝固因子のうち、ある因子が不足しているためフィブリンが作られず、血が止まりにくくなる病気です。
「第8因子」が不足するのが血友病A。「第9因子」が不足するのが血友病Bです。血友病患者のほとんどは先天性で、しかも遺伝します。また、症状が出るのは、多くが男性です。女性で症状が出ることはまれですが、血友病を引き起こす遺伝子を持っていると、次の世代に引き継ぐことになります。
血友病の症状
血友病は軽い刺激でも出血しやすく、また、いったん出血すると止まりにくいという病気です。怪我していなくても、さまざまな出血が出現します。


一番多いのが皮下出血で「紫斑」とよばれます。いわゆる「青あざ」です。手足などをどこかにぶつけると、すぐにあざができてしまいます。子どもの場合、虐待と間違われることもあります。また採血の際に血液の塊の「血腫」によって腕が腫れる場合もあります。
紫斑だけではあまり治療の対象にはなりませんが、治療すべき出血症状として最も多いのが関節の出血です。歩いたり、物をつかんだり、手を回すなど、人間が動くために関節は欠かせませんが、この関節に負荷がかかることにより出血します。あらゆる関節に出血が起こりますが、多いのは足と膝の関節です。


膝の関節内に出血した血液が入り込むと腫れてきます。痛みもあり、関節の動きも悪くなります。このような関節の出血を繰り返すと、関節炎(血友病性関節症)をおこし、進行すると関節の軟骨や骨が破壊されます。エックス線写真の左側の正常な関節では、骨と骨との間に軟骨をしめす隙間が残っていますが、右側では軟骨がすり減って消失しています。
また、命に関わるような出血もあります。

亡くなる原因として最も多いのが頭蓋内出血です。次に怖いのが首の出血。首を打った時に血腫ができ、窒息する恐れがあります。さらに、お腹を打つと消化管から出血し、大量の出血を伴うこともあります。いずれも緊急の対応が必要です。
一生続く治療
血友病の治療において大切なのは「早期の止血」と「出血の予防」です。出血症状が起こったら、欠乏した血液凝固因子を補うために、第8因子や第9因子製剤を投与して止血します。生命の危険を伴う頭蓋内、頸部、腹部などの出血は、止血のための緊急の処置が必要です。
出血を予防するためには、週に1〜3回、あるいは一日おきの静脈注射が必要です。「定期補充療法」と呼ばれる治療法です。現在、重症の血友病患者の約8割がこの定期補充療法を受けています。注射のために週に何度も通院するのは大変なので、一般的には自宅で行います。

皮下注射と違って静脈注射は難しく、失敗することもよくあります。また、小児の場合は、両親など家族が注射することが多く、痛がる我が子に対し難しい注射をすることは、精神的にも大きな負担になります。加えて、血友病が遺伝するということで、両親、特に母親の葛藤が大きく、家族の精神的なサポートも必要です。この治療は一生続けなければなりません。
また、製剤の注射を続けていると、製剤中の凝固因子を自分のものではないと判断して、凝固因子を攻撃する抗体ができることがあります。これを「インヒビター」と呼びます。「インヒビター」ができてしまうと補充療法は効き目がなくなってしまい、治療がとても難しくなります。
日本発の画期的な治療薬 エミシズマブ
2018年に、血友病Aの治療薬として保険適用されたのが抗体医薬品、エミシズマブです。このエミシズマブそのものが、不足している「第8因子」と同じ働きをするため、血を止める役割のフィブリンが形成されます。こうして出血を止めることができるようになるのです。


エミシズマブは凝固因子製剤ではなく抗体製剤なので、皮下注射が可能です。また、1週間から4週間に一度の注射で出血が予防できます。さらに、インヒビターができてしまった人にも使用することができます。静脈注射に比べると簡単なので、失敗がほとんどなくなりました。家での注射も簡単に実施できるようになり、旅行や長期出張も行きやすくなりました。そのため、本人だけでなく、ご家族も生活の質が向上しています。今までスポーツを控えていたお子さんが、部活動ができるようになったなどという例も増えました。

エミシズマブは第8因子の代わりをするので、血友病Aには効きますが、第9因子が不足している血友病Bには、残念ながら効きません。現在、血友病Bも含めて、さまざまなアプローチから新薬が開発中です。
かつて血友病は、20歳まで生きられないと言われた病気でした。しかし、さまざまな治療法の開発により、普通の人と変わらない生活ができるまでに変わってきました。小さいお子さんに血友病が見つかっても、決して悲観せず、前向きに治療に臨みましょう。