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緊迫ウクライナ ロシアのプーチン大統領は考えていることは何か

安間 英夫  解説委員

緊張が続くウクライナ情勢をめぐって、アメリカとロシアを中心に、ドイツやフランスなどヨーロッパ各国も乗り出して外交交渉が続いているが、緊張が緩和に向かうのか依然として不透明な状況。
プーチン大統領が考えていることは何か、安間解説委員に聞く。

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Q1)欧米各国とロシアの間で交渉が活発化しているが、ロシア側はそもそも何を求めているのか。

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A1)
 一連の外交交渉でプーチン大統領は次の要求を掲げている。
それは、
①NATO=北大西洋条約機構がさらに東に拡大しないこと、
②相手国を攻撃可能な中短距離のミサイルを互いに配備しないこと、
③NATOの軍備をロシアとの基本条約を定めた1997年当時の水準に制限すること
の3つだ。

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 ①1つめのNATOの東方拡大阻止については、地政学的な問題を背景にしている。地図の「水色」は、東西冷戦終結前からNATOに加盟していた国々。冷戦時代、ロシアなどソビエトを仮想敵とした欧米の軍事同盟を形成してきた。しかし、冷戦が終結したあと、NATOは、ポーランドやハンガリーなど、ソビエトを中心とするかつての東側陣営の国々やソビエトのバルト3国の加盟を認め、「濃い青色」の範囲まで拡大した。16か国から30か国になった。
・ロシアからすれば、むしろNATOのほうがロシアの国境周辺に近づき、軍事的脅威を与えてきたと受け止めている。

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 ②2つめの中短距離のミサイルを配備しないことについてだが、中短距離のミサイルは射程5500キロ以下のミサイル。アメリカやNATOのミサイルシステムはルーマニアに配備され、ポーランドにも配備が計画されている。ウクライナに配備されれば、モスクワまで7~10分で到達するとして脅威だとしている。

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 ③3つめの軍備を1997年当時の水準を維持するというのは、NATOがロシアと1997年に結んだ基本文書で、東ヨーロッパやバルト3国に大規模な部隊を恒久的に配備しないとしていること。実際には交代で部隊が増強されているとしてロシア側は不満を表明してきた。これを正そうというものだ。

Q2)今、ウクライナをNATOに加盟させないようにしているのはなぜか。
A2)
 ロシアにとってウクライナは特別な国で、NATO加盟を絶対に容認できない国。まず人口4000万を超える旧ソビエト第2の大国。プーチン大統領は去年7月、論文を発表し、ウクライナをロシアと民族、歴史、宗教などが近く、「同一民族」だと主張。ウクライナについてはかねて「特別な兄弟国」と位置づけ、ロシアの勢力圏だと主張してきた。しかしこうした主張は、欧米やウクライナなどから一方的だとして賛同を得られていないばかりか、反発を受けている。
 ただ、ウクライナはNATOに接近はしているものの、近いうちに加入できる見通しがあるというわけではない。ロシアがなぜ今、加盟阻止に力を入れるのかはっきりしないところがある。

Q3)ロシアの軍事侵攻のおそれについて、アメリカは非常に切迫した状況だとしているが、ロシアは本当に実行するつもりがあるのか。

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A3)
 アメリカなどがいつ軍事攻撃が始まってもおかしくないと指摘していることについて、ロシアは、ラブロフ外相、外交問題担当のウシャコフ補佐官が「ヒステリー」だと指摘。ロシアは戦争する意図も計画もないとしている。
 しかし、今回ロシアがウクライナ国境に部隊を終結させた去年11月から3か月あまりたつ。
そのうえ去年4月にも同様の動きが見られ、断続的に部隊集結、演習の動きをとっていることがわかる。さらにシベリア、極東の部隊もウクライナとの国境付近に移動しているとされ、通常の訓練としては大がかりだ。

Q4)では、プーチン大統領のねらいはどこにあるのか。
A4)
 ロシア側の訓練のねらいや意図がはっきりしない以上、戦争する意図も計画もないというのはそのまま信じることはできないのではないか。ただ仮にロシアがウクライナに軍事侵攻した場合、ロシアにどのようなメリットがあるのか、なぜこのタイミングで軍事侵攻をする必要があるのか、理解が難しい。小規模の攻撃では今と状況はあまり変わらないし、メリットは小さい。一方大規模な侵攻をすれば、ウクライナ軍、国民の抵抗が予想され、ロシア軍にも大きな人的被害、代償が大きい。
 似たようなことを思い出してみると、プーチン大統領は2018年3月の年次教書演説で、極超音速ミサイルなど最新鋭の兵器開発について説明し、ロシアの軍事力を誇示したが、このとき、「(欧米諸国は)誰も我々と話そうとせず、耳も傾けなかった。今こそ耳を傾けるがいい」と述べた。軍事力を誇示して主張を聞かせようとする姿勢は今の状況とそっくりだ。
 プーチン大統領としては、攻撃や軍事侵攻より、外交交渉で譲歩を引き出すこと、ウクライナや欧米、NATOから敵視されない、冷戦終結後のヨーロッパの安全保障の秩序をロシアに有利なものに変えようと、軍事的な圧力をかけながら最大限の要求を掲げて交渉するという思惑があると見られる。
 ラブロフ外相は、プーチン大統領に対して、欧米側と合意に至るチャンスは残されているとして対話を継続すべきだとする考えを提言した。プーチン大統領がバイデン大統領との電話会談を受け、近く示すとしている対応案が焦点だ。

Q5)今後の事態打開のカギは、どこにあるのか。

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A5)
 フランス、ドイツを仲介役にロシアとウクライナの4か国で作るノルマンディー・フォーマットという枠組みと、そのもとで2015年に作成された「ミンスク合意」というウクライナ東部をめぐる停戦合意がある。

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 ウクライナ東部の「ドネツク州」「ルガンスク州」では、2014年、親ロシア派とウクライナ軍の戦闘が始まり、今でも2つの州の一部は親ロシア派が支配している。この合意では、この2つの支配地域がウクライナ国内にとどまる一方、特別な自治権を与えられることになっているが、優先順位が異なっている。ロシア政府は親ロシア派の自治権に、一方、ウクライナ政府は親ロシア派支配地域を含めた領土の統一性の回復に重きを置いている。ウクライナ政府はこの合意内容に不満を示し、ロシア側はウクライナ側が合意を履行していていないと非難している。先月と今月、4か国の代表による協議が行われ、歩み寄りは見られなかったが、このプロセスがうまく機能すれば、事態打開のカギとなり得る。
 一方、ロシア下院では15日、親ロシア派の支配地域の独立を認めるようプーチン大統領に求めるという決議が採択された。これをプーチン大統領が認めると、ミンスク合意の前提が崩れてしまう。この点も注意深く見ていく必要があるだろう。
 ロシアのプーチン大統領はこれまで、アメリカこそが一方的な解釈でイラクなどに軍事侵攻し、あるいは軍事的圧力を与え、他国への内政干渉を行ってきたと主張してきた。
 しかしロシアが今しているのも、紛れもなく武力による威嚇であり、国際秩序に対する挑戦ではないだろうか。
 依然、偶発的なことが不測の事態につながる恐れがあり、武器を置いて外交交渉で解決していくことが求められている。

(安間 英夫 解説委員)


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