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電子政府先進国 韓国の取り組み

出石 直  解説委員

菅内閣が重点政策に掲げているデジタル化による行政改革。デジタル化によって私達の暮らしはどう変わるのでしょうか、いち早くデジタル化に取り組み電子政府先進国となった韓国の取り組みを通して、デジタル化に向けた道筋と課題を考えます。

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Q1、ここからは出石直解説委員とともにお伝えします。出石さん、韓国はデジタル化の取り組みが進んでいるそうですね。

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A1、国連の経済社会局が、2年に一度電子政府への各国の取り組みについての報告書を出しているのですが、最新の2020年版のランキングでは韓国はデンマークに次いで世界第2位、世界有数の電子政府先進国です。アジア諸国の中でベスト10に入っているのは韓国だけで、11位にシンガポール、日本は14位でした。

Q2、具体的にはどのように進んでいるのでしょうか?

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【電子政府ポータルサービス】
A2、例えば住所変更の手続きをしたり、住民票などの証明書を受け取ったりする際、いちいち役所の窓口に行かなくても、自宅のパソコンやスマートフォンを操作するだけで、365日、24時間、いつでも行政手続きや証明書の発行を受けることができます。

「オンラインで申請すれば役所に行く時間や費用を節約、住民登録など82件については手数料が免除されるなどとても便利です」

こちらがそのサイト「電子政府ポータルサービス」です。このサイトに入ってIDとパスワードを入力するだけでおよそ3200種類の証明書などの申請や発給を受けることができます。ほとんどが手数料無料で、自宅でプリントアウトすることができますし、ダウンロードした書類をそのまま提出先に送信することもできます。

Q3、手続きも簡単ですし、自宅からいつでも申請できるのは便利ですね。

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【住民登録番号】
A3、こうしたサービスが可能になったのには、いくつか理由があります。ひとつは、すべての国民に割り当てられている住民登録番号です。その歴史は古く軍事政権時代の1968年に北朝鮮から韓国人になりすまして潜入するスパイを摘発する目的で導入されました。この番号は生まれた時に国民全員に割り当てられ、17歳になると役所で指紋登録を行い住民登録証の交付を受けなければなりません。

これはそのサンプルですが、

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ここに書かれている13桁の番号が住民登録番号です。最初の6桁が生年月日、次が性別、その次の4桁が出身地を示しています。住民登録番号は、行政サービスや納税、医療、福祉、出入国管理、クレジットカードの利用歴などの記録と紐づけられていて、韓国人の生活には欠かせないものとなっているのです。この番号を使って新型コロナウイルスの感染者の行動履歴をさかのぼって調べ、地図上に位置情報を表示するなど感染症対策にも活用されています。

Q4、韓国でデジタル化が進んだのは他にどんな理由があったのでしょうか?

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【行政データの統合】
A4、行政システムの統合化が図られていることです。日本同様、韓国でも行政の縦割りが問題になっていました。そこで2006年に「行政情報共同利用法」を制定し、行政情報を共同利用する対象に指定し、共通のシステムを通じて統一運用することになりました。

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具体的に言いますと、ある申請を行う際、これまでは役所に出向いて申請に必要な書類をひとつひとつ揃えていく必要がありました。現在では、「行政情報共同利用システム」で中央省庁や地方自治体など行政機関の情報が統一管理されているため、申請に必要な情報はこのシステムを通じてオンライン上で揃えることができます。いちいち役所に出向く必要がなくなりました。
電子政府は行政事務の効率化やスピードアップ、そして行政コストの削減にも役立っているのです。

Q5、日本でも国と地方のシステムの統合を目指していますが、韓国がいち早く統合に成功したのはどうしてだったのでしょうか?

【国家戦略としての電子政府】
A5、ひとつは、地方自治の歴史が浅いために、中央政府の強いリーダーシップの下でこうしたシステム統合が可能になったという事情があります。加えて、国家戦略として長年にわたってデジタル化に取り組んできた積み重ねがあったことも大きいと思います。
デジタル化の道を切り開いたのは1998年に就任したキム・デジュン(金大中)大統領でした。当時、韓国経済はアジア通貨危機の影響でどん底の状態にありました。そこで、生き残りのための国家戦略として情報通信技術の導入を図ったのです。大統領は「デジタル・ニューディール政策」を掲げ、2001年には電子政府法を制定し行政文書のデータベース化に取り組みました。この政策は次のノ・ムヒョン(廬武鉉)政権にも引き継がれ、政府の強いイニシアティブで行政システムの統合や法整備が進められました。

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その司令塔の役割を果たしているのが、日本の総務省にあたる「行政安全部」とその傘下にある「韓国情報化振興院」です。
振興院の職員はおよそ700人、その9割は博士号をもつ専門家集団で、情報システムの設計や運営、管理、IT政策の策定などを一元的に担っています。

【プライバシーとセキュリティー】
Q6、プライバシー保護やセキュリティーについてはどうなっているでしょうか?

A6、実際、韓国でも個人情報が外部に流出する事件が過去何度も起きていて、2014年には情報システム会社の社員が個人情報を不正に持ち出し、クレジットカード会社から全人口を上回るのべ1億人あまりの個人情報が漏洩しています。そのたびに法律を改正して罰則の強化を図っていますが、それでも情報流出の不安が完全になくなった訳ではありません。「走りながら考える」という韓国の国民性もあるかも知れませんが、国民の間には、リスクへの懸念よりも得られる利益の方が大きいという意識が強いようです。

Q7、日本が参考にすべき点は?

A7、システムの開発や統合、組織づくり、法整備、セキュリティー対策などなど。韓国の成功例だけでなく失敗例からも学ぶことは多々あるのではないでしょうか。韓国の取り組みで強調しておきたいのは、情報をデータ化して保存しオンライン上で公開することで、行政の透明化を図るという目的があったことです。行政サービスのデジタル化は、効率化だけでなく、税金の使い道や行政文書のオープン化など国民にも大きなメリットをもたらします。デジタル化によって何を実現していくのか、そして国民にどんなメリットがあるのかを具体的に示していくことが不可欠だと思います。

(出石 直 解説委員)


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