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今回のテーマ

2024年問題 くらしはどうなる?

総合
【放 送】3月3日()午後3:05~4:03
出演

ことし4月、運輸・建設・医療の現場が大きく変わろうとしています。
働き方改革を理由に、各方面で担い手不足が加速し、私たちがこれまで普通に受けていた配達サービスや医療が受けられなくなる恐れも。
今、現場では何が起き、どんな対策が始まっているのか?そして私たちのくらしはどうなるのか?
それぞれの現場の実情や対策を見ながら、ゲストと解説委員が議論。今後の社会のあり方を考えます。

スタジオ全体

「2024年問題」で私たちの暮らしが変わる心配が

今回の番組のテーマは「2024年問題」。
働き方改革によって、ことし4月から「運輸」「建設」「医療」の3分野で労働時間が制限されます。それによって、私たちの暮らしにも大きな影響が出てくると見られています。
3つの分野はいずれも、現場で働く人の長時間労働によって、何とか支えられてきました。
それが限界を迎える中、社会はどんな未来を目指すべきなのでしょうか。

6項目

まず、2024年問題で、具体的に何が心配されているのかを紹介します。
運輸では「大事な荷物がなかなか届かない」「路線バスが無くなる」。
建設では「道路・橋などの復旧が遅れる」「住宅が建たない」。
医療では「救急医療にかかれない」「近くの病院が無くなる」などです。
いずれも私たちの暮らしに大きな影響を与えることばかりです。
2024年問題は、これからの日本を大きく変えていく可能性もあるので、是非、若い世代の人にも、関心を持ってもらいたいと思います。

運輸・建設・医療 働き方はどう変わる?

時間外労働

佐藤 庸介  解説委員

佐藤庸介解説委員

働き方改革関連法は、5年前の2019年から順次施行されています。すでに多くの分野で時間外労働に上限を設ける規制は適用されていました。
ただ、長時間労働が常態化している運輸・建設・医療の分野では、すぐに規制を行うと影響が大きすぎるとして、5年間猶予され、その間は上限がないままでした。その猶予期間が終わり、3つの業種でも2024年4月から規制が始まるということになります。
4月からは、休日労働を含むか含まないかという違いはありますが、運輸は年間960時間、建設は年間720時間、そして医療は年間960時間が上限になります。
ただ、「年間の数字で言われてもピンと来ない」という方が多いかもしれません。月平均80時間の時間外労働時間が、いわゆる「過労死ライン」と呼ばれています。960時間というのは、これを12倍した水準です。その長さが分かると思います。

牛田 正史  解説委員

牛田正史解説委員

今回、規制が始まる3つの分野は、いずれも長時間労働が深刻な課題になっています。
例えば、運輸と建設では、労働時間の平均が、全産業より約2割長くなっています。
これは、概ね毎日1時間から2時間ほど長く働いていることになります。
トラックの運転や建築業務などは、体力も神経も使い、安全も確保しなければなりません。
これまで働く人に相当大きな負担がのしかかっていました。
ですから、働き方改革を進めて長時間労働を防ぐこと自体はとても重要で、避けて通ることはできません。

運輸 私たちのくらしへの影響は?

トラック
トラック

一方で、働き方改革による「影響」にも、目を向けなければなりません。
具体的な試算もいくつか出てきています。
まず運輸では、トラックドライバーの働く時間が減ることで、2024年度には14%、重さにして約4億トンの荷物が運べなくなるおそれがあるという推計があります。
これは7個のうち1個の割合です。
また何の対策も講じなければ、ドライバーの数がどんどん減り続け、6年後の2030年度には、34%・9点4億トンの荷物が運べなくなるおそれも指摘されています。
すぐに、荷物の配送を拒否されるといった事態は広がらないと思いますが、これまでより荷物の到着が遅れたり、配送料が上がったりする可能性は十分にあります。

バス

今回の働き方改革は、バスにも大きな影響を与える見通しです。
バスは運転手の不足が年々深刻化しています。
民間の調査会社が、全国約1万4000路線を調べたところ、その中の約1割の路線で、運行本数が減ったり、路線が廃止されたりする可能性があると推計しています。
全国ではすでに運転手不足による影響が表面化していて、大阪・富田林でも路線バスが廃止され、住民に衝撃を与えました。
そうした状況に、2024年問題がさらに拍車をかけるおそれがあります。

過酷な勤務医 私たちへの影響は?

吉川 美恵子  解説委員

吉川美恵子解説委員

医療については、そもそも「労働時間」という概念自体が、以前は医師にほとんどなかったそうです。というのも、「医師=人の命を救う聖職」であり、そのためには長時間労働もいとわないもの、という考え方を医師たち自身もしてきたからです。
しかし、実際は過労死など長時間労働の問題が明らかになり、医師についても基本的に時間外勤務の上限を年間960時間とすることになりました。
しかし、厚生労働省によると2022年でも21.2%の勤務医がこれを超えていました。つまり、「医師の働き方改革」が4月から本格的に始まると、単純に考えて、その分の医療が受けられなくなってしまうことになります。

稚内病院

この影響を最も大きく受けるのが、地域医療です。特にもともと医師不足に悩んでいる地域は深刻です。
そのひとつ、北海道にある市立稚内病院を訪ねました。
1日800人以上が受診し、ベッド数も300を超える、地域の中心となっている病院です。

村中先生

診療部長の村中徹人さんは、医師不足のために労働時間が過剰になっていると訴訴えます。村中さん自身、予約だけで1日に60~90人を診なければならず、それに加えて予約外やかかりつけの患者の時間外も入ってくるというのです。
この日の村中さんのスケジュールを見せてもらいました。 朝の7時半から診察を始め、午後は会議や手術が続きます。午後5時半からは当直として、翌朝の8時半まで入院患者や夜間救急の対応に当たりました。さらに、翌日もそのまま診察を開始し、帰宅できたのは午前0時過ぎ。40時間以上にわたり病院にいたことになります。
診療案内表をみると、現在も午前のみの診療を示す緑がほとんどです。「働き方改革」が進めば、さらに休診を増やすしかないのです。
緊急の患者が出ても対応できず、170キロ離れた名寄の病院まで3時間以上かけて搬送することも珍しくありません。去年は80人の患者を運びました。地元の住民も「この病院では大きな手術は受けられない」「病気によっては遠い病院に回されるかもしれない」と不安を訴えています。
足りない診療科の医師を補うため、札幌や旭川にある大学病院から医師を派遣してもらっていますが、働き方改革が進めばいつ引き揚げられてしまうか分かりません。そうなると、医療の質の低下は避けられないと、村中診療部長は危惧しています。

ユニオン植山さん

勤務医自身は、「働き方改革」についてどう考えているのでしょうか。もちろん過剰労働は問題としながらも、不安も広がっているようです。
去年行われたあるアンケートによりますと、「改善を期待している」と答えた勤務医は、3割にすぎませんでした。
その理由として考えられるのは、「自己研さんや宿日直許可が“隠れみの”として労働時間を短く見せかけることに使われる可能性がある」ためだと、勤務医の労働組合、全国医師ユニオン代表の植山直人さんは言います。
「自己研さん」とは何でしょうか。例えば論文を書くことや学会発表、新薬の勉強、手術の予習は、自分の能力を高めるための勉強(=自己研さん)であって労働ではない、と医療界では長い間考えられてきました。現在でもこれらを労働時間に入れるかどうかは、あいまいなままです。
また、「宿日直許可」は、「十分に睡眠がとれるような、あまり忙しくない当直は労働時間に入れなくてよい」という、病院ごとに与えられる許可を指します。
こうしたことが“隠れみの”になって労働時間の「実態」が把握されず、改善もされないのではないかとみる勤務医が少なくないのです。

医師偏在

医師一人あたりの労働時間を制限したとき、現在と同じ医療を維持しようとするならば、医師の人数を増やすしかありません。ところがそうはならないため、すでに医師不足でギリギリの状態になっている地域の医療は、今後が危ぶまれています。
それは具体的にどこか。全国都道府県の10万人あたりの医師の数を示すこの図で確認することができます。色の赤いところが医師の数が多いところ、紫のところが少ないところです。例えば、東京は全国で最多ですが、隣の埼玉県は意外にも最少です。

牛田 正史  解説委員

医師の偏在、つまり地域や診療科の偏りを是正していくには、国がもっと強制力のある対策を打ち出すべきだという意見も、専門家などの間で上がっています。
一方で、医師は、自分の望んだ診療科や地域で治療を行うべきだという意見もあります。
医師の自由を守るのか、国がある程度、強制力のある対策を打ち出すのか、今後、さらに議論を重ねていくべきだと思います。

建設 災害復旧への影響と現場の改革

佐藤 庸介  解説委員

同じ長時間労働でも建設業に特徴なのは、「休みが少ない」ということです。
多くの企業では毎週2日が休みとなる、「完全週休2日」というのは一般的になっていると思います。ですが、建設業ではむしろ少数派です。
2023年公表した国土交通省の調査によると、建設業の平均的な休日として、毎週2日以上を確保できている割合は、施工管理に携わる「技術者」で11.7%、現場で作業を行う「技能者」で12.8%にとどまっています。
完全週休2日が浸透していないことは、建設業が若い人に敬遠される大きな理由になっています。

建設人員

そうしたこともあって、建設業では人手不足が加速しています。
今から30年近く前の1997年に建設業に携わっていた人たちは、あわせて685万人に上りました。ところが、去年2023年には483万人。およそ200万人減ったことになります。
他方、今も多くのニーズはあります。例えばインフラの修繕です。高度経済成長の時に建設した橋やトンネルなどのインフラは、半世紀以上がたち、老朽化が深刻です。
また、近ごろは災害が頻発しています。毎年のように台風に伴う水害などが発生し、その都度、住宅やインフラの復旧が必要になります。いずれも建設業者の力が必要です。
こうした人手不足の状況に、2024年問題が加わることになります。

3割と復旧

人手不足の懸念は、すでに広がっています。
「野村総合研究所」では、2025年以降は職人1人あたりの仕事量が、2010年と比べて3割増しになると試算しています。2010年は職人の数と仕事量が適正な状態だった水準だということで、それより3割増すことで家を建てる職人の手が回らなくなるおそれがあります。
また、災害復旧についても、「リクルートワークス研究所」は、2040年にメンテナンスが必要な道路のうち、78%しか修繕できないという試算をまとめました。道路が壊れて2割以上修繕できないとしたならば、私たちの生活には大きな影響が避けられません。
能登半島地震でも、主に手を動かして復旧にあたっているのは建設業の人たちです。これまでは災害の被害が生じても、すみやかな復旧が期待できましたが、このままでは難しくなるかもしれません。

復旧への影響

一方、2024年問題で気がかりなのは、能登半島地震の復旧・復興作業への影響です。
厚生労働省によると、災害の場合には特別扱いになるということです。地震で被害を受けた建物の解体、がれきの撤去、建物の修繕の工事などでは、上限規制は適用されません。
ただ、緊急的な段階が終わった後、復旧事業がもう少し長い期間かかるものについては、一部の規制が適用されるということです。
長期間かけて作業することが必要な工事については、働く人の健康を守ることも重要です。早期の復旧と働く人の健康のバランスを考慮し、こうした対応をとっているということです。
このように災害の復旧、インフラの修繕など、建設業の役割は増しています。
魅力を高めて建設業に携わる人を増やすことはもちろん、限られたマンパワーで業務を回せるようにすることも重要です。そこで建設業界では、今、さまざまな工夫で乗り切ろうという動きが出てきています。

取材で訪れたのは、群馬と長野を結ぶ「上信自動車道」の建設現場です。
すぐに目についたのが“週休2日”と書かれた看板。なかなか休みが取れないというイメージを払しょくしようという姿勢がうかがえました。でも、どうやって、休みの確保を実現しているのでしょうか。
現場では大型のショベルカーが、土を削っていました。運転席には、群馬県の建設会社に勤める若手社員が乗っているというので、声をかけてみると…

建設

降りてきたのは、女性社員の大河原有紗さん(写真右)。聞くと作業を1人で任されているということです。
重機を使った現場作業は当然、一定の経験が必要だと思い、失礼を承知で年を聞くと、入社3年目、21歳。現場でのキャリアは、わずか1年だというのです。どうしてそんなことが可能になっているのでしょうか。

大河原有紗さん「私でもできるのが、ICT建機です」

「ICT建機」とは、情報通信技術を活用した建設機械のことです。
GPSなどを活用して位置情報を把握します。そうすると、操縦席にあるモニターに情報が表示されます。

建設

上の左側の写真で、緑色に表示されているのが設計データ。それに沿ってアームや先端部分を動かすとデータ通りに地面を削ることができます。
実際の刃と地面との距離が、ミリ単位で画面に表示されるため、経験や感覚に頼らずに作業することが可能です。モニターを見ながら作業することで、操作の難易度が格段に下がったということです。
大河原さんの作業を見せてもらうと、刃の傾きが一定のまま、土を削っているのが分かりました。
ICTの手助けを借りて作業を行う効果は、経験不足を補うだけではありません。
これまで作業する際には、建機の操縦者に加えて、きちんと削れているかを確認する計測者も必要でした。それが1人でも可能になったうえ、時間も半分で済むといいます。
つまり、経験がなくても作業できるうえ、人手も時間も半分になったということになります。
ICT建機での作業を見ていて、「もしかすると経験豊富な社員が『自分の仕事を取られる』と不安になるのでは?」と感じてしまいました。
そこでこの道30年以上だという、建設会社の片野光男土木部長に率直に聞いてみました。片野部長はむしろ「中堅の社員も危機感が出て、良い刺激になって会社の底上げをしている」と前向きに捉えていました。
大河原さんは、子どものころから重機の運転が夢で、工業高校の土木科に進学。それでも、一人前になるまで長い年月がかかるのではないかという不安があったそうです。そんなときに、会社が行った体験授業に参加してICT建機に触れました。「これなら自分にもできるかもしれない」と感じ、入社を決めるきっかけになったということです。

大河原有紗さん
「機械も乗れる、オールマイティーな監督になりたいので、10年、20年先を見据えていろいろと吸収していきたい」

会社では、測量にもICTを導入。こちらでも、2人必要だった作業を1人で行えるようになりました。
驚いたのはその精密さです。測量で使う「3Dレーザースキャナー」で、現場をスキャンしてもらったあと、画面を見せてもらいました。
そうすると、現場にいた私(佐藤)の姿が鮮明に映し出されていました。隣にいたカメラマンが持っていたカメラの形までくっきりと分かります。会社に聞きますと、必要な時間もこれまでの1~2日から数分に、劇的に短くなったということです。
しかし、一番の問題は、高額な費用です。
会社で購入したICT建機はあわせて11台。「一般的な建機の2倍近くする」ということで、従業員34人の会社にとっては思い切った投資でした。
これについて南雲和好社長は「高い機械なので無駄なく使えるようにみんなで考えるようになって、社員の考え方も変わりました」と話していました。
ICT建機の導入で仕事が効率化できた結果、完全週休2日制を実現。その結果、以前はほとんどなかった若手の応募が増え、今では10代と20代の社員が全社員の3割近くを占めるまでになりました。

南雲和好社長
「労働者不足なので魅力ある建設業をアピールしないと人が入ってこない。ハードルを下げて、若い人たちに『この機械だったら僕も私も乗れる』と感じてもらい、働きたいと思ってほしい」

建設業は「きつい・汚い・危険」、いわゆる「3K」の象徴と言われてきた業種です。しかし、業界では今、新たな「4K」という考え方を打ち出しています。ここで言う、4つの「K」とは、給与、希望、休暇、そしてもう一つが「かっこいい」です。
新たな技術を駆使して建設業が魅力ある産業として認識してもらうことで、若い人が入り、活力が生まれる。それと同時に人手不足も緩和、解消する。こうした良いサイクルを生み出せるかどうかが、持続的な産業に生まれ変わるカギを握ります。

運輸 経営改革に挑む運送会社

牛田 正史  解説委員

牛田正史解説委員

運送会社も、IT化やデジタル化が遅れていると言われていましたが、最近は積極的に導入する会社が増えています。
出来るだけ無駄な時間を無くし、効率的に物を運んでいこうという取り組みです。
特に、対策が必要なのは荷物の積み降ろしに掛かる時間です。
積み降ろしや荷待ちは時に数時間に及び、ドライバーの拘束時間の2割を占めています。
東京・新木場にある運送会社は、その配送現場の効率化にいち早く取り組んでいます。

キャスター付きのかご台車

まず着手したのは、キャスター付きのかご台車。
車輪の高さの分、積める荷物が減り、費用も掛かるため普及が十分進んできませんでした。
それを、電動リフト付きのゲート車と組み合わせ、作業時間を約5分の1に短縮しました。
いまではトラックの8割は、ゲート車に切り替えています。

システム

また、ドライバーがどこにいるか、リアルタイムで把握できるシステムも導入。
この先の渋滞や通行止めなどの情報をいち早く伝えられるほか、荷主側もこの情報を見られるため、問い合わせの削減などにも繋がっています。

経営の合理化

さらに、会社はデジタルを活用した経営の合理化も進めています。
各ドライバーが運んだ量や距離、時間、利益などを瞬時に集計できるシステムを導入。
車両・コースごとの利益率を割り出し、採算が取れていない案件はやめるといった経営判断を下してきました。
経営改善の結果、さらなる設備投資やドライバーの賃上げも実現。
去年には4%のベースアップも実施しました。
運送会社の岩田享也社長は「人材を確保するためには、少し無理をしてでも設備投資を進め、賃上げを進めなければならない。そのためには経営の合理化が不可欠だ」と話していました。

価格転嫁

ただ、トラック運送は99%が中小企業です。
設備投資やドライバーの賃上げをしたくでも、自力では難しいという所もあります。
そこは、仕事を発注する「荷主」の理解が欠かせません。
設備投資や人件費があがった分を、運送料金、つまり運賃に反映させていくことです。
運送業界はそれが遅れています。
国の調査では、価格転嫁の進捗状況が27業種中で27位。もっとも低くなっています。
この状況を変えていく必要があります。
運送会社は数が多く競争が激しいため、荷主に嫌われたくない、仕事を他の会社に取られたくないと、価格交渉に及び腰だった会社もありました。
しかし、これからは、必要な運賃を要求しなければ、設備投資や賃上げは進みません。

価格転嫁

そこで鍵を握るのが「データ」です。これが交渉の武器となります。
こちらは、運送会社が使うデータシステムの1つです。
ドライバーごとの売り上げとコストをまとめた画面です。
どのドライバーやコースで、利益が上がっていないのかが分かります。
昔の感覚では「それはドライバーが悪い」と言われてしまいがちですが、そうではなく、コストに見合った運賃が支払われていないことが要因なわけです。
こうしたデータを基に「運賃を上げてもらわないと利益が出ない」と交渉していく。
これは簡単ではありませんが、そうしないと物流を維持できないのも事実です。
運送会社の経営者の考えも少しずつ変わってきているといいます。
システムを使って40年ぶりの価格交渉にのぞもうとする会社もあるそうです。

そして、荷主の理解を広げるには、最終的に私たち消費者の理解に突き当たります。
運送料金が上がれば、当然、物の値段もあがります。
それでも、物流を維持するためには必要なコストであることを知っておくべきです。
私たちは、物流業界に限らず、直接目に見えるもの以外の仕事に、あまり目を向けてこなかった面があるのではないでしょうか。
物を買ったら、それを運んできてくれた人がいる。
そこには必ずお金がかかるのだということを、改めて考えることも大切だと思います。
そして、物流のコストが高くなるならば、消費者の賃金も上がっていく必要があります。
社会全体で賃上げがどこまで進むかが、大きく左右するのではないでしょうか。

病院の働き方改革

吉川 美恵子  解説委員

吉川美恵子解説委員

医師の偏在の問題があるのは、「地域」だけではありません。「診療科による偏在」も指摘されています。外科・救急科・産科・小児科などは、時間が不規則で残業や呼び出しが多いため、最近の若い医師達には人気がないそうです。
こうした生死に直接関わる診療科では、忙しさのあまり、辞めたり希望者が減ったりして余計に人が少なくなり、さらに忙しくなる、という悪循環が起きているのです。

そんな中、ハードな現場にも関わらず希望者が相次ぐ、大学病院の救急科があるというので、取材しました。

順天堂大学浦安病院

それは、千葉県にある順天堂大学浦安病院の高度救命救急センターです。年間1万人以上の患者を24時間、365日体制で受け入れています。

順天堂大学浦安病院

急病患者や突発事故に対応するため、残業や呼び出しも多く、過酷と言われる救急の現場ですが、こちらでは、救急医の3分の1が女性です。森川美樹さんも、そのひとり。14年前に、この病院初の女性救急医となって以来、救急診療科の中心となって活躍してきました。実は森川さん、小学生以下の3人の子どもを育てながら働いているのです。子供がいる女性医師は森川さんを含めて3人います。

順天堂大学浦安病院

どうして、子育てと救急医の両立が可能なのでしょうか。森川さんによると、その秘密は、救急医療では画期的な新しい働き方、「シフト制」を導入したことです。日勤が8時半から午後5時半、夜勤が5時半から翌朝8時半の二交代制です。さらに、一人一人の要望に応じた働き方も提案できていると言います。
夜の15時間勤務を長いと感じるかもしれませんが、実はこれでも救急医療では短い方なのです。他の病院では、夜勤明けにそのまま翌日の夜まで働くような、30時間を超える連続勤務が珍しくありません。
その原因は「主治医制」にありました。救急で運び込まれた患者が重症で入院した場合、最初に対応した医師が、急変に備えて主治医としてそのまま勤務を続けるケースもまれではないのです。一方、シフト制では、救急診療科という「チーム」で患者の診療にあたります。何か起きても誰でも対応できるように情報もしっかり共有しているため、対応する医師が変わっても診療には問題ないと森川さんは言います。

順天堂大学浦安病院

患者についての情報の共有には、スマートフォンも活用しています。院内専用のアプリを使って、帰宅後でも患者の状況を確認することができるのです。専門的な判断が必要な場合、以前は帰宅後でも医師を呼び出していましたが、自宅からでも指示が可能になりました。
こうした取り組みによって、本当に必要な場合を除き、男女問わず医師の休みが守られています。夜勤明けで帰宅する医師に話を聞くと、「以前の病院では24時間勤務の後も、また夕方まで働いていた。だらだら働くよりもオンオフがしっかりあるので、仕事にしっかり打ち込める。」とのことでした。子供のいる医師には、夜勤を免除するなどの配慮もしています。 このシフト制は、「働きやすさ」を考えて救急診療部の発足と同時にアメリカの救急医療に倣って始められたものです。その結果、希望者を呼び、3人で始まった救急診療科が今では20人の大所帯になったのです。
今後どうやって厳しい医療現場を支え続けるのか。それにはまず医師自身が考え方を変える必要があると森川さんは言います。

「どうしても育児などで男性と同等に働けないとマイナスにとらえがち。でも、そもそもそのスタッフがいないとゼロ。女性が働きやすい=男性も働きやすい、みんなが働きやすい環境なので、全員にメリットがある。」

もちろん「シフト制」をとるには、医師の人数がある程度必要です。ただ、過酷なゆえに人手不足になりがちな医療現場でも、「働きやすさ」を考えてシフト制をとったことでさらに人数が増えるという好循環を生むことができることを示しています。
「チーム」制については、患者さんや家族からは賛否両論です。「ひとつの病院の中でセカンドオピニオンを受けられることになるからかえって良い」という意見もあれば、「主治医以外が同じ力量か分からないので安心できない」と感じる人もいます。

牛田 正史  解説委員

一方で、病院側が患者にチーム制への理解を求めるならば、そのチーム制で不利益が出ないように、医師同士の情報の共有を徹底しなければなりません。
物流も同じことが言えます。配達料を上げざるを得ない場合は、その分。配送の遅れを極力おさえていくなどの経営努力が求められます。

私たちはどんな社会をめざすのか?

佐藤 庸介  解説委員

働き方改革の問題は、運輸・建設・医療の3分野に限ったことではなく、日本全体でどんな社会を目指すべきかということにつながります。
日本は世界的に見れば人口も多く、それだけ豊富な労働力があったので、無理な要求があっても、人を大量に投入して何とか間に合わせるとか、頑張って長時間働いて何とかするといった考えが通用する面がありました。しかし、そうした無理な働き方をした結果、少子化をもたらしてしまったことは否定できません。
現状を変えるには、制約を前提にした発想に転換することが必要です。
「体力があるから働ける」という人がいても、全員同じことが無理なのであれば、それを前提とした仕組みでは持続的ではありません。今回の導入される規制は、そうした意味があると理解できます。

吉川 美恵子  解説委員

女性の医師は、現在は全体の2割程度ですが、最近は5割近くが女性の医学部もあります。仕事がハードなために、女性医師たちが出産や育児との両立をあきらめて医療現場から離れなければならないようであれば、さらに医師不足が進むのは明らかです。
こうしたシフト制などの工夫によって、女性のパワーをもっと活用することこそ未来を明るくできるはずだと私は思います。

佐藤 庸介  解説委員

佐藤庸介解説委員

また、若い人が頑張れるとしても、トータルの人数はどうしても減っていきます。となると、やるべきことを選別せざるを得ません。
解決策は「切り分け」にあると思います。
例えば、紹介した建設会社の例のように、経験不足の若手ができることまでベテランが手がけていてはとても人が足りません。新しい技術の助けを借りて、若手ができることは若手に任せる。ベテランは熟練した技術が必要な、複雑な現場で活躍するというように、業務を切り分ける仕組みをいかにしてうまく作れるかが、人手不足を乗り切るポイントです。デジタル技術は、そのための有効なツールになるのではないでしょうか。

牛田 正史  解説委員

2024年問題は4月で終わりではありません。むしろ、これからが正念場です。
消費者も含めた社会全体で、いろいろな選択を迫られていきます。
例えば運送で言えば、「配送料が増えるのは困るので、ドライバーの賃金を抑えてもらい、それで人が離れるなら仕方ない」と考えるのか、「ドライバーを確保するために、配送料をもう少し支払っても良い」と考えるのか、という選択があり得ます。
ただ1つお伝えしておきたいのは、その業種から一度、働く人が離れてしまうと、そこに再び戻ってきてもらうには、大きな労力と時間が必要になるという点です。
そこは是非、忘れないでほしいと思います。

解説委員

番組へのご意見・ご感想

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