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イラン核合意 再生は可能か?

出川 展恒  解説委員

(西海)
「イラン核合意」の再生を目指すイランとアメリカの間接協議が、先月29日、オーストリアのウィーンで5か月ぶりに再開されましたが、冒頭から厳しく対立し、いったん中断しました。反米強硬派のライシ政権に交代したイラン側は、原則論を主張する一方、ウラン濃縮活動を大幅に加速させるなどして、関係国の間に大きな危機感が広がっています。協議の対立点を洗い出し、核合意の再生が可能かどうかを探ります。出川展恒解説委員です。

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Q1:
5か月ぶりの間接協議ということですが、イラン側は政権が交代しましたね。

(出川)
A1:
はい。イラン核合意の再生をめざす間接協議は、今年4月にスタートしましたが、イランでは、6月に大統領選挙があり、国際協調派のロウハニ前政権から、反米強硬派のライシ政権に交代し、交渉チームも総入れ替えとなりました。いわば「仕切り直し」の協議です。イラン側は、最高指導者ハメネイ師の意向で、アメリカ側との直接交渉を拒否していまして、引き続き、EU・ヨーロッパ連合などが仲介する間接的な協議となっています。

Q2:
反米強硬派の政権発足で、これまで以上に難しい協議となっているわけですね。

A2:
その通りです。双方の主張の隔たりは、政権交代前よりも広がっています。

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イラン側は、原則論を前面に出しています。つまり、核合意から一方的に離脱したアメリカが、まず、すべての制裁を一括して解除すべきだと主張し、合わせて、「二度と合意から離脱しない保証」も要求しています。
イラン側交渉団を率いるバゲリ外務次官は、3日、NHKのインタビューで、アメリカ国内の手続きも含め、拘束力のある保証を求めていることを明らかにしました。

【イラン バゲリ外務次官】
「アメリカ国内、それに、国際的なしくみを踏まえた保証が必要だ」。

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これに対し、アメリカのバイデン政権は、「到底応じられない」と突っぱねています。1500項目以上に及ぶ対イラン制裁のうち、「核合意」に関連しない制裁、たとえば、人権侵害やテロ支援を理由にした数百の制裁を残す考えをすでに表明しているほか、将来の政権の行動を縛りたくない思惑も働いていると見られます。
さらに、バイデン政権は、イランによるミサイル開発や近隣諸国への介入、武装組織への支援に歯止めをかける項目を、新たに合意内容に加えたいと考えていますが、ライシ政権は、断固拒否する姿勢です。

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アメリカのブリンケン国務長官は、3日、「イラン側は、真剣に協議に取り組もうとしていない」と述べて、原則論に固執するイラン側の姿勢を批判しました。

Q3:
そうしますと、協議が決裂してしまう可能性もあるのでしょうか。

A3:
そのリスクは高まっていると言えます。先週29日に再開された協議は、具体的な進展がみられないまま、3日、いったん打ち切られました。あす9日に、再開される見通しとなっているものの、現時点で、双方とも、歩み寄ろうとする動きは見られません。
仲介役のEUのモラ事務次長は、「協議の時間は無限ではなく、明らかに切迫した局面だ」と述べ、危機感をあらわにしました。
ブリンケン国務長官は、協議を続けても合意が得られる見込みがない場合には、追加制裁など強硬な措置をとる可能性を示唆しています。

【アメリカ ブリンケン国務長官】
「もし、核合意の立て直しに向けた道が閉ざされた場合は、われわれは、別の選択肢をとる」。

ただし、いずれの当事者も、核合意が崩壊する事態は避けたいのが本音です。

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イランのライシ大統領も、最高指導者ハメネイ師も、経済の柱である原油の輸出を妨げている制裁を解除させるのが、体制の存続と国益を守るうえで重要だと考えていると見られ、そのためには、核合意を維持することが不可欠です。
他方、イランは、制裁への対抗措置として、ウラン濃縮活動を加速させていまして、そのことが、核合意の存続を危うくする可能性もあります。

Q4:
それはどういうことですか。

A4:
イランは一貫して、「核兵器をつくる意思はなく、核の平和利用だ」と強調していますが、もし、その気になれば、核兵器の製造も可能な技術水準に近づいていると、専門家は指摘します。そもそも、核合意は、イランが核兵器1個分の高濃縮ウランを入手できるまでの時間(=ブレークアウトタイム)を、1年以上になるように設定していましたが、その時間は、すでに1か月を切ったと見られています。

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IAEA・国際原子力機関の最新の報告によりますと、イランは、これまでに、濃縮度60%のウランを、およそ17.7キログラム製造しているということで、さらに濃縮度を90%以上に引き上げて、核兵器の製造に必要な濃度と分量の高濃縮ウランを獲得するまでに、技術的には、1か月もかからないという指摘です。核合意が定めた濃縮度の上限は、原子力発電用に相当する3.67%ですから、大幅な違反です。
加えて、イランが、IAEA・国際原子力機関による査察を制限していることも、関係国に懸念を広げています。具体的には、核関連施設に新たな監視カメラを設置するのを拒んだり、監視カメラのデータを提供するのを拒んだりしています。

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核合意の当事国であるイギリス、フランス、ドイツは、これまでイランの説得に努めてきましたが、今後、イランの核合意違反をこれ以上見過ごせないと判断した場合には、この問題が国連安全保障理事会に付託され、その結果、核合意が成立する前に、イランに科されていた国連の制裁が復活して、核合意が崩壊してしまう事態も排除できません。
加えて、アメリカの同盟国イスラエルの動向も重要な要素となっています。

Q5:
イスラエルの動向ですか。

A5:
はい。イスラエルは、イランは核兵器を獲得する意思があると見て、国の存亡がかかった重大な脅威と捉えています。

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イスラエルのベネット首相は、2日、ブリンケン国務長官と電話会談して、イランとの間接協議を即刻中断するよう求めました。

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さらに、今週、ガンツ国防相が訪米し、オースティン国防長官らと会談する予定で、こうしたイスラエルの働きかけは、バイデン政権の意思決定に少なからず影響を与えています。
イスラエルは、今後、イランの核開発にブレーキがかからないと判断した場合には、イランの核施設に対する破壊工作や攻撃、あるいは、核科学者を暗殺するなどの実力行使に出るリスクが高まるだろうと専門家は指摘しています。イラン側の報復を招いて軍事衝突に発展する事態を避けるためにも、話し合いによる解決、すなわち、「核合意」を再生させることが極めて重要です。
イランとアメリカの直接交渉が望めない現状では、EU・ヨーロッパ連合などの仲介がカギを握ります。「イランは核合意への違反行為をやめる」、「アメリカは制裁を解除する」。これを、同時に、信頼醸成を図りながら段階的に進めてゆくことが必要で、日本を含む関係国や友好国が、イラン、アメリカの双方に、粘り強く働きかけてゆくことが大切だと思います。

(出川 展恒 解説委員)


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