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アメリカ大統領選挙 動き始めた政権移行

髙橋 祐介  解説委員

アメリカ大統領選挙は、投票日から3週間あまり経った今も勝敗が確定せず、トランプ大統領は法廷闘争の構えを崩しません。一方、民主党のバイデン氏は、来年1月に発足する新政権の閣僚人事に着手し、難航していた政権移行がようやく動き始めました。髙橋解説委員とお伝えします。

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Q1)
まずバイデン陣営が発表した主要な閣僚人事案をどう評価する?
A1)
▼端的に言うと“実務重視”で“安全運航”を最優先に船出を目指す布陣だろう。

▼筆頭閣僚で外交トップの国務長官に指名されたのは、アントニー・ブリンケン元国務副長官。ホワイトハウスで国家安全保障を担当する大統領補佐官には、ジェイク・サリバン元国務省政策企画局長を起用。いずれもバイデン氏が副大統領時代に外交アドバイザーを務めた側近だ。

▼また次期政権の最重要課題と位置づける気候変動問題を担当する大統領特使のポストをNSC=国家安全保障会議に新設し、バイデン氏が上院議員時代からの盟友、ジョン・ケリー元国務長官を充てた。外交・安全保障は前のオバマ政権時代の顔ぶれで国際協調に復帰する姿勢を鮮明にしたかたち。
▼すでにホワイトハウスの“番頭役”となる大統領首席補佐官には長年の側近、ロン・クレイン氏を起用している。周囲を腹心らで手堅く固めつつ、閣内に民主党が支持基盤とする女性・若手・マイノリティーを幅広く積極的に登用するのが基本方針となりそう。

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▼残る主要ポストのうち、注目は財務長官が誰になるか。FRB=連邦準備制度理事会のジャネット・イエレン前議長が有力視されている。実現したら女性初となる。ポイントは、民主党内で勢いを増すプログレッシブと呼ばれる左派の主張と、政策の極端なふり幅を嫌うウォール街の意向の双方に配慮を見せられるかどうか、バランス感覚を試される。
▼ただ、新しい閣僚は、議会上院で過半数の承認が必要となる。定数100の上院で民主党は今のところ無所属とあわせて48議席、共和党は50議席を確保した。残り2議席は南部ジョージア州で来年1月5日に決選投票が行われ、その結果次第でどちらが多数派になるかが決まる。このため、共和党が多数派を維持する“ねじれ議会”を想定すると、バイデン氏は党派色の強い人事や大胆な抜擢人事によって冒険しにくい事情もある。

Q2)
そのバイデン氏に対して、アメリカ政府の担当部局が23日、政権移行に必要な資金提供や引き継ぎ業務の実施を認めると通知しました。これは、どういう意味を持つ?
A2)
▼これは大きな転換点。トランプ大統領は、あくまでも選挙の勝敗は争うとする建て前を維持しながらも、政権移行のプロセス自体は容認したことで、事実上“選挙結果を受け入れる用意はある”という考えを示したのに等しい。
▼アメリカの政権交代は、日本に喩えて言えば霞が関の中央官庁の課長級以上がそっくり入れ替わる膨大な作業となる。ところが、そうした引き継ぎは、連邦政府のGSA=一般調達局が選挙の勝者を認定しなければ始まらない。予算も出ないし、機密情報にもアクセスできない。このままだと、来年1月20日にバイデン政権が発足しても、実質的な“権力の空白”が生じかねないところだった。
▼しかし、今回の一般調達局による認定と通知によって、選挙結果が確定しなくても政権移行のプロセスを進めることが初めて可能になった。実際、過去にも2000年の大統領選挙でフロリダ州の票の再集計が争われた際、ジョージWブッシュ氏は、GSAの認定が出るまで政権移行の作業を始められなかったが、当時のクリントン大統領の判断によって相手候補のアル・ゴア副大統領と同様に、連邦最高裁による判決で選挙結果が確定する前から機密情報のブリーフィングは受けていた。今回は国民のためコロナ禍に政治空白を作らないという名目も立つ。
▼とりわけアメリカはいま、新型コロナの感染が再び急激に拡大している。感染者は1200万人、死者は25万人を超えている。政権移行が難航した影響で来年以降のワクチン配布で連邦政府と各州の連携がうまくいかなければ、対策が後手にまわる懸念もある。バイデン氏はもちろん、トランプ大統領も退任後そうした混乱の責任を問われる事態は避けたいのが本音だろう。

Q3)
では、トランプ大統領は、なぜ頑なに選挙結果を受けいれない?法廷闘争に勝算がある?
A3)
▼「ドナルド・トランプの辞書に“敗北”の文字はない。なぜなら敗北を“敗北”とは認めないからだ」というジョークもある人だから現状はいわば想定内だが、率直に言って法廷闘争に勝ち目はほとんどないだろう。

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▼選挙人獲得数はバイデン306対トランプ232。実はこの数字、前回4年前とは真逆になった。トランプ大統領は東部ペンシルベニア、中西部ミシガン、ウィスコンシンのラストベルト激戦3州で敗れ、従来は共和党の地盤だった南部ジョージア、西部アリゾナのサンベルト激戦2州も競り負けた。票の数え直しや郵便投票の有効性などを争う訴えを起こしたが、ほとんど退けられ、勝敗を覆すには至っていない。このため、トランプ陣営は、いわば最終手段として、有権者による投票結果を確定させず、その代わりに共和党が多数を占める州の議会で選挙人を選出するよう求める訴えを起こしているが、選挙そのものの否定することになるので、さすがに共和党内からも批判が噴き出している。

Q4)
では、なぜ共和党内から大統領に“名誉ある撤退”を求めるトランプ降ろしが本格化しないのか?

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A4)
▼共和党は、この4年で党勢拡大は一手にトランプ頼みのいわば“トランプ党”と化した現実がある。今回バイデン氏は史上最多の8000万票以上を得たが、トランプ氏もまた現職大統領としては史上最多の7300万票以上を獲得した。共和党内で2024年の大統領選挙をうかがう面々、たとえばマイク・ペンス副大統領やニッキー・ヘイリー元国連大使らから見ると、そうしたトランプ氏の集票能力は何とも魅力的に映る。トランプ後継指名を狙うとは言わないまでも、少なくとも敵にまわしたくない。
▼また大統領自身にも、共和党内に政治的な影響力を残したい思惑が見え隠れしている。4年後に再び立候補して78歳でリベンジを狙うかも知れない可能性はあるし、退任後にみずからのレガシーを否定されたくないと考えるのはごく自然なこと。一部で取り沙汰されているように、みずからの退任後、大統領としての免責特権を失ってから様々な疑惑をめぐり訴追されないような方策を模索しているとの観測も否定できない。

Q5)
では、今後の混乱収束に向けたポイントは何か?
A5)
▼ひとえにトランプ大統領がいつ選挙結果を受け入れるか。

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▼各州が選挙人獲得数を確定する期限が来月8日、その選挙人が実際に投票するのが来月14日。この時点でトランプ大統領が“敗北”を認めない場合、混乱は越年する。来年1月に発足する新しい議会は、6日、上下両院合同会議を開き、この場で選挙人の投票結果が承認されて次の正副大統領が最終的に確定することになる。その前日に上院ジョージア州の決選投票もあるから、共和党議員の多くもこのあたりまではトランプ大統領の主張を無碍にはできないかも知れない。
▼来年1月20日、新しい大統領が就任してから最初の100日間は選挙での勢いがあり、また世間の評価も甘くなりがちなので「ハネムーン期間」と呼ばれ、通常は政権浮揚の絶好の機会となる。史上最高齢で次の大統領に就任するバイデン氏にとって、政権発足当初のスタートダッシュはなおさら重要となる。そうした思惑どおり事を運べるかどうかは、この政権移行をどこまで円滑に乗り切れるかにかかってくる。

(髙橋 祐介 解説委員)


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