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復活するか?イラン核合意

出川 展恒  解説委員

「イラン核合意」についてです。崩壊の危機にある核合意の立て直しに向けたアメリカとイランの間接協議が、25日、再開しました。協議の行方は、来月行われるイランの大統領選挙とともに、今後の中東情勢を大きく左右するとみられます。スタジオには、中東問題担当の出川解説委員です。

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Q1:
核合意をめぐる協議が再開されましたね。これまでのところ、どうなっていますか。

A1:
2015年、イランと主要6か国との間で結ばれた「イラン核合意」の立て直しをめざす、合意の当事国による協議は、オーストリアのウィーンで、先月から断続的に行われてきました。イランとアメリカの代表が直接顔を合わせることはなく、EU・ヨーロッパ連合が仲介役となり、別の場所にいるアメリカの代表とやり取りする形で進められています。

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先週、EUの代表は、「かなりの進展があり、そう遠くない時期に、最終合意に至ると確信している」と述べています。ただ、イランの代表、アラグチ外務次官は、「いくつかの重要な問題が残されている」と述べたほか、イギリス、フランス、ドイツの3か国の代表も、「残されている問題は非常に困難で、過小評価できない」と釘を刺しています。
全体として、良い方向に進んでいるものの、未解決の問題があり、最終合意にたどり着くには、詰めの協議と双方の指導者の決断が必要と言えそうです。

Q2:
残された問題、対立点は、どこにあるのでしょうか。

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A2:
イランは、アメリカのトランプ前政権が、核合意から一方的に離脱し、あらゆる機会をとらえて、強力な制裁をかけてきたことに強く反発し、対抗措置として、核合意から逸脱する動きを次々と打ち出してきました。たとえば、ウランの濃縮度を、核合意の制限である3.67%から(これは、原発用の燃料レベルに相当しますが)、大幅に引き上げました。
今年1月、まず20%まで引き上げ、現在は63%と、制限の17倍以上にまで引き上げました。核兵器の製造に必要な90%にも近づく、極めて高濃度の濃縮ウランです。また、2月には、IAEA・国際原子力機関による、いわゆる「抜き打ち査察」の受け入れを停止しました。

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協議の詳細は公表されていませんが、関係者の話を総合しますと、▼イラン側は、核合意を完全に守るための条件として、トランプ前政権が科してきた制裁をすべて一括して解除するよう要求しています。▼これに対し、アメリカ側は、核合意に関わる制裁、すなわち、イラン産原油の輸出や、イランとの銀行取引を停止させる制裁については、解除に応じられるが、核合意に関係ない、そのほかの制裁、たとえば、イランのミサイル開発や、テロ支援、人権侵害などを理由にした制裁は、解除できないと主張しているようです。

Q3:
協議は、当初、21日までの合意を目指していましたが、事実上、延長された形ですね。

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A3:
はい。イランは、21日までに、すべての制裁が解除されなければ、IAEAが核施設に設置した監視カメラのデータを消去すると予告していましたが、IAEAのグロッシ事務局長は、24日、イラン側が、査察活動への協力を来月24日まで、1か月間延長することで合意したと発表しました。その間、是非とも協議を妥結させ、核合意を復活させたいイラン側の本音が窺えますが、協議には、時間的な制約が、もう1つあります。

Q4:
イランの大統領選挙ですね。

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A4:
はい。核合意を結んだ「穏健派(国際協調派)」のロウハニ大統領は、今年8月、2期8年の任期を終え、退任します。来月18日に、新しい大統領を選ぶ選挙が行われます。イラン国内では、アメリカの制裁で苦しい生活を強いられてきた人々の不満を背景に、反米の「保守強硬派」が支持を広げています。去年の議会選挙で、議会の多数を握った保守強硬派が、次の大統領と政権も掌握する可能性が高いと見られています。そうなった場合、アメリカとの交渉は、今まで以上に困難となり、核合意を維持してゆくことも、非常に難しくなるでしょう。ロウハニ大統領としては、穏健派の政権に引き継いで、核合意を存続させてもらいたいのが本音で、そのためには、何としても、選挙前に、制裁解除への道筋をつける必要があると考えているようです。

Q5:
大統領選挙まで、あと3週間あまりですが、どんな情勢ですか。

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A5:
立候補の申し込みが、今月15日に締め切られ、合わせて592人が登録しました。イランの選挙では、最高指導者が任命した「護憲評議会」が、候補者の「資格審査」を行います。イスラム体制に忠実かどうかなどを基準に絞り込まれ、今回は7人が候補者として認められたと、日本時間の昨夜発表されました。

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候補者の顔ぶれですが、▼保守強硬派のイスラム法学者で、司法府代表のライシ師が、最も有力な候補と見られています。ライシ師は、4年前の大統領選挙にも立候補し、現職のロウハニ大統領に大差で敗れましたが、最高指導者ハメネイ師の信頼が厚く、司法府を統括するポストに就いています。核合意については直接言及していませんが、欧米との対話には否定的で、経済を悪化させたとして、ロウハニ政権を厳しく批判しています。また、保守強硬派からは、前の政権で、核交渉の責任者を務めたジャリリ氏や、革命防衛隊の元司令官レザイ氏らの立候補が認められましたが、貧困層の人気があり、返り咲きを狙ったアフマディネジャド前大統領は、失格となりました。▼一方、ロウハニ政権を副大統領として支えてきたジャハンギリ氏や、核合意を支持してきた前の国会議長ラリジャニ氏は、失格となりました。▼国際協調路線を掲げる改革派や穏健派で立候補を認められたのは、メフルアリザデ元副大統領とヘンマティ中央銀行総裁ですが、今のところ、支持の広がりは見られず、苦戦を強いられそうです。

Q6:
司法府代表のライシ師が、次の大統領に選ばれる可能性が高いということですか。

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A6:
イランの報道や世論調査を見る限り、現時点では、その可能性が高いように思います。ただし、イランの大統領選挙は、これまでも選挙戦の終盤で、予想外の候補が一気に支持を広げ、当選するケースが起きていますので、あまり予断を持たない方が良いと思います。
ウィーンでの協議が、今回の選挙に影響を与える可能性がある一方、次の大統領が誰になるかが、核合意の存続のカギを握り、今後の中東情勢に大きな影響を与えます。仮に、核合意が崩壊する事態になれば、中東地域で軍事衝突や、核の拡散を招く危険性が高まります。
核合意をめぐる協議が実を結ぶかどうかは、EUの仲介にかかっていると言えますが、
イランと良好な関係を持つ中国やロシア、それに、日本も、できる限り、イランへの働きかけを行うことが大切だと思います。

(出川 展恒 解説委員)


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